1-12
翌日、僕はまたリンジュのお茶会にやって来ていた。
今日は、昨日と違って、まだ日が出ている時間だ。
だから、ベランダから見える街の景色も違って見える。
リンジュが入れてくれたお茶は昨日よりもさらに美味しくて、それ以上にリンジュが僕を待ってくれていることが、ただ、それだけでどうしようもなくて、嬉しかった。
今日はルルルちゃんとタロウさんと一緒にお買い物を行って、その時の出来事を語っている。
この世界にやって来たばかりだから、僕の生活道具はまだまだ足りていない。
みんなで寝間着を見に行ったのだけど、可愛い絵柄がついているのを進めてくるルルルちゃんに、ゴシックで見るからに眠りづらそうな服を提案してくるタロウさんに、成るべく無難なモノを選ぼうとする僕。
三者三様の意見があって、結局みんながお勧めの一着をそれぞれ買うことになったんだ。
そんな話を、リンジュが聞いてくれている。
僕の言葉を思い描いて、脳裏に作りだしているかのように。
「良いですね、アタシも街でお買い物をしてみたいですよぉ」
甘いチョコレートのような声は、今だけはほろ苦く聞こえた。
『姫様はお城から一歩も外に出ることが叶わないってことでござる』
ラグナロさんが教えてくれた真実に胸が締め付けられそうになってくる。
でも、そんなこと関係あるもんか。
リンジュにこんな顔されて、無視なんか出来るわけないよ。
「だったら、今すぐに僕と外に行ってみない?」
リンジュの柔らかな手を取って、彼女を望んでいる世界へ連れ出そうとしたけど、お姫様は彫刻のようにピクリともしなかった。
「無駄ですよ、ラグナロからアタシのこと聞いているのでしょう?」
「リンジュが、このお城からでれないってこと?」
「はい。アタシはこんなにも外に出たいと思っているのに、神様に嫌われているのでしょうか?」
彼女は遠い目で、ベランダから街を見下ろした。
「こんな詛い、消えてしまえばいいのに………」
ほろ苦さの籠もった声を聞いているとどうして、僕の胸はこんなにも締め付けられるんだろう。
「そんなのやってみなくきゃ、分からないよ?」
「既に何度も試していますが。そうでしたね、ツバサにはお見せしたことがありませんでしたね」
リンジュは哀しそうに微笑むと、僕の横を通り過ぎて廊下へと出て行った。
「ちょっと待ってよっ」
慌てて追いかける。
リンジュは何も言わずに、廊下を歩いている。
すれ違った従者の人たちが慌てて頭を下げている。
そして、大勢の従者に見守られながら、お城の入り口へとやって来た。
でも、どうして、みんなそんなに悲観な顔で僕や彼女のことを見ているんだよ。
ただ、リンジュを外に出したいだけじゃないか。
「それでは、アタシを外へ連れ出してみて下さい」
まるで希望なんて感じさせない冷めた瞳で僕に手を差し出してきた。
駄目だよ! そんな瞳は、リンジュには似合わないよ!
なんで僕はこんなにも苛立ってっているんだろう?
柔らかいリンジュの手を握り返す。
その手はマシュマロみたいに柔らかで、自然と胸が高鳴り始めてきた。
喉を潤すように唾を飲み込むと少し心が落ち着いて、柔らかな彼女の手が僅かに震えていることに気づいた。
大丈夫だよ。
リンジュだけがお城から出られないなんて、そんなおとぎ話みたいなことあるわけ無いよ。
僕は、リンジュの手を引いて、外へ向かった。
僕の脚がお城の敷居を超えた。
ほら、何も起きないじゃないか。
そのまま、リンジュを引っ張り出そうとして、
「え?」
僕の手はまるで鉄の壁でもひっぱているかのような感覚に襲われた。
柔らかなリンジュの手を引いているというのに、ピクリとも動かなかった。
慌てて振り返ると冷め切ったリンジュが少しだけ痛そうに笑っていた。
「ほら、言ったじゃないですか………」
僕はどうすることも出来なくて、リンジュから手を離してしまった。
体が城外に拡がる芝生に倒れ込む。
芝生からは太陽の香りがした。
僕は今、確かに外にいる。
でも、リンジュがお城の中にいる。
彼女が何も言わずにが僕を見ている。
まるで子供が空を飛ぶ小鳥を羨んでいるかのような瞳で。
「ツバサ。また、明日も来ていただけるとアタシは嬉しいです」
踵を返して城の中へ戻っていくリンジュ。
「待ってっ」
急いで追いかけようと城の中に入ろうとして、今し方感じた見えない鉄壁を想像してしまった。
今、僕は、無意識にお城に入るのを怖がってしまった。
「こんなんじゃ、リンジュに合わせる顔もないよね………」
お城の入り口には何もない。
僕の手は易々とその奥へはいることが出来たけど、リンジュの体はここを通り抜けることは出来ないでいる。
「何だよ、コレ………」




