2-7
翌朝、白い石塔が等間隔に配置された祭壇のような場所に行くとそこには既に先客がいた。
「おはようございます、ツバサぁ」
絹のようにきめ細かい髪が朝陽の光を燦々とあびて輝いているというのに、来るもはクルリとしている瞳は明らかな憂いを帯びていた。
「おはよう、リンジュ。どうしたの元気がないよ…………え?」
昨夜のことと言い、今のリンジュはなにかが、おかしい。
でも、僕が問いかけるも先にリンジュが僕に抱きついてきた。
大きな胸が、僕の胸元に押しつけられてぎゅっと潰されるのも気にしないぐらい強く抱きしめてくる。
まるで僕を、腕に中に捕らえ続けているかのように。
「ちょっといきなりどうしたの、リンジュ?」
「………いやですよ」
ぽつりと、チョコレートのような甘い声でそれだけを呟いた。
「嫌って何が?」
リンジュはそれ以上何も言わなかった。
僕から離れると、別れの挨拶もせずに、立ち去ってしまった。
「リンジュ………」
何だったのだろうか?
考えても答えを出すことが出来なかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
異世界の太陽が真上に昇り、一日の中で最も暑い時間帯にさしかかろうとしている中、
「だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
僕は、ステージのように一段高くなっている石版の中央で大の字になって寝っ転がった。
今日は、動きやすいようにとタロウさんから借りてきたミニスカートをはいてきたから、こんな大開脚したら下着が丸見えかもしれない。
でも、どうせここには誰もないし、僕は男だから、フリル付きの可愛らしい下着を見られたって、どうでもいいことだよね。
はああ、前はミニスカートなんて絶対に履きたくないって思っていたのに、僕も少しずつ変わってきたみたいだ。
「ルルルちゃんはどうやって、コレを起動できたんだろうかな?」
視線を横に向け、白い石塔を恨めしげに見つめる。
朝から色んな所を触りまくってみたけど、うんともすんとも言わず、空間と空間を繋げる渦が発生する気配は、微塵も感じられない。
僕たちの世界に向かったであろうルルルちゃんを迎えに行くためには、まずはあの渦を発生させないことには始まらない。
ルルルちゃんは適当に白い石塔触っているだけで、異世界への扉となる渦を生み出しているように見えたのに、僕が触ってもうんともすんとも言わない。
適当のように見えて、ルルルちゃんの石塔への触り方は規則性とがあったって事なのかな?
「これじゃ、スタートラインにも立てないよぉ」
「ここが、昨日言われていた場所でござるか?」
聞き慣れた声にスカートの裾を隠すように慌てて上半身を起こす。
えっちょっと待って、今僕、もしかして、このフリル付きの下着を見られること、恥ずかしがった?
「どうされたでござるか、ツバサ殿? 顔がお赤いようにお見受けするが、日射病ではなかろうか?」
「いいや、全然違いますよ、ラグナロさん。な~~んでもありませんからっ」
さっきの羞恥心なんて、絶対に気の迷いだ。
僕は男の子なんだから、いくら、周りが女の子だからけの異世界での生活に順応してきたからって、心まで女の子になっちゃったら、それは男の娘の始まりなんだから。
気を付けないと、だめだぞ、僕。
「それよりも、ラグナロさんはどうして、ここへ?」
「ツバサ殿はお昼はまだであろうと思い、拙者からの差し入れでござるよ」
そう言って、キリッとした眉を優しく傾けながら、ポニーテールの彼女は、手に持っているバスケットを掲げて見せてくれた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ラグナロさんからの差し入れはサンドイッチだった。
作りたてなのだろうか、瑞々しさの残るレタスとトマトが美味しかった。
「ありがとうでござるよ、ツバサ殿」
サンドイッチを食べ終え、水筒に入っていた紅茶を飲んでいるとラグナロさんにいきなりお礼を言われた。
「拙者では幾ら騎士団を動員しても、ここを見つけ出すことは出来なかったでござる」
中央にある一段高い石版の上に僕たちは、膝を並べるように横に座っている。
ラグナロさんは横を見れば、誇り高き王宮騎士は唇を歪め、膝上のバスケットから自分の分をとって齧り付いた。
「ボクはまだ何も出来ていないよ」
「そうでござるか、少なくともルルル殿に繋がる情報を見つけたのは、ツバサ殿でござる。その事は誇って良いと拙者は考えているでござるよ。その上、昨夜の姫様の涙を止めて下さったのも、ツバサ殿でござるよ」
「そんなことは……って、昨夜のリンジュとの事見ていたの!」
「すまぬな、拙者も姫様の涙に気づいて庭へと向かったのであるが、出るタイミングを逃していたのでござるよ。結果的に盗み見るような形となってしまい、申し分けないでござる」
別にはやましいことをしたわけじゃないし、昨夜の僕はリンジュの涙を止めることができたのだろうか?
最後に僕を真っ正面から見ながら、一筋の涙を零したリンジュの顔が、心を痛いぐらいに締め付けてくる。
どうして、彼女はあんなにもモノ哀しそうに僕を見ていたのだろうか?
「ツバサ殿は強くて、格好良いでござるな」
「え?」
「いや、拙者の素直な感想でござるよ。拙者もこれまで姫様を守る騎士として精進してきたつもりであるが、そんな拙者も昨夜の姫様には近寄りがたいオーラを感じてしまい、見守ることしか出来なかったござるよ。それに比べ、ツバサ殿は、姫様を抱きしめながら、勇気づけていたでござる」
「そ、そんなことないよ。あの場合は、抱きついてきたのはリンジュの方からだし。僕の方は、そんな格好良くもなかったし、それに僕は、リンジュを勇気づけてなんていないかもしれないし……」
うわあああ。
ラグナロさんみたいな美人さんから、こうもストレートに褒められるとすっごく恥ずかしいよ。
「それはまたご謙遜を」
小さく微笑み、サンドイッチを食べ終えると、ラグナロさんは新たな命が宿っている臀部を優しく触った。
「今回の一件を通じて、拙者は痛感しているでござるよ。人の親になるのとは、嬉しくもあり、怖い物でもあるのでござるな」
「怖い?」
「さようでござる。自分よりも大切なものが出来るのは、何よりの幸せでござろうが、そのものがいなくなったときは己が死ぬよりも辛い経験をしなければならないのだなと思ってな」
気持ち、膨らみ始めているお腹をさする手は止まらない。
一晩にして、この世界から忽然と姿を消したルルルちゃん。
その幼い少女に、ラグナロさんは未来の娘を重ね合わせているのだろう。
自分がお腹を痛めて生み出した命。
あちらの世界で、僕の両親も、世界から消えてしまった僕のことをやっぱり、心配しているのかな。
だとしたら、どうにかして、僕の無事を伝えて上げたいな………。
「そうだっ!」
「いきなり、どうしたでござるか、ツバサ殿?」
「ルルルちゃんの事、ルルルちゃんの両親にちゃんと伝えてあるのかなって思って?」
「両親………とは、何のことでござるか?」
あ、そうだ。
この世界、オトメには女の子しか存在していないから、男と女の両方を含んだ言葉の概念も存在していないんだ。
「え~と、この世界で言えば、お母さんとイコールって意味になるのかな?」
「それについては………心配、ご無用でござるよ」
「もう、連絡はしてあるの?」
答えはそっと、首を横に振られることで返ってきた。
「ルルル殿、親は不明なのでござるよ」
「不明って……どういう事? 死んだとかじゃなくて、不明なの?」
「左様でござる。拙者も訳がわからないのでござるが、ルルル殿は、ある日、突然にへその緒がついたような赤子の状態で、姫様の部屋に居たのでござるよ」
それって、どういう事?
ついラグナロさんを見入ってしまうが、彼女は嘘をついている風ではない。
それに、ここでこんな嘘をつく理由も何処にもない。
太陽の陽射しが僕たちに突き刺さってくる。
太陽のように明るい笑顔をいつも浮かべている、向日葵の髪飾りがとてもよく似合う少女を僕は知っている。
でも、あの少女にも、まぶしい笑顔の下に、笑うことの出来ない過去があった。
「ルルルちゃんは、捨て子だったって事?」
「どうであろうか。捨て子だとして、何故、姫様のお部屋にと疑問は残るでござる。言ったであろう、へその緒がついたような赤子の状態であると。それは揶揄でもなく、まさにそのような状態であったのだ。捨てたというのなら、生まれた、まさに、その瞬間であろうな」
生まれたその瞬間に捨てられた、女の子。
そして、捨てられた場所は、リンジュの部屋の中。
この世界は、男は存在していない。
世界に住む、女の子達は、誰かと接することもなく突然と新たな命を宿すことになる。
それが、自然妊娠。
「まさか……ルルルちゃんのお母さんって……………リンジュ?」
与えられた情報から導き出せる答えに、僕は愕然とするしかない。
でも、そう考えれば、ルルルちゃんが拾われたときの状況はすべて、納得がいく。
リンジュとルルルちゃんの二人を思い浮かべてみる。
顔つきが似ているように思えるのは、僕の思いこみなのだろうか?
一昨日、三人でピクニックに行った時、僕は思わなかったのか。
二人の笑顔が姉妹のようだと。あれは、姉妹じゃなくて、母娘だったということなの?
それにもしも、ルルルちゃんが、リンジュの娘だとしたら、昨夜からのリンジュのおかしな言動の原因も、理由がつく。
あああ、駄目だ。
確証なんて何処にも無いはずなのに、自分の勝手な推測が真実のように思えて仕方ない。
「当時の姫様が、自然妊娠をされていた形跡はないでござる。当時から常におそばにお仕えしてきたでござるが、お腹の膨れを隠されている様子もなかった」
ラグナロさんも同じ考えを持っていたのか、僕の考えに対して冷静に答えてくれる。
「それに、もし万が一にも、ルルル殿が姫様の子供であったとしても、あの心お優しい姫様が…………大切な子供を、捨てになさるとは、拙者にはどうしても、思えないでござるよ」
そうだよ。少し落ち付かないと。
ラグナロさんの言うとおりだよ。
僕達の知っているリンジュは、どんな理由があったとしても、自分の子供を捨てるような女の子じゃない。
僕は、気合いを入れるようにミニスカートから除いている両足の太股を叩いて、立ち上がった。
「やっぱり、僕は、こんな所でへこたれていないで、一刻も早くルルルちゃんを連れ戻して上げないと、駄目なんだね」
ラグナロさんに笑いかけて、白い石柱に近寄っていく。
「ツバサ殿、先ほどの言葉は一度忘れてくれ。ルルル殿を見つけた後、姫様に元気が戻ってきた後で、出来ればご相談にのっていただけないか」
「うん、分かったよ」
「なら、拙者は一度戻るでござるよ、姫様の事は拙者にお任せあれ。ツバサ殿は、ルルル殿を探し出すことに専念して下され」
サンドイッチが入っていたバスケットを片づけたラグナロさんが、この世界と世界と繋げる祭壇のような場所から立ち去ろうとしていく。
でも、その前に、やっぱりどうしても、確認しておきたいことがあった。
「ねえ、ラグナロさん、リンジュは元気?」
「どうでござろう。朝の散歩からお戻りになって以降は執務室に籠もりきりで、拙者も入出を許して貰えていないのでござるよ」
隠すことなく顔をしかめるラグナロさんに、僕も同じような顔をするしかなかった。




