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リンジュさんが自分で入れたという紅茶を一口飲むと仄かな甘みと口から鼻へゆっくり通り抜けていく香りに包まれた。
紅茶のことなんて全く分からないけど、この茶葉が高級品であることは一目瞭然だ。
それだけじゃない。
茶葉の良さを引き立てる腕が無ければ、こんな素人の僕でも違いが分かるような紅茶を入れられる訳がない。
「すごく美味しいよ、これ」
「うふふふ。そう言って下さって嬉しいです」
リンジュさんも優雅にティーカップを傾けた。
カップをテーブルに置くとベランダから、姫様は優しい瞳で自分の街を見た。
「ねえ、ツバサはこの数日間、街に出ていたのですよね。この街をどう思いましたか?」
これまでの子供ぽさは消え、まるで母親のような優しさに包まれた声色に、どうしてだか胸が締め付けられたように苦しくなった。
夜に染まった街を見る。
まだ僕もこの街のことを殆ど知らない。
リンジュ以外に知り合ったのも、ラグナロさん、ルルルちゃん、タロウさん程度だ。
でも彼女達の事を思いだして、この街のことを思い出す僕の心は、街灯に照らされた街のように暖かかった。
「まだ、数日だし、しっかりと見たわけじゃいけど、暖かくて良い街だったと思うよ」
リンジュさんはこんな曖昧な返事で満足だったのかな?
目を閉じて頷いているだけだった。
「ツバサ、お願いします。その話を続けて下さい」
でも、子守歌を聞いているかのような安らかな顔がそこにはあった。
あれ、なんだろうこれ。
リンジュさんが入れてくれた紅茶を飲んでみたけど、胸の高鳴りが止まりそうにない。
「それじゃ、ほんの少しだけだけど、僕が今日見たことをお話しさせてもらうよ」
それからの僕は今日のことを必死に思い出して、彼女に話しかけた。
その間、僕は、目を閉じて話に耳を傾けてくれているリンジュから、一度も目を離せないでいた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「本日はありがとうでござった」
リンジュに招かれたベランダでのティータイムが終わって、今は和服美人なラグナロさんと一緒にナロウ荘へ帰宅途中だ。
思わず長話になってしまって、帰宅途中の街は既に明かりが消え始めて眠りにつこうとしている。
「姫様もとてもお喜びになっていでござる」
「そうだね。また明日も行くって約束しちゃったし、このまま日課になりそうだよ」
本当に、おかしいな。
何だろう、この高揚感は。
それに、リンジュの事を話していると僕、なんかにやけていない?
「それは喜ばしいことでござる。姫様はこの国を心から好いております。それ故、ツバサ様のお話に、姫様はさぞお喜びになっていることでござろう」
「そうだったな嬉しいな………」
足を止めて、名残惜しむようにリンジュのいるお城を振り返ってみる。
もうお城は遠くて、リンジュと一緒にお茶したベランダを肉眼で確認することは叶わない。
「何時の日か、リンジュと一緒にこの街を歩いてみないな」
それは具体性なんて何処にもないただの願望だった。
子供が遊園地に行きたいと言うような簡単な想いからでた言葉に過ぎなかった。
でも、この世界はそんな無邪気な願望すら許してはくれないみたいだ。
「それは………絶対に叶わない願いでござるよ」
「え? それってどういう事?」
ラグナロさんも僕と同じようにお城を眺めて、
「原因は分からないでござる。何かしらの詛いがかけられているのでござろうか。しかし、唯一分かっているのは………」
………苦しそうに顔を歪めた。
「姫様はお城から一歩も外に出ることが叶わないってことでござる」




