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一度部屋に戻ろうと階段を昇っていると、反対側からゴスロリ姿の彼が降りてくる所だった。
「おかえりデス、なにか見つかりましたデスか?」
「ごめん。何も見つけられなかったよ。タロウさんはこれから何処か行くの?」
「少し大浴場に行ってみるのデス」
「………お風呂にはいるの?」
お風呂に入るにしては、タロウさんは手ぶらだった。
「違うデス。あそこが昨日、ルルルと最後にあった場所だからデス」
重い声だった。
女の子ばかりの世界であるオトメであって、僕とタロウさんの声は重低音に分類されるけど、いつも以上にタロウさんの声は低かった。
オトメで生きる男の娘としてじゃない、タロウさん自身の思いが言葉になっているようだった。
寂しく語るその声に、僕の心は鷲づかみされたかのように締め上げれるけど、何ももすることが出来なかった。
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張られたままの浴槽のお湯は、波一つ立てていない。
昨夜、みんなで和気藹々と盛り上がっていたとは思えないほど大浴場は静まりかえっていた。
タロウさんについて大浴場にやってきた僕は、何か手がかりが無いかと願い、大浴場の中を見て回っていく。
リンジュには休むように言われたけど、やっぱりそんなの出来るわけなかった。
「ツバサ君は、昨夜の出来事覚えているデスか?」
「みんなで楽しくお風呂にはい………ったね」
男の子として、恥ずかしい姿を二人に見られて事が一瞬頭を過ぎったけど、あんなのは気の迷いが生み出した錯覚だ。
錯覚なんだ。
錯覚に違いないんだ。
錯覚って事にしておこう。
「自分は最後にルルルと喧嘩してしまったデス」
浴槽に写る自分の顔を見つめながら、タロウさんは唇を噛みしめている。
そこに浮かんでいるのは、やむことのない後悔の念だけだった。
「僕たちの世界の事を聞いてきたルルルちゃんに、何も教えなかったんだよね」
「この世界、オトメは男が存在せずに完結できているデス。そんな世界に男などの概念は不要なのデス。この世界のみんなには男なんて存在は知ってはいけないのデス」
湯船に手を付けながら、波紋を立っていく。
写り込んでいたタロウさんの顔が、大きく歪んでいく。
「でも、こんな事になるのなら、ルルルには、教えていた方が良かったのデスか? でも、ルルルと言えども、男を知るのは許されないのデス」
タロウさんはオトメに来る直前の記憶を失っている。
記憶が混乱している中、本当の意味で男の子が自分だけの世界にやって来てしまった。
その時に感じた恐怖は、僕の非なんかじゃなかっただろう。
僕はオトメに来てすぐタロウさんと出会って、この世界の理を教えてもらったからそれなりに早く順応することが出来たけど、タロウさんにはこの世界の理を教えてくれる人は誰もいなかったんだから。
そんな時に、タロウさんが出会ったのはルルルちゃんらしい。
ルルルちゃんの太陽のような笑顔を、子供らしい好奇心からくる何度も受け入れる慣用力にタロウさんはどれだけ救われた事だろう。
「ルルルは何処に行ったっていうのデスか? この世界には、ルルルが必要なのデスよ!」
タロウさんは力の限り、浴槽の湯を殴りつけた。
水滴がいくつも舞い上がり、まるで涙が零れるかのように落ちていく。
「もし、僕達の世界の話をして上げたら、どうなっていただろうね。ルルルちゃん、興味津々だったからね、僕達が話し出したらきっと一晩中、あっちの世界のことを聞いていただろうね」
タロウさんはゆっくりと頷いた。
こんなもしもの話をしても、もう取り返しのつかないことだけど、僅かばかりの後悔が心をかすめる。
「ルルルちゃん、早く戻っておいでよ、そしたら、僕達の世界のこと、沢山教えて上げるから………」
この時、頭の中で何が光った。
それはとても小さな針穴のような小さな光。
穴に糸を通すように記憶を辿っていく。
ルルルちゃんと一緒にいたときからコレまでを思い出していく。
僕達の世界に、興味津々なルルルちゃん。
痕跡すら残っていないほど忽然と消えたルルルちゃん。
それは、まるで神隠し。
「違う、もっとだ」
記憶をさかのぼっていく。
一緒に山登り。
囚われのリンジュ。
助け出したリンジュ。
渦を通して、繋がる外と中。
あちらの世界とこちらの世界。
その渦を作り出したのは………ツインテールに向日葵の髪飾りを付けている幼い少女だった。
「それだ!!」
バラバラだった断片が繋がって、ボクは大声を上げてしまった。
タロウさんが珍しく眼を大きく開けて、突然の雄叫びを上げた僕を凝視してくるけど、そんなことが気にならないぐらい僕は焦っていた。
もし、この予測が正しいとすれば、それはルルルちゃんが二度とこのオトメに帰ってこれないかもしれないからだ。
「タロウさん、分かったかもしれない。ルルルちゃんの行き先がっ!」
返事も聞かずに大浴場を飛び出す。
ナロウ荘内を駆け抜け、リンジュがいる食堂から外へと飛び出す。
「ツバサぁ、何処へ?」
「ごめん、ラグナロさんがやってくるまでには戻ってくるから!」
既に手遅れかもしれないけど、これは一刻を争う事態だ。




