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2-9


 最悪な予感は的中した。

 リンジュの向かっている先は、まさに彼女を捕らえていたお城だった。

 堀に架かっている橋の前に警護の女性達が槍を構えて、お城に向かって一目散に向かってくる不審者に、警戒を強めるけど、


「アタシです。リンジュ・イロネですわ。今から、お城へ帰還致しますので、そこを退きなさい!」


 やっぱり、リンジュはお城の中に戻るつもりだ。

 でも、どうしてなの?

 あんなにも、外に出たがっていたっていうのに。

 やっと願いが叶って、外の世界を楽しんでいたというのに。

 今度は、みんなで海に行こうって言ったよね。

 それなのに、どうしてなのぉ!


「駄目だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ルルルちゃんがこの世界にいない今、空間と空間を繋ぐ渦を生み出すことはもう作れないかもしれない。

 あの渦がなければ、リンジュをお城から救い出せない。

 リンジュが、あんなにも外の世界を新鮮に楽しんでいた彼女が、また、この世界の無慈悲な意志によって、お城の中に閉じこめられてしまう。

 僕は手を伸ばすが、リンジュに届かない。


 リンジュの背中が遠くなる。


 彼女と世界を隔てる、城門がもう目の前に迫っている。

 そこを超えてしまえば、リンジュは自由を手放すことになってしまう。

 くるりと瞳を大きく見開きながら、外の世界に驚くことが出来なくなる。

 泥が苦い物だって知ることも出来ない、隔離された世界に戻っていくことになる。


「そんなのはぁ! 駄目だよっぉぉおぉ、リンジュ!!」


 これが火事場の馬鹿力って奴なんだろう。

 僕の脚は今までの人生で一番の加速を見せて、後少しでリンジュの体が城門の中に入るって瞬間に、なんとか彼女を抱きしめることが出来た。

 このときばかりは自分が男で良かったと心から思った。

 力じゃ僕の方がリンジュよりも上だ。

 どんなに僕の腕の中でリンジュが暴れようとも、彼女を離すことはない。


「離して下さいぃぃぃ、ツバサぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 涙を流しながら懇願してくるけど、いくらリンジュでもそのお願いだけは受け入れられないよ。


「だから、どうして、こんな事しようとしているの? そこから先に足を入れたらどうなるか、リンジュは分かっているの!?」

「また、このお城に囚われて、二度と外に出ることは出来なくなりますわ!!」

「だから、なんでなの。リンジュはあんなにも外の世界を楽しんでいたじゃないか! それなのに、どうして、またもどろうなんて思っているんだよ!」

「それは………」


 僕の中でがむしゃらに暴れていたリンジュの体がぴくりと止まり、独りぼっちになってしまった兎の耳のように項垂れた。



「だって………そうすれば、ツバサが………あちらの世界に、ツバサやルルルちゃんが生まれたであろう世界に戻ることは絶対にないですもん!!」



 いつもは甘いチョコレートのような声を必死に張り上げながら、リンジュが本当の気持ちをやっと、告白してくれた。


「リンジュ、それって………」


 予想外の告白にリンジュを抱きしめていた力が緩んでしまった。

 僕の拘束から解放されたリンジュはもう城門に向かうことは無かった。

 変わりに僕の方に振り向き、いつも着用している紅いドレスの胸元に飛び込んできた。


「アタシは嫌な奴です。あちらの世界に行って、独りぼっちになってしまったルルルちゃんの寂しさも分かっているつもりです。でも、でも、でも、でも、でも、それでも、私は嫌なんですぅ!」


 紅いドレスがぎゅっと握り締められる。


「ツバサぁは、ルルルちゃんの事、知っていますか?」


 それは、へその緒がついているかのようなまさに生まれたての様な状態のルルルちゃんがリンジュの部屋に捨てられていたって話だろう。僕はゆっくりと頷いた。


「ラグナロさんから聞いたよ。そして………ルルルちゃんは、実はリンジュの娘じゃないのかって話も聞いたよ」

「それは違うんですよ! アタシはまだ自然妊娠を経験していません。ルルルちゃんはね、あの日、アタシの部屋に墜ちてきたのですよ!」

「落ちていたって………何処から?」


 尋ねながら、僕の頭の中には、リンジュと一緒にお城の詛いから抜け出した日の情景がフラッシュバックしていた。

 あの日、リンジュの部屋は外と繋がっていた。そして、僕がリンジュの部屋にやって来た日も異世界と繋がっていた。

 でも、リンジュの部屋が外と繋がっていたのは、その二回だけだって、誰が決めた。


「アタシは、ツバサが落ちていたあの白い渦を見たのは、初めじゃなかったんですよ! アレは二回目。最初にあの渦を見たのは………ルルルちゃんが渦の向こう側から、落ちてきた日なんですっ!!」


 全てを吐き出すようにリンジュが語ってくる。


「だからぁ、ルルルちゃんは、戻っていたにすぎないのですよぉ! あの子が生まれた異世界に。きっとあるべき世界に戻ったのですよぉ!」


 リンジュが顔を上げて、ボロボロを涙と壊れた蛇口のように流し続けながら、僕を見た。


「ツバサぁも、だからいつかきっと、あなたが生まれた異世界に戻ってしまう。いいや、それだけじゃありません。ツバサぁが、ルルルちゃんを捜すためにあちらの世界に帰って、それからもうこちらに戻ってきてくれないなんて、想像しただけでアタシは耐えられないんです!」


 こぼれ落ちる涙がドレスの上に悲しみの染みを作っていく。


「それなら、アタシがいっそ、このお城の中に再び幽界されれば、あの渦を作り出す事が出来ない! ツバサぁも帰らない! お城から外にはいけないけど、ツバサぁが会いに来て来るのなら、そっちの方が良いのですぅ!」


 思いの丈をさらけ出し、少女はしゃくり上げる。


「でもぉ、嫌だぁ、嫌だぁ、嫌ですぅぅぅ。ツバサぁがいなくなるのもぉ、ルルルちゃんよりも、自分のことを思っちゃう自分もぉぉぉぉ、みんなが哀しそうなのもぉ、全部が嫌なんですっぉぉぉぉぉ!!」


 王様らしい気品はそこにはない。

 今、僕の前にいるのはリンジュというたった一人の寂しがりや女の子に過ぎない。


「嫌だよぉぉぉぉぉぉ!!!」


 泣きじゃくるリンジュをそっと抱きしめてあげた。

 迷子になった小学生のように感情を爆発されている彼女の背中を優しくさすりながら、小さく深呼吸をした。


「本当に、駄目だよね、僕は」

「ツバサぁぁぁぁ?」

「あの時、リンジュに言われたとおりだ。焦っていては見えているモノも見えなくなってしまう事もあるんだよね」


 僕はここにいるよって安心させて上げたくて、リンジュの黒髪を撫でて、僕の体温を彼女に伝えて上げる。


「ルルルちゃんを助け出したい。その思いだけが焦っていて、僕は他のことが見えていなかったみたいだ。ごめんね、リンジュ」


 今朝、ボクの元に会いに来た時に気づいて上げるべきだった。

 あの時リンジュは、僕にいなくならないで欲しいってサインを出していたんだ。

 あるいは、もっと前に昨夜、泣いている彼女を見つけ時にだって、気づけたかもしれない。

 チャンスはいくらでもあったはずだ。

 でも、ルルルちゃんの事しかボクには見えていなかった。


「ごめんね、リンジュ」

「アタシの方こそ、わがまま言ってごめんなさ~~~~いぃぃ」


 僕はルルルちゃんを助け出したいわけじゃない。

 それで誰かが不幸になるなら、意味がない。

 みんなでまた、笑いあえるナロウ荘に戻りたいんだ。


「ねえ、リンジュ、落ち着いて聞いてくれないかな?」

「何ですかぁ?」


 星が涙のように輝く中、僕たちと向き合った。

 緑色の瞳は涙の後で紅く腫れ上がったままだけど、涙は止まり、笑おうと震えている。


「ルルルちゃんを助けるためには、やっぱりリンジュの力が必要なんだ」

「でもぉぉ」


 ギュッとドレスがにじり締められる。

 その手の上に、僕は自分の手を重ね合わせる。


「大丈夫、ボクはあっちの世界に戻らない。その上で、ルルルちゃんを連れ戻す。上手く行くか分からないけど、協力してくれないかな?」

「………それ、約束ですからね」


 頷いてくれた彼女の顔にやっと笑顔が戻ってきた。


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