5.ジャクニク キョウショク
途中、改行が大量な箇所があります。
「はぁーぁ、今日も相っ変わらず暇だなぁ~」
「へっへっへ、まあ暇だなぁ。良い事じゃねえか、俺らが暇なのは」
村の名前はココリ村──………そんな村の入口で椅子に座りながら、槍に体重をかけつつ二人の門番は話す。
一言で、田舎と例えて問題ない僻地であり、街から来る商隊は月に一度。
都市部故の喧騒も無く、かといって魔族や魔獣が好んで襲うような要素もなく、基本の生活が自給自足で暮らせる環境なので、お金もそこまで必要としない。
賊ですら目を向けない平和な村であり、とは言っても最低限の防衛機能として名ばかりの門番の役目が、村の男衆に定期的に回ってくるぐらいのものだった。
それほどのんびりとした環境、のんびりとした立地であった。
「んでよぉ、うちの嫁がなぁ…………ん?」
「どうかしたか?」
「──んー、いや……なんでもないさ」
「なんだよ、気になるじゃないか」
ふと、ちょっとした違和感を感じたひとりの門番が、もう一人の門番に伝えようとしてやめる。
かすかに、何かが継続的に聞こえるという、違和感としても良いものか曖昧だったからだ。
近場には自分達の狩猟場所になる事がある森もあり、もちろんその森からは絶え間なく生物達の嘶きや、はばたく音だったりと何かしらの音が時たま聞こえるのである。
そんな音のひとつであろうと判断し、門番は会話を続ける事にした。
「んで嫁がさぁ、やたら美味い料理作ってくれてなぁ……そしたら俺の秘蔵の酒を料理に使ってやがったんだ……!」
「うっわ、それはまた悲惨な……俺にも飲ませ……───?」
若干の惚気話件ダメな話を聞いていた門番も、何かの違和感を感じた。
その反応に、先程話を止めた門番も問いかける。
「……やっぱり、お前も聞こえたか?」
「あ、あぁ……お前の違和感も、これ……の事か?」
「だと思う、なんかこう──……ジャキッジャキッって聞こえてこないか? 小さい音なんだが」
「いや、聞こえる、確かに俺にも聞こえるぞ……」
その音は、継続的に続けて鳴っているようであり、微かにではあるのだが──聞こえていた。
生物が出すような音と思えず、森の奏でる音とは根本的に乖離している事実が、彼らの耳に障ったものと思われた。
「……おい、ちょっと、待て待て待て……! これって……!」
「……音がだんだん近づいて来てるぞ……!?」
ただ単に聞こえるだけなら彼らの関心もそこで終わったであろうが、なんとも奇妙な事にその音は徐々に村に近づいてきているようなのだ。
音だけでも得体が知れないのに、それがこちらに近づいてきているという事は、防衛手段に乏しい村からすれば問題事の訪れと同じ意味を持っていた。
そして、門番二人はついに気付いた──……街道から、何かが来る……!?
「な、なんっ、なんだ、ありゃぁ……?!」
「騎士様……!? いや、そんな訳ねえ……騎士様なら馬か何かで移動してるはずだろ!」
「じゃあなんなんだよあれは!? 全身鎧で隙間も無い上にやたらでっけぇぞ!?」
彼ら、というか村の人間達ほぼ全員、視力はかなり良い物を持っている。
それはそうだろう、彼らにとって科学で判明している視力の低下に関わるモノは、この辺りには殆ど存在していない。
暗くなればすぐに睡眠に入るし、良い視界というのは狩りでも重要な意味を持つ。
だがそれ故に遠目からでも何か得体のしれないモノが、こちらに近寄ってきているのをしっかりと視認出来てしまっていた。
冒険者や行商人であれば持っているであろう荷物らしきものも全く見当たらないし、その格好に汚れらしきものも無い……つまり、行きずりにここに立ち寄ったのではなく、目的があってここに向かって来る……!?
そうなるともう選択肢は非常に少なくなってくる。
門番の二人は、全く同時に背筋に悪寒が走り、気付けば嫁の話をしていた門番は声を張り上げていた。
「……ッ! と、止まれッ! 止まれーーーーッ!!」
「お、おいッ!?」
突然の雄叫びに、聞き役だった門番は驚いてしまったが、その停止命令が通じたのか『白い何か』はこちらを向きながら歩みを止めていた。
慎重に、慎重に相手の様子を伺おうと門番二人が思ったところで……『白い何か』はすぐにまたこちらに歩き始めた。
「───緊急事態だッ! 衝音板鳴らせッッ!!」
「……わかったッ! お前は!?」
「俺はなんとか時間を稼ぐ! 早くしてくれ!」
「な、それって……ッ、わかった……!」
よくわからない何かに対して時間を稼ぐ……それは詰まるところ、下手をすれば体を張ってでも相手を止めるということだ。
しかし言い淀んでいる間にもあの白い何かは着実にこちらに近づいている、一刻も早く村の連中にこの事態を知らせなければならない。
間に合ってくれと祈りつつ、嫁のいる門番はすぐさま衝音板が設置されている高台へと駆け上がり、金属音を立て続けに鳴らし始めた。
「な、なに!?」
「衝音版……何かあったのか?」
その音に、もともと外に出ていた村人達が反応し、そして屋内に居た村人達も次々と住居から飛び出してくる。
一体なんだ、何事だ、と村人がどんどん出てくる中で門番は力の限り叫んだ。
「緊急事態だァーーーーーーーーーッ! 魔族かもしれない何かがこっちに向かって来ている!」
「ま、魔族だとぉ!?」
「そんなッ……この村には魔族が来るような物でも立地でも……!」
「こ、こうしちゃいられねぇぞ! みんな逃げる準備だ! 大事なもん纏めるんだ!」
村は、途端に蜂の巣を突っ付いたかの如くの大騒ぎになってしまった。
王国からの救援部隊に関しても全く期待出来ない状況である、なにせ既に「ソレ」はそこに居るのだ。
近隣で一番大きな街であるルクノールから、田舎であるこのココリ村に辿り着くまでにどれだけ掛かるか……住民達が逃げの一手から取り掛かるのも無理のない話であった。
そんな騒ぎの中でも、「ソレ」は悠然とこちらに歩いて来ている。
人体の左目に相当する部分に「黒い瞳」をひとつ光らせ歩み寄ってくるその姿は、背中に魔力の陽炎が懈っている様な錯覚すら、観る者に覚えさせた。
「──……くっ、ただじゃやられてやらねーぞ……!」
「鳴らしてきたッ! あいつはどう……くそ、もうこんな近くまで……!」
衝音板を鳴らし終わった門番は、もう一人の門番が未だ無傷なのに安堵するが、その姿が歩み寄ってくるだけで一種の威圧を感じる「ソレ」を確認し、再び気を引き締めた。
そしてついに、魔族としか思えない「ソレ」は彼らの目の前──5m先まで来て立ち止まった。
無言で二人は、銅製の長槍を構える……それを見た上でも「ソレ」は微動だにしない……。
「なめやがって……俺らなんてすぐに殺せるってのか!」
「──………※※◎@$$」
「……何の音だ? あいつから、か?」
少し先に突っ立っている「ソレ」は、どこから出しているのかはわからないが、聞き覚えの無い音を出している様だ。
重苦しい雰囲気がいつ破裂してもおかしく無い中、「ソレ」の左目がギロリと動き出した!
「……ッ! 来やがる……か、って──あれ?」
「えっ……」
目玉が「動き出した」──目玉は普通動き出すモノではない……つまり、動き出したのは、それの目玉ではなかった。
彼らが目玉と思っていたのは……「ソレ」の白い顔に張り付いていた ヨロイムシ と呼ばれる甲虫だった。
そのヨロイムシは、三人の剣呑な雰囲気もどこ吹く風で、目玉があるであろう位置から顎の方へとゆっくりとのっそりと顔を歩いて行く。
『………………。』
門番二人も一瞬状況を忘れてしまい、何故かヨロイムシの方へ目を向けてしまう。
地味に足先の爪が鋭いヨロイムシが顔に張り付いていて何故平気なのか?
あの白い部分は魔族の皮膚ではなく、やっぱり鎧的なモノなのか?
そもそもあれは一体どこで張り付いたのか、ああ森の方から来たからそこでか……?
などと色々思考巡りをしていると───
「──あっ」
そして顎先まで歩くのを諦めたのか、ヨロイムシはパッと羽を広げて「ソレ」の顔から飛び去って行った。
門番二人は引き続きヨロイムシの方に目をやり続け、よくよく見てみれば「ソレ」も飛び去ったヨロイムシを視界で追っているようだ。
ブーン──静寂が周りを包む中、ヨロイムシが飛び去る音だけが響き渡る。
なんとも言えない空気になっているところで、一羽の緑色の鳥が彼らの上空を裂いて飛翔する。
緑色の鳥は、そのままヨロイムシの方へと一直線で飛び掛かり、ヨロイムシの捕食に成功したようだ。
弱肉強食である。
『…………………。』
門番二人が飛び去ったその鳥から一度目を離し、「ソレ」に目を向けてみた。
「ソレ」はまだ緑色の鳥を視界に捉えているらしく、体も門番に向けていた体勢から横向きになっており、森に飛び去っていく鳥を見つめているようだった。
「───…………」
おそらく気のせいではあるだろうが、その後ろ姿はやや哀愁が感じられ───
((あ、こいつ悪い奴じゃねえや))
門番二人は、ほぼ同時にそう思ったそうな。
「……で? お前は一体何者なんだ……?」
「…………────。」
「やれやれ、何も喋らないか……どうするよ、これ」
「俺に言われてもなぁ……もうちょっとしたら村長も来るだろ」
10分後、街の役場の談話室に連れてこられて尋問されている『Avenger-Ⅳⅸ』の姿があった。
実にお騒がせな0歳児である。
ストック切れました。