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ここは静かだった。
お城の最上階に位置されたリンジュの部屋はまるで外界から隔離されたかのように何の音も聞こえてこなかった。
よく眠れるかもしれないけど、なんか寂しいね。
月明かりの差し込む部屋の天井を眺めながら僕はそんなことを考えていた。
気がつけば外の雨はやんでいたけど、リンジュに誘われた手前、帰るわけにはいかず、今夜はリンジュの部屋でお世話になることになった。
なったんだけど、一緒のベットで寝るなんて聞いていなかったよぉぉ。
リンジュの甘い香りが鼻腔を擽って、安らかな寝息が僕の耳に吹き付けられている。
こんな状況で、眠れるわけなんかない。
目がぎんぎんに冴えてしょうがない。
「すぅぅぅ」
「ひゃん」
リンジュの暖かな意気が耳を擽るたびに変化声を出さないようにするので精一杯だよ。
こんな時は心を落ちすかせるために素数を数える………ほど僕は数学が得意じゃないから、別のことで精神統一しないと。
古典的だけど、羊の数でも数えればいつかは眠れるようになるのかな?
え~と、確か数えながら、羊が柵を跳び越える姿を想像すれば良いんだよね。
羊を空想しながら、瞑想の世界に飛びだろうとしていると、隣で人が動く気配を感じた。
隣で安らかな吐息を立てていたリンジュが寝返りを打ったのかなと思ってけど、違ったみたい。
目が覚めたみたいで彼女は静かにベットを降りて部屋を出て行った。
お花でも摘みに言ったのかな?
でも、リンジュはいつまで経っても帰ってこなかった。
柵を跳び越えている羊が1000匹を超えた所で、僕は急に不安に襲われて、ベットから降りて部屋を出て行った。
お城の中は灯りが落とされて、薄暗い。
窓からうっすらと差し込んでくる月明かりだけが頼りだった。
こんな広大なお城で月明かりだけど頼りに歩いていくなんて、一歩間違えたら、迷子になってしまう。
でも、待ち続けているなんて僕には出来ない。
「リンジュっ」
戻ってこないお姫様を求めて僕は走りだした。
ネグリジェってこんなに走りにくかったんだ。
それでも、がむしゃらに城の中を走り回っていると、
「きゃああぁぁ」
かすかに女の子の声が聞こえてきた。
止まって耳を澄ましてみる。
「きゃああぁぁぁ」
やっぱり、これは聞き間違えじゃない。
急いで声した方向に向かってみると、
「きゃああああぁぁぁ」
探し求めていた彼女がそこにいた。
「リンジュ………」
そこはお城の出入り口だった。
彼女を世界から孤立されている見えない壁がそこにあるというのに、彼女は真っ直ぐに前をみていた。
外からの月明かりに照らされる彼女の凛とした姿は本物の女神のようで僕は、声を掛けるよりも先に、彼女の姿に見とれてしまった。
「今度こそっ、成功してみせます」
リンジュは覚悟を覚悟を決めたかのように顎を引き締めて、入り口に向かって走り出した。
「きゃやかかか」
でも、結果は変わるわけない。
囚われのお姫様は目に見えることの出来ない壁に弾かれてしまっている。
「いたたた」
すりむいた膝をさすりながらリンジュの眼は死んでなんかいない。
起きあがり、唇をつり上げると、もう一度見えない壁に体当たり。
「危ない!!」
咄嗟に体が動いていた。
「きゃあああ………え?」
見えない壁にはじき飛ばされたリンジュを、僕は自分の体を呈して守っていた。
僕を下敷きにしているから、リンジュは怪我してないよね。
「ツバサっ? どうしてここに?」
「それは僕が聞きたいよ。何やっているの?」
「見て分かりませんか、私は、外に出たいのですよ!」
僕の上から起き上がったリンジュが懲りずにもう一度見えない壁に体当たりをしていた。
今度は簡単に弾かれることなく無理矢理体を押し出そうとしている。
歯を食いしばって、負けないように体を押し込んでいく。
でも、彼女にかけられた詛いは簡単に破ることは出来ない。
結局は壁を貫くことなんて叶わず、力尽きたリンジュが見えない壁にもたれかかるようにして座り込んでしまった。
「リンジュは、毎晩こんな事しているの?」
昨日この扉の前で見た彼女は全てを諦めきった目をしていたというのに、今目の前にいるのは諦めなんか知らない冒険家のように瞳を輝かせている一人の少女だった。
それはあまりにもギャップがありすぎて、僕はどちらの彼女を信じればよいのだろうか?
「おかしいですよね」
リンジュは恥ずかしそうに笑って、立ち上がった。
「アタシがここから出られないことはどうやっても覆らないこと。そんなの遙か昔に知っていて、こんな確証のない希望に縋ることなんて忘れてしまっていたのに………」
「だったら、どうして?」
「ツバサの性ですよ。あなたが教えて下さる外の話はいつも心が躍り、あなたの話を聞いている内に私はいつしか、思うようになってしまっていたのです。やっぱり、外に出たいと」
リンジュは想いを掴み取るかのように胸元でそっと手を合わせて、僕を真っ直ぐと見つめながら、恥ずかしそうにはにかんだ。
「そして、出来ることならツバサと一緒に外の世界を見て回りたいのです」
僕はこの時、リンジュが見せ愛おしい笑顔を一生忘れることはないだろう。
それはまるでトラウマであるかのように、僕の記憶と心を切り裂き、僕という存在の深淵にまで入り込んできた。
でも、不快感は一切無い。
むしろ感じるのは、リンジュの声のように甘く心地よくて、それでいて心が沸き立つ高揚感だった。
「ツバサと友達になれて、本当によかったです」
「ボクもだよ」
僕は、リンジュに手を差し出した。
今の僕にははっきりと見ることが出来る。
僕がやらねばならないこと、そして何よりもやりたいことが。
「リンジュの希望、僕にも手伝わせてくれないかな?」




