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朝、ルルルちゃんと一緒に作った朝食を食べ終え、食器を片づけようとしていると、彼が階段を下ってきた。
「あ、おはよう。タロウお姉ちゃん。もう、あいかわらず、タロウお姉ちゃんは、朝弱いんだから、駄目だよ。朝は元気に早起きしないと」
「おはよう、ルルル。自分はお子様なルルルと違って、夜も忙しいのデスよ」
「むぅぅぅぅ、ルルルお子様じゃないもん」
悔しそうに頬をぷくと膨らましている時点で、お子様なような気がするけど、そこは突っ込まない方がルルルちゃんの名誉のためだよね。
いつも通り、黒を基調としたゴスロリ姿のタロウさんは、ルルルちゃんから僕の方に視線を移してきた。
昨夜の一件があるけど、タロウさんにはしっかりと僕の思いを伝えておかないといけないって思うんだ。
「おはよう、タロウさん」
「おはようデス、ツバサ君。キミはこれからお出かけなのデスか?」
「はい、これから出かけてきます。帰りが何時になるかは、ちょっと分かりません」
「懲りずにお城に行くのデスか?」
僕は恐れることなく頷いた。
「キミが頑張った所で世界の摂理を変えられるはずがないのデスよ」
淡々と真実を述べてくれるタロウさん。
そんなタロウさんに、僕はとびっきりの笑顔を返して上げた。
「でも、僕はリンジュのために何かをしてあげたいんだ」
そう。変えられるとか、変えられないとかじゃない。
僕は自分のするべき事をしなくちゃいけないんだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
真紅色を基調としたスパニッシュ風のドレスを着て、僕はリンジュがいるお城へと続く道を歩いている。
今日は何の話をしよう?
昨夜、タロウさんと喧嘩をしてしまった話………はリンジュは喜ばないだろうな。
だったら、ルルルちゃんと一緒に朝食を作った話が良いだろうね。
この出来事をどんな風にリンジュへお話しようかな。
彼女はまた女神のように優しく目を閉じて僕の話を聞いてくれるのかな?
そんな事を考えていると自然とお城に向かう僕の足は速まっていく。
「ツバサ殿、お待ちなされ」
呼びかけられて足を止めた。見ればいつものように和服の帯に日本刀を指しているラグナロさんが僕を見ていた。
珍しい。この時間なら、ラグナロさんはリンジュの護衛の任についているはずなのにどうして、ここにいるのだろう?
「ラグナロさん。こんにちわです。どうしたんですか、こんな所で?」
駆け寄っていき、違和感に気づいた。
どうして、ラグナロさんは、剣に手を携えながら、瞳を閉じているのだろうか。
「ツバサ殿を待っていた」
「僕を? 何か用があったの?」
瞳を閉じて、剣の柄に手を添えてゆっくりと腰を下ろすその姿は………抜刀の体勢だ。
「それは………貴様が彼女に害をなす存在だからだ!」
人通りのあったはずの町中だというのに、彼女は躊躇わず僕に斬り掛かってきた。
「わっああ!」
咄嗟に足を止める。
剣先が僕の前髪の数本を切り裂いた。
「これは………どういう事なの、ラグナロさん?」
問いかけても答えは返ってこなかった。
ただ、閉じられていた彼女の瞳が露わになった時、僕は言葉を失ってしまった。
そこに光は無かった。
黒一色に染め上げられた瞳はまるで、彼女がただの作り物の人形であるかのようであった。
助けを求めるように辺りを見渡して………僕は再び絶句した。
その瞬間まで、ごく普通に生活を営んでいたはずのオトメの住民。
女性だらけの彼女達から一斉に人間性が抜け落ち、ラグナロさんのように瞳から光を失い、例外なく僕を見ていた。
感情の抜け落ちた能面のような顔に四方八方から見つめられていく。
異常すぎる事態に膝が少しずつ震え始めていく。
「忠告だ、余計な事をするな」
ラグナロさんの口から、彼女の声とは違う低い声が発せられる。
「これは、あなたの仕組んだことなの?」
ラグナロさんの向こうにいるのは誰かは分からない。
そもそも、一体どうやったら、こんな異様な事態を作りだせるっていうのだ。
人間業とかそんなレベルじゃない。
まるで、世界を書き換えてしまうかのような所業だった。
「世界を書き換える………まさか、あなたなの? リンジュをお城に閉じこめているのは?」
すぐそこにラグナロさんの剣先があるのなんて気にしている余裕なんてなかった。
こいつが、リンジュを閉じこめている。
こいつが、リンジュを苦しめている。
こいつが、リンジュをい哀しませている。
リンジュを救い出せる可能性がすぐそこにあるんだ。
「貴様はこの世界に招かれざる存在。あまりに過ぎたる行動は裁かれてしかるべきだ」
「裁くって、あなたは何様のつもりだ!!」
ラグナロさんの肩を掴んで、彼女のその先にいる存在に向かって、力の限りの雄叫びをぶつける。
「ツバサ殿……どうされたのでござるか?」
僕を見つけるラグナロさんの目に正気が戻ってきた。
黒一色だった瞳にも光が戻っている。
「それに拙者は一体何を………」
「覚えていないの?」
「ツバサ殿を見つめたまでは記憶があるのだが、それ以降は何も………」
白くなった顔で自分の手を見つめている。
その手に握り締められているのは真剣だ。
「拙者はツバサ殿に………」
「気にしないで下さい。僕は怪我とかしていませんから」
笑いかけることで、大丈夫だって伝えて、辺りを見渡す。
僕を取り囲んでいた能面を貼り付けたような人たちも何事も無かったかのように日常生活を送り始めていた。
異常、異端、異能、様々な言葉が僕の頭を過ぎ去っていく。
今の出来事は僕の空想だったの?
そう思えぐらい何事もなくオトメの世界は日常を取り戻していた。
これが、タロウさんの言っていた、世界の摂理なのだろうか?




