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7.ムラヲ アルキマス



 結局少女に走って逃げられた彼は、その時から僅かも動かずベッドに腰掛けたまま一夜を過ごした。

 なお、最終的な結論はAI内での試行錯誤が幸を成さず、周りには聞こえないものの、凄まじい計算がずっと彼の中を駆け巡っていた。

 人と違い機敏というものが全く無いのを考えると、これも仕方なしと言える。

 そして朝になったところで扉からノックの音がして、村長が声を掛けながら室内へと入ってきた。


「やぁ、失礼するよ」

『共通言語での会話を願います 』

「あぁすまない、挨拶がまだだったのぅ……おはよう、人間のベッドに魔族の君ではあまり寝心地が良くなかったかの?」

『"Error" 発言語句が言語に一致しません 』


 勿論の事、『Avenger-Ⅳⅸ』は会話を理解出来ていないし、つまり村長も成されている会話がどういう内容なのかよくわかっていない。

 しかし昨日ジェスチャーでなんとかなった(らしい)のを考え、発言に関しては特に気にせずとも良いのではないかと結論付けたのである。

 人類の驚異と接すると考えるに割と大雑把なのは、この村の未来が不安にならないのだろうか?


「まぁ、とりあえず食事を準備しておる、今日の話はそこでしよう。こちらに来てくれるかね?」

『共通言語での会話を願います 』


 結局何も分かっていない『Avenger-Ⅳⅸ』なのだが、村長の動きを観察して「付いてこい」というジェスチャーなのは察知出来たようだ。

 促されて、そのまま部屋から食堂へと場を移す事となった。



「さて、まぁ君の住む家に付いてなんじゃが……こちらも突然の事過ぎての、受け入れ態勢がまだ整っていなくての」

『共通言語での会話を願います 』

「ともあれ一日中あの部屋に詰めているのもまたきつかろうと思ってな、昨日一緒にここへ来た門番の一人を案内に付けるから、今日はこの村を見て回っておくれ」

『共通言語での会話を願います…… 』

 

 食堂に移動して卓に着席し、村長は『Avenger-Ⅳⅸ』の返答の意味を知る事無く会話を続けて行く。

 彼も彼で同じような返答を繰り返す辺り、どうにもならないのが悲しいところである。


「……しかし、食べないのかの? 遠慮せずとも良いんじゃぞ」

『"Error" 発言語句が言語に一致しません 』

「いや、ほれ、それをこう、な? 君も生きるためなら食べてるじゃろ」

『───……… 食事に関する事項? 』


 現在、『Avenger-Ⅳⅸ』の前には楕円状の小麦の粉末から作られたと思わしき食べ物と、塩で味付けされていると分析結果が出たスープがある。

 彼は村長が身振り手振りで伝えてきた内容に関してなんとか理解を進めたが、その内容は更なる謎を呼び寄せる。

 何故、無機物で構成されている自分の目の前に食事が出されているのかをとことんまで思考回路で考察してみたものの……今までの事例と同じく答えは出なかった。


「……ふーむ、まあ無理にとは言わんのでな、調理場に戻しておくから好きな時に食しておくれ」

『───………? ? 』

「───ぉーぃ村長ー、こっちかー?」


 結局『Avenger-Ⅳⅸ』が答えを出す前に、村長は彼に出された食事を下げた。

 丁度その時、タイミングを合わせる様に昨日見た顔が食堂へと入ってきた。


「おう、ライレス。よう来てくれたな」

「いやまぁ仕事みたいなもんだしな……食事させてたのか?」

「うむ、まあ毒でも警戒したのかもしれんが食べてくれんかったよ」

「飯を食わない……? ふーむ」

『共通言語での会話を願います 』


 出された食事を食べなかった事を聞いて、ライレスと呼ばれた門番は『Avenger-Ⅳⅸ』の方を見てみた。

 昨日と変わらず謎の音を彼の耳に残すのみだったが、食事をしていない割には顔の方もなんら変化無く、むしろツヤが出ている様に見えた。

 顔面は装甲が覆っているのでツヤがあるのは当たり前なのだが。


「案外食事を必要としないタイプの魔族なのかも知れないな、んでもう村の中を案内してもいいのか?」

「あぁ、問題ない。もしも案内してる最中に冒険者とかが来たら事情を説明しておいてくれると有難いかのー」

「了解っと……んじゃ、えーと……そういや名前なんていうんだ?」

『共通言語での会話を願います…… 』

「おぉ、そういや昨日から聞いておらなんだ、言葉も伝わらんし名前どうしようかのう」


 そして役目の引継ぎを頼む際に、ある意味一番重要な点が抜け落ちていたことが発覚した。

 そもそも会話が成り立っていないために抜け落ちても仕方がなかった上に何故か昨日はそれで全てが上手くいってしまっていた。

 二人は少し思案して頭を捻るも、特に良い案は思い浮かばないようだ。

 問題の渦中である『Avenger-Ⅳⅸ』は二人の唸り声が聞こえる度にそちらを顔を向けるだけであった。


「んー、もともとこいつも名前とかあったのかもだし……」

「だし……?」

「もう簡潔に『白いの』でいいんじゃないか? どこからどう見ても白いし」

「んー、じゃなぁ。もし先にちゃんと名前とかあったら失礼になるかもしれぬし、しばらくはそう呼ばせてもらおうかの」


 考えた末に出てきた名前がこれでは開発者であるオディオも浮かばれない気がしないでもないが、会話も出来ないために抽象的な名前でひとまず落ち着いたようだ。

 そしてライレスは、引き継いだ役目を果たす為めに『Avenger-Ⅳⅸ』へ呼びかける。


「よし、白いの!」

『共通言語で…… 共通言語でお願い致します…… 』

「お前さんは今日から『白いの』だ! 『白いの』!」

『………… ? ? 』

「だから、ほら、お前さんが、『白いの』! 俺は、ライレス!」


 ライレスは腕と指を使って自分と『Avenger-Ⅳⅸ』の名前を繰り返し連呼してそれを伝えようと頑張る。

 その様子を検証し、AIを用いて内部データと照らし合わせる『Avenger-Ⅳⅸ』だったが、ようやっと気付いたようだ。


 それが犬や猫に名前を教える際の躾に似ている事に。何気に酷い話である。


 『Avenger-Ⅳⅸ』はライレスをそっと指差し、録音した音声をそのまま話し出す。


『…………「ライレス」 ? 』

「そう、そうだ! 俺は、ライレス!」

『…………私が 「白いの」 ? 』

「そう、そうそう! よしよし! 白いの! ってかお前声真似うまいな!」

『「白いの」。 私の便宜上の名であると判断致します 』

「いいぞいいぞ! お前は、白いの、だ!」


 ようやっと交わす事が出来たコミュニケーションにライレスは破顔して肩をバシバシ叩く。

 その顔の表情を分析し、怒りや攻撃の指向性を持つ動きでない事を瞬時に理解し、身を任せて自分の名を繰り返した。


 先にも述べたが、彼にはスペックが著しく低い学習装置しか搭載されていない。

 開発者のオディオが、もしものもしもで世界に説得されてしまう可能性を危惧したためである。

 今までの歴史からして、機械であろうともAIは常に学び続け、人が予想しない進化をし続けてきた。

 故に、学習能力が全く無いのは流石に問題とされ、遥か昔に使われていたシステムを資料から引っ張り出して研究して、そこから更にデチューンを加えたモノをAIに搭載している。


『「白いの」』

「白いの!」

「なんか犬みたいじゃのぉ」


 しかし今述べた通り人が予想出来ない方向に進化するのが機械、延いてはAIである。

 彼は瓦礫と化した研究所で映像を見てから、行動理念を自身で考える際に

 思考回路内で録画されたモノと登録されていたデータと共に照らし合わせるという予定されていない力技を発揮、これは擬似的な学習装置と考えても良い物だった。

 本来であれば軍と戦う際に左に動くと危ない程度の学習装置しか搭載されて居なかったが、この自己進化によって幼児並の判断力ではあるが、彼は自力で既に得ていたのだ。


 そんな壮大な結果が呼び名を覚えると言う内容なのが、やや悲しいモノだったが。


「シロ!」

『「シロ!」 』

「そう! そうだぞ! 偉いなお前!」

「ライレス……お主なぁ……」


 いつの間にか呼び名が更にペット化していた。哀れシロ。 



 こうして村の役場から村長に見送られ、『シロ』はライレスと共に外に出る。


「んじゃシロ、お前もまだ産まれたてだろうし何も知らないだろう。俺が適当に案内していくから後ろを付いてくてくれ」

『共通言語での会話を願います 』

「よし、じゃあまずは……街の入口にでも行くか。ケリーにもお前の事伝えてやりたいし」


 村長と同じく『シロ』の発言を華麗に気にせず、ライレスは歩きだした

 なおケリーとは、昨日もう一人居た嫁のいる門番である。

 あのあと村の役場から門番の任へと戻り、いつも通りの暇な仕事が続いていたが、やはり村にいれたのが魔族だった分なにをやらかすか心配ではあったらしい。

 結局騒動は(子供襲来騒動以外は)何もなかったが、それでも一報入れるだけでも心のつっかえは取れるだろうというライレスの配慮である。


 そうして村の大通りを歩く中、白く大きいシロはやはり注目を集めた。


「おぉ、あれが昨日の騒ぎの……」

「なんていうか……禍々しい魔力が漂ってる気がするわぁ」

「でも結局うちらに攻撃してはこなかったんだべ?」

「あーー! 昨日の魔族だー!」

「ちょ、ちょっとケネス君……!」

「ほれ、見てみれ……ちゃんとライレスの後ろ歩いてんでねぇか、やっぱ村長言ってた話が合ってたんだろうな」

「そーねぇ、武器とか爪とかも見当たらないみたいだし」


 彼が通る度に口々に『シロ』の話題が上がる。

 せめてもの救いは、排他的な空気ではない点であろう、特に差別意識や陰口も出てきていないようである。

 その話題を話す村人の中には、昨日ダッシュで逃げていったガキ大将の姿も見受けられた。


「ハハッ、よかったなシロ。お前あんまり嫌われてないみたいだぜ」

『"Error" 共通言語での会話を願います 』


 中心都市から離れている分、田舎に関しては排他主義より「そのへんに落ちてるものなら何でも使ってしまえ」という空気がある。

 魔族ではあるが、人を襲わずその力で驚異を退けてくれる可能性が高い『シロ』が、やや迎え入れられているのは当然と言えた。

 あとは期待通りの仕事をすれば村に馴染むのも時間の問題と思われた。


『──…… ? 』

「ん? シロ、どうした?」


 その時、シロのセンサーに何かが引っかかったのか、シロはライレスと共にしていた歩みを一度止めた。

 そして少し首を回して視界角度を広げる中で、引っかかったものが何だったのかわかった様だ。


 20m程離れた樹の後ろから、昨日膝を治療した少女がこちらを見ていた。

 栗色の髪をセミロング程度に切り揃えている少女は、不安そうにこちらを見上げている。

 表情を分析、観察するにこちらに敵意を抱いている訳ではないようで、顔が赤いのも何かしら別の理由が考えられた。


「ん、ありゃリリか……」 


 『シロ』の頭部の顔角度から、何が気になったのかを把握したライレス。

 こちらに顔を向けた白い巨人魔族の『シロ』を見て、一瞬ビクッと身を竦んだが、昨日の一件があった為に今回は何とかその恐怖に耐え切れたようだった。


『 ───………。 』

「あ、あのっ、あの………ぁ、その…………」


 『シロ』の目の前に少女が来て、少しオドオドしながら彼を見上げようとして、目線を頭部から逸らして。

 やはり目の前に自分の身長の倍近くある、よくわからない何かが居ると、覚悟してても怖いものがあるようだ。


{表情分析 驚愕 戸惑い 焦り 緊張 ──……}


 少女の様子から見て、何かが彼女に対して焦りを与えているのには気付けたようだ。

 しかしまさかそれが自分であるとは露にも思わない『シロ』である。

 原因を更に深く絞り込むために『シロ』は片膝を折ってしゃがみこむ。

 結果的にそれは、少女と『シロ』の目線が同じ高さになった事を意味した。

 高身長から来る威圧感から少し開放されて、焦りは多少和らいだようだ。


「ぁ、ぁの、あのね、あのね!」

『───。 』

「き、きのうはね、あの、ちゃんと、おれいを言えなくてっ」

「……お礼? シロ、お前昨日リリになんかしたのか?」


 少女はどうやら昨日逃げ去る様にしかお礼を述べれなかった事を悔やんでいるようだった。

 ライレスも、昨日村中で『シロ』が何かをやらかしたという報告は耳に入っておらず、内容に少し興味があるようだ。

 そして勿論の事、生まれてから聞いた言葉が開発者の言葉以外全てデータに登録されていない言語しか聞いてない『シロ』には、何を喋ってるのか引き続きさっぱりだ。


「えと……お、おにーちゃん、きのうは、ありがとうごじゃいましたっ!」

『"Error" 共通言語での会話をお願い致します 』

「……そうか、よしよし。リリは頑張ったなぁ、『シロ』も「どういたしまして」って言ってるぜ」

「え、えへへ……」


 横手から内容を聞いていたライレスは、頑張って言い終わったリリの頭を無骨な手で優しく撫でてやった。

 ちょっと照れくさそうに頬を赤くして、リリはまた俯いてしまった。

 ライレスがそれを見て頭から手をどかすと、横でそれを見ていた『シロ』が「精神安定に効果がある行動」と勝手に認識し、手がどけられたリリの頭にそっと手をやり、出来るだけ動きを真似るようにリリの頭を撫で始めた。


「っ! ぅ、ぁぅ……」

「……おやおやぁ~、ヒッヒッヒッ」

『 ? 』


 頭を撫で始めると、リリの赤らんでいた部分が頬から顔全体にまで広がり、顔の温度も1℃程上がり、さらに縮こまってしまっていた。

 そして横で見ているライレスの顔色は、口元が弧を描きニヤニヤとしている。

 双方の表情の意味がわからず、『シロ』はとりあえず撫でるのをやめてスクッと立ち上がった。


「あ……」

「お、もう良いのか? じゃあ村の入口まで行こうか」

『ボディジェスチャー 追従命令……了解 』


 言葉がわかってもらえると思っていないライレスは、そのまま『シロ』を見て親指を進行方向へクイッと向けて、そちらの方に歩き出す。

 それを見た『シロ』は、ゆっくりとライレスの後ろを歩き始め──


 クイッ


 『シロ』は右腕部の小指に、何やら引っ張る抵抗を感じた。


『 ? 』

「ん、今度はなんだ?」


 『シロ』は右腕部の小指に、何やら引っ張る抵抗を感じた。

 『シロ』はそれを感じた方向に視覚センサーを向けてみると、リリが居る。

 どうやら小指の先を掴まれているようだった。


「………………。」

『───……… ? 』

「──ハッハッハ! シロ~、どうやらお前懐かれちまったみたいだなぁ~!」

『 ? ? 共通言語での会話を願います 』


 一体何がどうなってこの状況になっているのかよくわからない『シロ』は、ライレスとリリを交互に見て状況を把握しようとするが、案の定何も分からない。

 一人ニヤニヤしているライレスは一体何を思っているのか『シロ』の中ではひたすら不気味でしかないが、ともあれ彼の後ろに付いていかねばならない。

 前進しようとするとやはりクイッと引っ張る力を感じる『シロ』。

 リリは頼れる白い巨人に行ってほしくないようであり、それを察したライレスは、ゆっくりとリリに問いかける。


「おぅ、リリ。俺達はこれから村の入口に行くが、お前も俺達に付いてくるか?」

「……! うんっ!」

『………… ? 歩行を開始致します 』

 

 ライレスの問いかけにリリは元気よく首を縦に振る。

 リリによって掛けられていた引っ張る力が緩んだ為に、前へ歩く事を再開する『シロ』。

 何故かその横にはリリが手を繋いだまま付いてくる事になった様だ。


「しっかしあの引っ込み思案のリリがねぇ、「おにーちゃん!」か~」

「ッ………! うぅ~……」

『…………顔面部、再度1℃上昇……? 人体影響分析──特になし 』

「シロ~お前もなかなかやるじゃねぇか! ハッハッハ!」

『……共通言語で──』


 そして道を歩きながら、バシバシと『シロ』の肩を叩いてくるライレスだった。

 その装甲素材は勿論人の皮膚と違い弾力性も何も無く、叩けば叩くほどジンジンしていくが、それを気にする事がない程、ライレスはこの珍客が気に入り出していた。





ぅゎょぅι"ょヵゎぃぃ

何か変な表現があればご連絡いただけると嬉しいです


7/9訂正

原:高身長から来る威圧感からちょっと開放されて、焦りはちょっとだけ和らいだようだ。

訂:高身長から来る威圧感から少し開放されて、焦りは多少和らいだようだ。


7/12訂正

タイトルの数字が間違っているのを修正。

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