1.『Avenger-Ⅳⅸ』
ガラッ、ガラガラッ、ゴッ
『────────……………………。』
───機人は、その瓦礫の山の中から、体勢を制御して悠然と起立した。
極光爆発とでも言わんばかりのエネルギー暴走が起こったが、『Avenger-Ⅳⅸ』はその最中ですらほぼ無傷、しかも少しだけ傷付いた装甲は既に形状記憶修復機能が作動しており、傷とは関係が無い多少の砂利と埃がくっ付いている。
更にはあの爆発の最中において『Avenger-Ⅳⅸ』は自分に向かい来る膨大な破壊エネルギーの吸収に勤めており、エネルギー充填率は稼動時の99.85%から186.44%まで上昇していた。
しかし有り余るエネルギーは先の暴発も引き起こしかねない為、無駄なエネルギーは使い道が無ければすぐに放出する予定だった。
そして『Avenger-Ⅳⅸ』は頭部センサーをゆっくりと右に左に稼動させ、状況を推察・計算していく。
『ステータス・微損傷修復済 周囲物・データ登録無し、瓦礫と呼ばれる{物}の成れの果てと判断 周囲反応・無──1.543km先に生物反応、小動物と思われる ───? {瓦礫}に色彩反応・RED 』
データを拾い上げて行く中で、不自然なモノが確認されたので『Avenger-Ⅳⅸ』は近付いてそれを確認してみる。
『成分検証──{ヒト}の血液反応と認定 DNAデータ・オディオ=アーヴィング』
どうやら瓦礫に張り付いていた赤いナニカは製作者の血だったようだ。
『Avenger-Ⅳⅸ』はそこの周囲を再び確認し───
『有機物発見・データ照合───オディオ=アーヴィングの上半身部位と確認』
あの爆発の中で死亡した、自分の製作者の──笑顔が張り付いたままの亡骸を発見した。
『生体反応───無反応、細胞分裂促進による欠損部位の修復を試みる 』
『Avenger-Ⅳⅸ』は既に人体の6割を欠損した生みの親に、最新式の治療システム『Recovery Laser・Ver3.41』を照射した。
すると見る見るうちにオディオの千切れた部分が生まれて行き、AIデータ内に登録されている人体情報を元に、細やかな間接や神経の配置などを、細心の注意を払って造り上げていった。
一通り修復が完了し、そこには千切れた部位から下が裸の製作者の体があった。
欠損部位の修復と共に遺されていた人体部位の方も解析し、損傷と表示される部位は全て登録状態に戻しておいた。
服装以外全て爆発前の状況に戻し終わった『Avenger-Ⅳⅸ』は、自身の掌に内蔵されている機能の一つであるエネルギーブラスターの出力を一時的に消去し、空砲に設定する。
そして心臓があると思われる箇所に掌を当てて、空砲を発射──心臓マッサージを開始した。
『蘇生開始──発射……反応無し 発射……反応無し 発射……反応無し 』
『Avenger-Ⅳⅸ』はマッサージをオディオに繰り返すも、生体反応の復活は認められなかった。
それはそうである、例え欠損部位を全部修復したとしても、人間は脳が死んでしまえば復活しない。
状況変化からわずか3、4分しか経っていないが、その間に人体に重要な血液を大量に失い、必要な酸素量を確保出来なかった一番重要な内臓は、『機能を完全に停止』したのだ。
こうなってしまえば、最早それは『ヒトの形をしたモノ』でしかなく、『Avenger-Ⅳⅸ』が何をしたところで、生き返る事など有り得ないのだ。
蘇生と復活───悲しい事に、無から創り出された機人『AvengerⅣⅸ』には、この決定的な違いの詳細までは、認識しきれなかった。
『──……応無し 発射……反応無し ───該当生物・オディオ=アーヴィングの{死亡}を確認 』
数十分の間、『Avenger-Ⅳⅸ』は本質とも言える機械的な動作を繰り返した後、観察データと生体反応の情報を蓄積し、漸く「死」という結論に達したのだった。
『"MASTER"オディオ・死亡 己の行動原則 不明 該当データ 未登録 』
生みの親であったオディオの死亡により、彼はAIデータから自分の存在意義を確認しようとするが───彼の中にはそれらは登録されていなかった。
自分を裏切った世を呪うオディオ=アーヴィングは、起動した際の様々なテスト項目の中に、きちんと『言葉への反応』というモノを含んでいた為、方向性の登録をしていなかったのである。
もしここで不具合が発生すれば、その場で破壊活動を開始する可能性もあった為にこれは当然とも言えたが、機人『AvengerⅣⅸ』は様々な内部武装・人体を凌駕する反応速度と馬力を持ちながら、幸か不幸かこの瞬間、行動原理に人の殺傷を登録される事は無くなった。
別に自分がその場に散ろうが世の中を壊してくれればそれだけでオディオは満足だったが、どうせなら目の前で復讐を果たしてくれる『Avenger-Ⅳⅸ』を見たかったという願望は、まさに人の性と言える。
結果的にではあるが、オディオが命を惜しんだ結果『Avenger-Ⅳⅸ』に殺される運命にあったかもしれない人類全てを救う事になってしまったのだ、皮肉な話である。
そして行動基準が組まれていない『Avenger-Ⅳⅸ』様々なデータ検証をAI内で行い───
『───生物が死亡した場合 土葬又は火葬又は宇宙葬を行うと推測 該当死亡者 オディオ=アーヴィングの葬儀を開始する』
生みの親の亡骸を、還す事を選択したのだった。
『────────……………………。』
目の前で揺らめく焔が、『Avenger-Ⅳⅸ』の無機質な視界センサーに映る。
───『Avenger-Ⅳⅸ』が己の内部にあるデータを総動員し、葬儀方法から最良と選んだモノは『火葬』だった。
人を傷付ける事を最後まで命令されなかった機人の判断基準では、環境における選択肢が優先された。
埋葬した場合に、万が一の可能性で主の遺体が掘り起こされた場合、これまた万が一で放逐された場合、よからぬ疫病等が発生、または主の遺体・身分を使用した犯罪の発生。
無機質なAIはこの僅かな可能性が発生しない『火葬』という選択肢を選んだ。
『遺体の炭化を確認 墓標の製作を開始』
機人であり、動力ですら先の爆発で過剰に摂取している状態の『Avenger-Ⅳⅸ』の手に掛かれば、土などまさに豆腐の如しであり、簡単な穴はモノの数秒で出来上がった。
そしてその穴に、燃え尽きた己のマスターの遺骸を入れ、再び土に戻す。
周りにあった瓦礫の中から金属質の板を取り出し、指から熱線を出して文字を書き記す。
『ODIO・Irving Age31 It dies here.』
28XX年という激動の時代に翻弄され、その能力は2世代先に到達する───天才の名を欲しいがままに得て、その結果様々な国家の動向に巻き込まれ、全てを奪われ世界に復讐を誓った稀代の科学者は、機人以外の誰にも知られる事無く、日の照らす瓦礫の山に埋葬されたのだった。
『────────……………………。』
墓は、何も語らない。墓標は、何も指示しない。
全長208cmを超える機人『Avenger-Ⅳⅸ』は、その場に静かに佇む。
考えうる最高のAI、最大のデータを内部に得ていても、『Avenger-Ⅳⅸ』は生物で例えるならば生まれたばかりなのである。
データはあくまでも参照内容でしかなく、判断基準とまでは行かなかった。
故にこの場から動く理由と基準が存在せず、佇んでいたのだが
『───…… ? 』
とある違和感に、彼は気付く。
内部にあるデータを考えるに、自分が起動した場所は地下だった。
爆発で内装が吹き飛んでいたのは致し方なしとしても、あの規模の衝撃であれば間違いなく周囲の土が崩れて埋まっているはずなのだ。
しかしどうだろう、自分が立つこの場は地面が抉れた様子も無く、周りは瓦礫の山である。
そんな時、彼と墓標の上を二羽の鳥が通り過ぎていった。
『……大気成分 異常──有? 窒素成分 2%増大 生物への影響不明 前例無し
頭上の鳥類、認識 解析───該当データ無し? 』
解析専用の扇形に広がる光線を鳥に照射したところ、びっくりしたのか更に速度を増して離れていった。
そして様々なデータ──それこそ世界中の図説・辞典・果ては国家事情から詳細な世界地図まで登録されている彼の記憶媒体から、その鳥に合致するデータは出てこなかった。
まだ判断基準の良し悪しがわからない『Avenger-Ⅳⅸ』は、自分の記憶容量に漏れがある可能性を考え、この異常に関して突っ込んで調べる事をひとまず後回しにした。
そして瓦礫の山と化した研究所跡を入念に調べて行く。
『内部施設 9.5割損壊 ───データ 生存確認』
なんとか機能が生きている箇所を探り出し、人で例えるなら藁にも縋る様な行動理念で、そのデータを起動させようと、配線を弄くって行く。
ここは機人らしく、何かシンパシーでもあるのか迷いも何も無くどんどん復旧させていった。
僅かばかりに生き残っていたデータは、どうやら動画ファイルのようであり、『Avenger-Ⅳⅸ』は既に照射元がひび割れて右上が確認出来ない状態のサーチャーを起動して再生してみた。
『───おいおい、あんまり走り回るんじゃないぞ~』
『アハハ! 平気だよお兄ちゃん! ほら、お兄ちゃんのおかげで私こんなに元気になれたんだよッ!』
『僕も寝る間を惜しんで頑張ったからなぁ、本当に、よかったよ。
でも体はまだまだ力不足なんだからな! 無理をするんじゃないぞ!』
『はーい!』
再生された映像ファイルは、どうやらそれなりに前のオディオ=アーヴィングとその妹を映したもののようだ。
狂気もまだ張り付いておらず、一言で述べるなら好青年とでも例えられる綺麗な笑顔だった。
『Avenger-Ⅳⅸ』の判断基準はまだまだおぼつかないながらも、会話の内容からおそらく妹が何かしらの病か怪我を負い、それを治療したのが主であるオディオであると判断した。
『本当にね、私は、お兄ちゃんに感謝してるんだよっ』
『ふふ、そうか』
『お父さんも、お母さんも死んじゃったのに、一人で頑張って……私を支えてくれたお兄ちゃんが、私は、大好きですッ!』
『……セレン』
動画の中の主は、妹の発言に感極まったのか目尻に涙が浮かんでいるようだ。
その感情を詳細まで理解は出来なかった彼ではあるが、それは尊い、守るべきものとカテゴライズして行く。
とにかく判断基準が足りない現時点で、これらの内容も行動指針と成り得るという結論に達したのである。
『だからね、私は、私みたいに未来の無かった人を救いたいんだ』
『…………簡単に言っちゃ駄目だぞ、人を助けるって言うのは、本当にしんどくて、辛いんだぞ』
『でも、お兄ちゃんは私を助けてくれたよね』
『ま、ただ一人の肉親だからな、そりゃ頑張りもするさ』
『大変でもなんでもいいの、私は───私みたいになっちゃった人を、助けたい。私自身がどんなに辛くても、きつくてもいい。だから───』
──ガ、ガガガガガ、ビシ、ギシッ……───
『!? ───サーチャー、破損 修復───部材の予備 未確認
現時点において修復は困難であると断定 』
流れた映像は、『人』を捨てた彼の製作者の、唯一の心の拠り所だったのかもしれない。
狂気に走った自分の主だったが、対面した時の状況では『Avenger-Ⅳⅸ』からしてみれば何が正常で、何が狂気かすらわからなかった、なんせ生後1分だったのである。
しかし、それらがわからなくとも、この映像がここにある意味を彼は己の内部で検証し、推察していく。
最後の瞬間に残した主の発言も踏まえて彼は検証して行く。
───さぁ、ここからが絶望の始まりだッッ!! 『Avenger-Ⅳⅸ』よ! この世界の全てをッッ!! モノと言うモノをッッ!! 人という人、漏れる事無く全てをッッッ
───お兄ちゃんのおかげで私こんなに元気になれたんだよッ!
───だからね、私は、私みたいに未来の無かった人を救いたいんだ
───人を助けるって言うのは、本当にしんどくて、辛いんだぞ
───大変でもなんでもいいの、私は───私みたいになっちゃった人を、助けたい。私自身がどんなに辛くても、きつくてもいい。だから
そして彼は、己の内部で結論を出すに至り、損壊したサーチャーの元から離れ、自分の主が眠る墓標へ向かい、己の主の前で、静かに佇んだ。
大変でもなんでもいいの、私は───私みたいになっちゃった人を、助けたい。私自身がどんなに辛くても、きつくてもいい。だから───
この世界の全てをモノと言うモノを人という人、漏れる事無く全てを
私は───私みたいになっちゃった人を、助けたい
私自身がどんなに辛くても、きつくてもいい
『───了解致しました "MASTER"オディオ 私は 人を モノを 全てを 助ける事を至上と致します 貴方の意思は 『Avenger-Ⅳⅸ』が確かに引き継ぎました ──……我が主よ どうか 安らかなる眠りを 』
内蔵された機械音声で、まるで有機生物のように流暢な文章を、主の前で述べた。
──……一体何の偶然がこの結論を生み出したのか。
この瞬間、殺戮機兵として生まれた『Avenger-Ⅳⅸ』は一切の殺戮を否定し、己の存在意義を賭けて、人々を救うために動く事を亡き主に誓ったのだった。
ここから先、多分ギャグっぽくなります。
シリアス頑張ったんだけど無理でした。