2-6
息を整えながら、顔を上げる。
夕焼け色に染まっているここには、白の石塔が等間隔に並べられていた。
まるで祭壇のような荘厳な雰囲気に支配されている。
「ここはルルルちゃんの秘密の遊び場だったんだよね」
そして、リンジュを囚われのお城から救出するきっかけとなった場所でもある。
不安を胸に僕は中央にある一段高い石板へと近寄っていく。
ここは距離や世界という概念を跳躍することが出来る白い渦を作り出すことが出来る。
その渦のおかげで僕はこの世界、オトメにやってきた訳だし、リンジュをお城から救い出すことも出来た。
そして、空間と空間を繋げることができるその渦を生み出すことが出来るのは、僕が知っている限り、ルルルちゃんただ一人だ。
太陽が沈み初め、空に星が輝き始めている。
そんな時、僕は見つけてしまった。
「くっそっ」
真紅色のスカートが汚れることなんて気にしないで、床に膝をつき、地面を叩きつけた。
一段上がったステージのような石板の上に、僕はこの場所で見つけたくなかった物を見つけてしまったのだから。
「ルルルちゃん、キミは………行ってしまったの?」
夕焼けの光と星空の光の両方を浴びて、黒いステージの上で向日葵の髪留めが転がっていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「え~と、状況を整理させてくれないか、ツバサ殿」
僕たちは総力を決して、ルルルちゃんを見つけ出そうとしたけど、結局叶わなかった。
見つけ出せたのは、彼女が常に見つけていた向日葵の髪かがりが一つだけだった。
それもある意味、最悪な場所でだ。
「ツバサ殿が異世界からのご客人であることは存じていたでござる」
ラグナロさんがいつもはキリッとしている眉をひそめながら、言葉を選ぶように進めていく。
「そう、そして僕が異世界からやって来た時は、こちらの世界とあちらの世界を繋ぐ通路のような渦があったんだよ」
僕は顔の前で拳と拳が突き当て、二人の世界のつながりを表現してみた。
「その世界を繋ぐ渦を生み出せるのは今のところ、ルルル殿だけであり、この向日葵の髪留めが見つかったのは、異世界へと繋がる渦を生み出すことが出来る祭壇………」
つまり、そこから導き出せる答えは一つだけだった。
「ルルルは、もうこの世界にはいないのデスね。自分やツバサ君が生まれた、あちらの世界に行ってしまった、なのデス」
タロウさんが現実を噛みしめるように一語一語を口に出す。
僕は何も言えずに頷くことしか出来ない。
食堂には重たい沈黙が支配していく。
ルルルちゃんの行方に目処がついたとはいえ、異世界に飛んでしまった彼女を迎えに行く方法を誰も知らない。
「自分のせいデスか………」
「タロウさんのせいではありませんよ。これは、だれのせいでもありませんよ」
「ありがとうデス、リンジュ」
タロウさんはそれ以上何も言わずに席を立った。
ここで頭を抱えていても何もならない、僕達もちりぢりに席を立って、今日は解散となった。
ルルルちゃんを見つけ出す、有効な手だてが何一つ浮かばないまま。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
一日中走り回って、体力は底をついているはずのなのにボクは全く眠れなかった。
どうやったらルルルちゃんをこちらの世界に連れ戻すことが出来るかと答えの導き出せない問いかけが頭の中を堂々巡りしている。
「駄目だ」
荒ぶっている気持ちを落ち着かせるために夜風でも当たろうと窓を開ける。
ひんやりとした風が頭を冷ましてくれるようで気持ちいい。
風の音に耳を傾けていると、明らかな異音が混じっていた。
風が隙間をくぐり抜けているかのようなくぐもった音だった。
窓から下を見れば、リンジュがいた。
空を見上げる彼女の瞳から涙がこぼれ落ちていた。
その姿は、このまま何処かへ行くんじゃないのかって儚さがあった。
「リンジュっ」
彼女が何故泣いているのかわからないけど、こんなの放っておける訳がない。
ネグリジェ姿のまま外に飛び出して呼び止める。
「ツバサぁ、どうしたのですか?」
「どうしたのって、それは僕の台詞だよ。なんか、眠れなくてね。外を見たら、リンジュを見つけたんだけど、なんっていうか、リンジュが何処か行っちゃいそうな風に見えて、驚いて飛び出してしまったんだよ」
正直に言ってみたら、なんだか恥ずかしくなってきて顔が火照ってくる。
一陣の夜風が僕とリンジュの間をすり抜けて、僕の頬を冷やしてくれる。
「アタシは、何処にも行けませんよ………ルルルちゃんと違いまして、ね」
まるで、出会ったばかりの頃、どんなに足掻いてもお城から出来る事なんて出来ないと諦めていた頃のような声だった。
こんな声、リンジュには似合わない。
こんな顔、リンジュにして欲しくないから僕は、彼女を外に連れ出したというのに。
まだ、リンジュはなにかに縛られているっていうの?
「大丈夫だよ、リンジュ」
気がついたときには、リンジュの手を掴んでいた。
この手を掴んで、僕は彼女を何処へだって連れて行って上げたい。
「今日のピクニック、楽しかったよね。だから、今度はそうだね、山じゃなくて、みんなで、海に行ってみない?」
「でも、もう……ルルルちゃんは………いませんよ………」
「大大丈夫だよ、リンジュ」
僕は震えているリンジュの手をぎゅっと握り締めて、真っ直ぐに彼女と向き合った。
「僕は、この世界には概念すら存在していない男の子なんだよ。僕が、ルルルちゃんが消えた異世界からやって来たんだ」
ピクンとリンジュの肩が跳ね上がった。
「あっちの世界のことは誰よりもこの僕が分かっている。だから、迷子になったルルルちゃんは、この僕が絶対に見つけ出してみせるよ」
僕はリンジュのために、約束した。
「それは、つまり、ツバサぁは………」
けれど、彼女から帰ってきたのは、甘い笑顔じゃなくて、またしても頬をこぼれ落ちる一筋の涙だった。
その涙の意味を、このときの僕はまだ知らないでいた。




