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 もう、どうしてスカートってこんなにも走りにくいんだよ。

 幾度と無く脚に絡まりそうになる布を恨めしく思いながらも、僕は急いでた。

 お城には通い慣れているから、もう門前の警備兵は僕の顔を見るなりすんなり中へ通してくれる。

 顔なじみになった従者の人達が会釈をしてくるけど、返事をしている余裕なんてなかった。

「おっ、ツバサ殿」

 

 ラグナロさんの呼びかけにも答える余裕がない。

 一刻も早く彼女の元にたどり着きたくて、息を切らせながらお姫様の部屋に飛び込むと、


「ツバサぁ………あれ……」


 リンジュが恐る恐ると天井を指さしている。

 そこにあるのはブラックホールのように渦を巻く白い存在だった。


 やったぁぁ。成功だ。


 僕は小さく拳を握る。


「早く、その渦に飛び込むんだ、リンジュ!!」

「え?」


 リンジュが目を丸くして、僅かに顔を引きつらせた。


「その渦は外へと繋がっているんだ。そこからならきっと、キミの詛いも作用しないはずだ!」


 理不尽な詛いにずっと苦しんできたお姫様はもう一度白い渦を見て、恐怖を断ち切るように小さく微笑むと僕に向かって手を差し出してきた。


「なら、ツバサが私を外の世界に案内して下さい」

「……僕なんかで良いの?」

「ツバサが良いのですよ」


 チョコレートのような甘い言葉でそんなことを言われたら、僕の頭は脳髄の全てが溶け出してしまいそうだった。

 分かったよと手を差しだそうとした瞬間、


「っっっっ」


 僕の意識は黒く塗りつぶされていった。


「ツバサぁぁ!!」


 リンジュの声を聞きながら、彼女を心配なんてないと思いながら床に倒れるしかない。

 頭が割れるように痛い。

 少しでも気を抜くといか身で気絶してしまいそうだった。

 ここまでやってこれたんだ。失敗なんてするわけにはいかない。

 絶対に、リンジュを外に連れ出してあげるんだ。

 なんとか床で体を回すと、仰向けになった僕の首元に剣を突きつけられた。


「ラグナロさん………」

「…………」


 抜刀された日本刀を突きつけてくるのはリンジュを護衛するはずの騎士。

 そんな彼女が無慈悲に突きつけた剣先が僕ののど仏を軽く押してくる。


 『どうして、こんなことを?』


 なんて、問いかける必要はない。

 だって、ラグナロさんの眼はいつかの日、僕に襲いかかってきた時のように、瞳に一切の光彩がなく、真っ黒に染まっているのだから。

 今、僕の目の前にして、日本刀を突き出しているのは、ラグナロさんじゃない別の存在だ。


「ラグナロ、何をしているの!?」


 あんなにも敬愛していたリンジュの声にも反応していない。

 無表情に僕の首もとの突き出した鋭い剣先が皮膚に辺り、ちくりと痛んだ。


「リンジュを奪わせはさせない」


 ラグナロさんの口から紡がれる彼女とは違う声。

 声だけじゃなくて、感情全体が憎しみで塗りつぶされているかのような低い声だった。


「お前がリンジュをこの城に閉じこめた張本人か! お前は何者なんだぁ!!」

「我は、この世界の創造主」


 それはつまり、神様ってことなの?

 だから、世界を自由に操れて、リンジュをお城に閉じこめることも出来るし、ラグナロさんを難無く操れるって訳?


「はぁっ」

「何が可笑しいのだ?」

「上等じゃないか。神様だろうが、創造主だろうが、リンジュの願いを叶えるためだったら、僕はなんだって立ち向かっていくだけだよ!」

「お前如きが、リンジュのために何が出来るというのだ? 何も知らぬと言うのに」

「知っているさ、お前のせいでリンジュが哀しんでいるってね」


 無表情だったラグナロさんの唇が、ぴくりと動いた。


「それに、僕が何かをするんじゃない。僕たちで、外に出るんだよ!!」

「はあああああああ!!」


 いつもは甘いチョコトートのような声が、今だけは風を切り裂くような裂帛の声で響き渡る。


「っぅ」


 王族の護衛術として、一通りの武術は習っているリンジュの蹴りがラグナロさんの剣がはじき飛ばされた。

 助かったよ、リンジュ………って、ちょっとどうして僕の頭を両足で挟むようにして立っているの?

 この状況、見えちゃっているよ、スカートの中に隠されているべき、真っ白な三角地帯が丸見えだよ。

 見ちゃ駄目だ。

 目を閉じないとっ。

 でも、すぐとそには操られたラグナロさんがいるわけで。


「ごめんなさいね、ラグナロ」


 膝蹴りがラグナロの鳩尾に炸裂した。

 世界の創造主と名乗った存在の目的は分からないけど、少なくともリンジュに危害を加えることじゃないのは間違えない。

 リンジュ本人からの攻撃にはきっと為す術がなかったはずだ。

 気を失ったラグナロを抱きかかえ、廊下へと寝かしつけると、リンジュへは入り口の鍵を閉めた。


「これではほんの少しの時間稼ぎにしかならないでしょうけどね」


 リンジュがいつものように耳が溶けてしまいそうな甘い声でため息混じりに呟くなり、がむしゃらにドアが叩かれていく。

 この数は一人、二人じゃない。

 もしかしたら、この館の従者全員がラグナロさんのように操られているのかもしれない。

 それだけの人数がリンジュを確保しようと部屋に押し寄せようとしている。

 これは、リンジュの言うようにドアが壊せるのは時間の問題だろうね。

 起き上がって、僕たちの希望に繋がる白い渦の前に立つ。


「ツバサは、操られることなく平気なんですね。あなたは、異世界人の男の子だからでしょうか?」


 リンジュはやっぱり少し怖いのかな?

 差し出された小さな手は僅かに震えている。


「心配しなくて大丈夫だよ、外は怖い場所じゃなくて、楽しい場所なんだから」


 勇気づけるようにリンジュの手を掴んだけど、


「分かっていますわ。だから、この震えは恐れではありません、期待なのです」


 彼女に伝えるべきは勇気じゃなくて、希望だったみたいだ。


「じゃあ、行くよ、外の世界に」

「はい。外についたら、いっぱい、いろんな事を教えて下さいね」


 そして、僕とリンジュは手を繋いで、白い渦の中へ飛び込んでいった。


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