2.ココハ ドコデスカ
今後の方針を決める事が出来た『Avenger-Ⅳⅸ』ではあったが、生まれてから蓄積され続けた外部データに異常がある事が見受けられた。
先の爆発跡の地形にも繋がる話であるが、状況がおかしいのである。
『──周囲 スキャン……該当地形データ 無し 』
己の中の記憶媒体で確認するも、自分が生まれた研究所の周りの風景とは明らかに違っていた。
そして、もしも彼が生まれたてでなければ一番始めに気付けたであろう決定的な違いが一つ存在する。
それは、雨だ。
研究所の大爆発は元々が、施設の内部装置に供給されているエネルギーラインに電力が混ざった事によるものだ。
特大の雷が降るような天候であったのに、今現在1時間程度しか経っていないのに、雲が無いどころか周りの風景に水濡れが一切存在していないのである。
更には先程通りすがった上空の鳥に関しても、データの中に存在しない鳥類だったのだ。
『Avenger-Ⅳⅸ』は何かの結論に至ったのか、頭部を回してメインカメラで周囲を確認している。
『── 北北西 25.61km 多数の有機生物の反応を確認
選択 {待機}──……"Error" 非効率 {BirdMODE展開}──……"Error" 次回EN確保 未確定
{歩行}──……──最も障害が無い選択肢と判断 行動を開始致します 』
己の中にあるデータと照らし合わせ、最も内容の欠落が無いとされる徒歩を選択した様だ。
その歩行速度は、内包している内蔵兵器または移動兵装からすると、ゆるりと遅い。
ただし、その208cmから来る巨体のため一般人と比べると歩行速度自体はそれなりに早かった。
歩を進める度に、『 ジャキッ ジャキッ 』と関節部の駆動音が聞こえる点は違和感こそあれど、周りにそれを気にするような生物は一切居ない様だ。
そうして700mほどゆっくり歩行した後、彼は踏み固められた道と思しき物を地面に確認する。
『解析──複数回に渡り踏み固められた道であると判断 近隣に人の居住の可能性
……? "Question" 舗装が為されていない……近辺住民の技術の未熟……? 』
地面にしゃがみ、土質と路面状況を確認する『Avenger-Ⅳⅸ』は、そこで更なる違和感に気付くことが出来た……路面の状況が前時代的なのである。
事細かに解析した後、確かにそれは道であった……しかし成分分析の方まで範囲を広げて見ると土や木片、小石以外は見当たらない。
『道』である事からこれを利用する者はいるのだろうが、移動手段の外装や速度上昇パーツ等に使われている化学物質や鉄片が一切見当たらないのは流石に何かがおかしかった。
が、しかし……さらりと確認するだけでもその道に車輪らしきものが残したとと思われる痕跡があり、なおかつ痕跡もそこまで古くはないようだ。
例えここが田舎だとしても、使われている道であるのは間違いなかった。
『検証──…… 道を辿る事で近隣住民に遭遇するのが比較的早くなると判断
道を歩きつつ、周囲データの相違点を逐次解析 歩行 再開 』
ひとまずの検証が終わり、見つけた道を彼は歩く。
周囲を見渡し、道以外に広がる野原や生えている木々を解析しても、得られる答えは"不明"ばかりである。
内部データのErrorの可能性を一時考慮するも、内装部分には破損も認められず、彼のAIは未だに答えを導き出す事が出来ない。
『──…… 不明 解析──…… 不明 ………… 前方 木々の集団自生を確認
自生範囲──……視界内制御 不可 ……子機 "ANGEL DUST" 発射 』
しばらく道を歩いてゆけば、その先には森が存在しており、道も森の中に進むように続いているようである。
ひとまずの規模を確認するために、『Avenger-Ⅳⅸ』は内蔵されている{兵器}の一つに設定されている『多方面同時攻撃システム"ANGEL DUST"』を選択して使用挙動に入る。
今回使用される"ANGEL DUST"の性能は、一言で言うのであれば完全に「狂っている」。
{メトロカノン式ホーミングレーザー}
{20mm自動追尾マルチスプリットミサイル}
{近接兵装・ファランクスリッパー}
と、近接兵装以外の二兵装は発射と同時に周囲に広範囲展開し、破壊の限りを尽くす事が出来る。
それを二、三機程度解き放てば、下手な小国であればそれだけで制圧出来る程であり、例え28XX年における最大国家『ヴォルグハイル帝国』の精鋭部隊ですら身を賭した上でなら破壊が可能かもしれないというトンデモ性能である。
なおかつ自律の思考AIまで備えており、攻撃、移動、回避等を自動で行う。
加えて戦場を広く偵察する必要性も考慮されており『Avenger-Ⅳⅸ』と同レベルの偵察機能がそれぞれ一機に搭載されているのである。
何よりこの"ANGEL DUST"、彼の中に合計8機も存在しており、しかも数ある武装兵器の一つでしかない辺り、血肉を込めてこれらを開発・搭載したオディオが如何に世の中を憎んでいたかを十二分に知る事が出来る性能を誇っている。
──……そして、今回飛ばされた理由が、ただ単に目の前の森の大きさを調べるためだけという、極めて勿体無い使い方をされる初陣となったのだった。哀れ"ANGEL DUST"。
バシュン、バシュン。
『Avenger-Ⅳⅸ』の肩から背中に掛けての装甲ラインが「シュイン」と開き、そこから二機"ANGEL DUST"が発射される。
そのまま二機は上空へと飛び出し森の木々より遥か上の方まであっさりと到達した。
滞空制御を完了し、周囲から忙しなくデータを蓄積し続け、森の上空の生物をついでに検証するもやはり『Avenger-Ⅳⅸ』の内部データと照らし合わせても全てが未登録であった。
その中には下半身と腕が鳥類、体の上部と顔が人間の不思議な存在も確認出来たが、やはり未登録である。
"ANGEL DUST"はその『鳥類?』がとりあえず人型の部分があるという事で、会話の可能性を導き出し、近寄ってみたのだが……「キュィッ?!」と叫んだ後、猛スピードで逃げ出されてしまったのだった。
追いつこうと思えば普通に追いつける速度だったのだが、一番の重要情報源が森に関する事として飛ばされたため、そこまで機転の利く判断は出来なかった様である。
『──情報精査 完了。 森の範囲 半径約2,72km
森の東部に山脈を確認 規模 不明 ──……森の西部に川を確認 規模 小川程度
森の道が真っ直ぐである仮定において、その先に人が住むと思わしき集落郡を確認 』
戻ってきた"ANGEL DUST"を内部に仕舞いつつ、無線周波から蓄積されたデータを『Avenger-Ⅳⅸ』のAIが処理してゆく。
森のおおよその大きさも確認出来たが、森の先に村か街かが存在している事も判明したようだ。
『Avenger-Ⅳⅸ』は自身の歩行速度を計算し、日の昇りを確認して6時間程度で着くのが最も効率的と断定した。
装いは全くもってそれとは異なるが、正直なところ行程がまるで『旅人』である。
『Avenger-Ⅳⅸ』が森の道へと入り、ひたすら歩く事およそ二時間。
先程から彼の周囲にはひっきりなしに有機生物が入り乱れていた。
森である、当然の事だ──小動物であろう反応も、森から道に出てきてこそ居ないものの、温度感知センサーに何度も反応しているし、周りは周りで羽虫やら鳥やらと、『当たり前の森』そのものを、彼は歩いている。
ただ一つの『当たり前』から外れる内容は、全てが全て自分の内蔵データに全く該当しない事位である。
そして『 ジャキッ ジャキッ 』と歩行音を鳴らしながらも順調に歩行を進める『Avenger-Ⅳⅸ』であったが、その視界にふと反応するものがあり、しゃがんでそれを確認してみる。
『──…… ? 付着物? 染色 RED 血液反応と断定 』
先に自身の主を見舞った不幸の経験をAIが学び取り、それが即座に『血液』である事を確認する。
しかし今回の血液反応は、人の血液とは異なるものであるようだ。
『血液成分 該当データ無し ──……類似例、犬種 状態……──準・新規』
その血液の状態から、もしも彼が人であるのなら傷付いた何かの獣がここを通り過ぎ、なおかつそこまで時間が経っていないであろうというのが分かっただろう。
しかし悲しい事に生まれたてである『Avenger-Ⅳⅸ』には「データ」はあくまでも「データ」でしかない、それらの機敏、機転はこれから学んで行くものなのだ。
だが『Avenger-Ⅳⅸ』は──
私は 人を モノを 全てを 助ける事を至上と致します
『──…… 歩行 再開 』
亡き主に、そう誓っていた。