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02、幕も上がらず、大団円

…*…胸糞注意でございます。

 メローダになってから3日目の夜、()は盛大な溜め息を吐くだけしか許されない生活に早くも嫌気が差していた。開いた窓辺に腰掛け見上げた星降る夜空の開放感の恨めしさったらない。


 (そりゃ、軟禁中のお転婆が勝手に彷徨(うろつ)いていたら怒られたって仕方無いかも知れないけど)


 そう、自業自得の結果なのだ。

 メローダは、この白い塔から出ることを(おおむ)ね禁止されている。

 何故禁止されているかって?明白である。それは、メローダに猫獣人の血が流れているからだ。

 人間しか居ないはずの王家の中に猫の血が混ざっているなんてこと、現在のルクス王国で周知されれば危険の種を過剰に大盤振る舞いすると同義だ。

 人間至上主義国家の癌であるメローダ。

 そんな設定、本編(マルドー)で取り上げられていなかった。つまり、ガバガバ設定が現実世界に反映される為の擦り合わせの結果が軟禁なのである。


 (()じゃん、メローダの大筋決めたの()じゃん!)


 帳尻を合わせる為に宛がわれたメローダの生い立ちは、非常に非情であった。空想(ファンタジー)だから許された設定は非現実さの代表格である。それを現実で表せば、ただの人生ハードモードなだけだった。


 (安易に可哀想を表現した代償だと思えば…いや、()は反省すべきだけど、メローダからすればどばっちりなだけだ)


 実際問題、メローダは進行形で苦労を背負って生きている。今や自分自身であることに疑いはないけれど、それでもやはり素直な感想ではメローダだって幸せになって欲しいと願って然り。


 (さあ、どうする?)


 どう動いたら、メローダは幸せになれるのだろう。溜め息を夜空のまろやかな風に乗せて吹かせて、()は思考の宇宙を泳いだ。





*****





 次の日のこと。

 まだ上がり切らぬ太陽と花盛りの豊潤な香りが風に乗って白い塔を包んでいる部屋の中。窓枠に停まる小鳥の囀りを聞きながら、()はヴィリネラにペンと紙を用意させた。


 (よし、始めよう)


 始めることとは、メローダを理解する為の書き起こし。パソコンを打つことばかりをしていた指先は、今や細くまろやかなフォルムが美しい。骨ばって皮の厚かった()のものと正反対のこの指先を思い通りに動かせる違和感に笑いながら、メローダの記憶の蓋を開けた。

 メローダ・アリアンナ・セントラニクスの生い立ちを語る上での重要人物は3人いる。現国王とその王妃、そして王妃に仕えたとある侍女。

 スポットライトを当てるべきは王妃と侍女のこの2人。さあ、ひとつずつ歴史を紐解こう。羽根ペンにインクを染み込ませ、羊皮紙に視線を落とす。


『 ここに、とてもとても美しいお姫様がおりました。ルクス王国の庇護の下に安寧を貪っていた空虚の平和に歓喜を謳うだけの自然豊かな小国。それがお姫様の国でした。

 お姫様の美しさは、国内外に囁かれていつしか大国の王の耳に届く程に讃えられていました。勿論、ルクスの王様がお姫様を妃に迎えたいと一言告げれば小国に逆らう術はありません。

 お姫様は、ルクス王国に嫁いでお妃様となりました。

 しかし、祖国を離れた幼い美しいお妃様は、来る日も来る日も泣いて故郷の歌を歌うばかり。鏡の中の泣き顔すら神の御業の芸術品に見間違う美しいお妃様の痛々しい姿に心を砕いた心優しい王様は、お妃様と瓜二つの獣人の娘を宛がいました。

 お妃様は驚きました。自分とよく似た獣人の娘の笑顔のなんと美しいことでしょう。娘は言います。お妃様の笑顔の足元にも及びません。娘の言葉に導かれ、お妃様は笑顔を取り戻していきました。鏡の中の美しい女神のような微笑みは、確かに至上の芸術でした。

 お妃様の笑顔を取り戻す為に尽力した王様の大きな愛と獣人の娘の直向きさに包まれて、ルクス王国の美しい女神は今日も笑顔を浮かべています。

 めでたしめでたし』


 なんて、めでたい訳がない!

 掘り起こしたメローダの記憶をマイルドに童話風に書き出してみたが、どう読んだって王も妃も狂っている。どういう了見で獣人の娘を(さら)って正義を語るというのだ。妃だって突き抜けた自己愛を拗らせただけである。

 もっと頭が痛い事実は、メローダを産んだのは獣人の侍女だということだ。


 (これ、胸糞悪いなあ)


 突き抜けた自己愛は合わせ鏡に映った自身のように獣人の侍女を愛した。己を可愛がるように侍女を囲い、片時も傍から離さない光景は異常としか言えなかったのではないか。メローダがどのように罪深い存在かを説いた乳母は言っていた。夜伽の際も同じ部屋、ベッドから伸ばす妃と手を繋いでいた侍女に営みの観察をさせて事細かに記録に残していたらしい。美しい自分のいついかなる瞬間も切り取って、後世に残しておかないといけないからと。そうして、妃の純真無垢な口は侍女に言い聞かせた。


 『お前は私とひとつなのだから、いつかお前もこうなるのだとよく見て覚えておくのよ』


 だから、2人の王子を産んだ妃が乳母と共に幼子を抱き上げる侍女の姿を見てこう考えるのは当然のこと。愛する侍女も、そろそろ自分と同じ母にならないといけない。子を産めば侍女は、きっともっと自分に近い存在になるであろうから。


 『お前も産みなさい』


 にこやかに残酷な宣告を落とす妃と瓜二つの侍女に宛がうに相応しい男は、この世に1人しかいない。そう、ルクス王である。

 親子程ある年齢さは甘やかす為の言い訳には丁度良く効果的に作用した。王は妃の願いは何でも叶えた。そして、無邪気な狂気に満ちた妃から逃れる術を持たぬ獣人の娘は身籠った。そうして産まれた赤子がメローダだった。


 (なにこれ頭痛い…)


 書き連ねた事実はメローダにとって生半可なものではない。ただでさえ差別だ奴隷だと一際厳しく排他的な様相の城内部。獣人という種族の血が流れているというだけで迫害される危険を孕んでいるというのに、加えて王の血も流れているだなんて。


 (こりゃメローダは軟禁されて当たり前だわ…)


 いつの間にか羊皮紙にペン先を押し付けていた。じわじわと染みて滲むインクの様は、城内に蔓延(はびこ)る遅延毒のようであった。


 (そしてめでたくないエンディングのその後は…メローダの産みの母である侍女の産後の肥立ちが芳しくないまま衰弱死。それにショックを受けて神経衰弱になってしまった王妃と年老いた王…。あ、何だかとっても因果応報)


 メローダ自身も知らされていた事実は、果たして彼女の柔い心にどのような毒を盛ったのだろう。第三者の視点から見たメローダの高飛車も傲慢も、裏を返せば誰からの庇護も受けられずに生きた彼女の武装だったと理解した。

 白い塔内部では隠さぬ染められた王妃と同じ漆青色の頭髪とは違う本来の灰鋼色の耳も、白い簡素なワンピースからちらりと見える尻尾も、メローダにとって城が息苦しいと主張している。


 (うん、そうだな。息抜きしたくても簡単に城下に降りれる気安い空気じゃない。行動制限を敷かれている城内部は論外、庭だって毎日見てたらそりゃ飽きて当たり前だ。城の外の話を聞くには、罪人にちょっかい出して遊ぶついでに聞ければ嬉しいのも分かる)


 順を追ってみれば、メローダは浅慮ではないことがよく分かる。己の持つ数少ないカードで最良を選択してギリギリを綱渡りして遊んでいる、ただそれだけのことだ。これはメローダに対する認識の緩さを改めよう。

 メローダに猫の血が混ざっていることを知っているのも王族と宰相率いる公爵家の数人と侍女を勤めるヴィリネラを含むごく少数だ。本当に最低限の人間以外には秘匿にされている。己の危うさを受け入れ許容したメローダは()が書き起こしたキャラクターとは、最早別人だった。


 「偉いなあ、メローダ」


 落とした視線の先にある下衆いお伽噺の中を生きるメローダ姫。やっぱり、幸せにしてあげたいと思うのは自己愛に満ちた王妃と同族になるだろうか。

 ヴィリネラが来訪者を報せるまで、ぼんやりとそんなことを考えていた。




 

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