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2-8


 温かな太陽は沈み、優しい月が空に浮かんでいる夜。

 異世界だというのに、まるで地球にいるかのような一日のサイクルに僕の心はほんの少し安心させられれている。

 でも、今、僕らを取り巻く状況は、微塵たりとも安心できる事態ではなかった。

 窓からさし込む月明かりに照らされた廊下を歩いていく。

 目的の扉の上に掲げれた札には、「公務の間(ナロウ荘分室)」と書かれている。

 扉の隙間から中の灯りが零れだしている。

 やはり、彼女はここにいるみたいだ。

 そっと扉をノックする。


「ボクだけど、リンジュいるのかな?」

「………ツバサぁ?」


 良かった。

 部屋に戻ってないから少し心配していたけど、ずっと公務に励んでいたみたいだ。


「少し話があるんだけど、入ってもいいかな?」

「…………」


 返事は返ってこなかった。

 入ってこないでってことなんだろうね。

 ルルルちゃんの失踪が明らかになった時から、リンジュの様子は明らかにおかしくなっていた。

 ラグナロさんから聞いた話が理由かもしれない。

 あるいは、また違う理由なのかもしれない。

 何がリンジュを追いつめているのか、今の僕は分からない。


「それじゃあ、ここからお話させてもらうね」


 分からないにも関わらず、僕はこれから最低で、最悪なことをリンジュにお願いすることになるかもしれない。

 今日一日、ルルルちゃんを迎えに行くためにオトメと僕が生まれた世界を繋ぐ、白い渦を発生させようと試行錯誤を繰り返して、分かったことはただ一つ。

 僕ではどうあがいても、あの空間と空間とを繋ぐ渦を生み出すことは出来ないって事だ。

 ルルルちゃんがどうやって、あの渦を発生させていたのか分からない。

 そんなのが分かるのは、ルルルちゃん本人か、あるいは………この世界の神様だ。


「ルルルちゃんが飛ばされた世界、僕がやって来た世界にいける方法があるかもしれないんだ」


 扉の向こうで椅子が倒れるような大きな音が聞こえてきた。


「リンジュっ!」

「大丈夫ですよ。それで、ツバサぁ。その方法って言うのは?」

「まだ詳しくは言えない。でも、そのためにはどうしてもリンジュの協力が必要なんだ。お願いだ。ルルルちゃんを連れ戻すために、リンジュの力を貸してくれないかな」


 僕は扉に向かって、頭を下げる。

 ルルルちゃん、そして何よりもリンジュを助けて上げたいってこの思いに偽りはない。

 見えていなくても、思いは扉を超えて、リンジュの元へ届いて欲しい。


「それは………。あの渦を通って、ツバサぁがルルルちゃん連れ戻しに行くってことですかぁ?」

「そのつもりだよ。早く、みんなには笑顔になって欲しいからね」

「それなら、その計画には………アタシは絶対に必要なのですかぁ?」

「うん。リンジュじゃないと駄目だし。もしかしたら、少しリンジュには辛い役目かもしれない………」

「………」


 扉の向こうから返事はない。

 でも、向こうから足音が聞こえてくる。


「それなら…………」


 ゆっくりと扉が開かれ、哀しそうに微笑んでいるリンジュが顔を出してきた。

 その瞳に溜まっているのは、涙だ。

 赤く腫れた眼を見れば、彼女がずっと泣いていたことなんてすぐに分かる。

 それぐらいに紅く充血し、頬には後がくっきりと残っていた。


「アタシがいなければ、ツバサぁが、戻ることもないのですね」



 リンジュが僕を突き飛ばした。



「え?」


 まさかそんなことされるなんて、夢にも思わなかった僕は情けなく尻餅を付いた。

 呆気にとられる僕を置いて、リンジュが廊下を駆け抜けて、その姿が見る見るうちに小さくなっていく。

 

「ちょっと、リンジュ。どうしたのさ?」


 訳も分からないけど、背中にべっとりと汗がはりつくような嫌な予感が体中をなめ回してくる。

 慌てて、追いかけた。

 靴も履かずに外に出たリンジュは、一目散に走り続ける。

 酒屋から陽気な声が聞こえてくる。

 家の窓からオレンジ色の光が零れている。そんな中、流麗な黒髪の背負う彼女は、まるで闇にとけ込んでしまいそうに孤独だった。


「待ってよ、リンジュ!」


 制止の声に全く耳を貸さない。


 リンジュは走り続ける。


 逃げ続ける。


 夜、星空の中、僕が前を見れば、少し前までリンジュが幽閉されていたお城が見えた。

 背中に張り付く生温かな汗が一層増した。


「まさかっ、リンジュ!!」


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