9.サギョウヲ ケンガクシマス
前回、農業チートと言ったな。あれは嘘だ。
まだ書きかけなのでキリの良いところで話を割りました。
「おとうさーん! おとうさーーーんっ!!」
「───ん、おぉ……お"ぉッ……!?」
仕事をしている父親に大声で話しかけるリリに反応し、呼び掛けられた父親は振り返り──そして硬直した。
なんか娘の横に白い巨人がいるのである。しかも人ではない上に何かものすごい邪悪なオーラを纏っている様に見える。
リリの父親の声に反応して他の作業者もそちらへ顔を向け、全員が同じく驚愕で引きつった。
しかしそんな様子は露知らず、リリと巨大な白いのは『ジャキッ、ジャキッ』と謎の足音を出しながらこちらに近寄ってきた。
「リ、リリ……そ、その横のは……なんなんだ……?」
「あ、えっとね! この人ね、シロにぃ!」
「し、しろにー?」
「ま、魔族……?」
「あ、魔族……魔族って、あれじゃないか? ほら、昨日村長が言ってた産まれたてのヤツ」
「お、おぉあれか……たしかにこっちに何もしてこないな」
子供らしく、リリの説明は端的すぎて質問を投げかけた父親を含め、誰もがその瞬間に理解出来なかったのだが、村からすればあまりに異質すぎるその姿は、昨日発生した小さな村の異常にすぐ関連付けることが出来た。
「そ、そうか、しろにーっていうのか」
「ん? ちがうよおとうさん、シロにぃはね、『シロ』ってお名前なんだよ!」
「シロ……まんまだなぁ、誰だ名前付けたの」
「村長じゃねーのか?」
不名誉な称号が勝手に村長に追加されていく中、その場の大人達はようやく落ち着きを取り戻し始めた。
そんな中で『シロ』は開拓作業に使われていた道具を凝視している。
「リリ、あれ、危なくないんだよな?」
「うん、おとうさん! シロにぃはね、昨日あたしのケガもなおしてくれたよ!」
「け、怪我だとっ!? 何をしてそうなったんだ!」
「ん? えっとね、みんなにさそわれてね、シロにぃ見に行ったらころんでね、おひざをなおしてくれたの!」
「あ、あぁ……そうか、うん………………あのガキ共あとでシバいてやる」
リリの話すみんなという面子は、小さい村だからこそ心当たりがバッチリであり、大切な娘を仮にも正体不明の魔族の前へ連れていく理不尽に、リリの父は一人憤慨していた。
「ていうかあいつは何見てんだ?」
「なんかオレら使ってた道具見てんなぁ」
「産まれたてらしいし開拓に少し興味あるんじゃないか? 子供って土いじり大好きだし」
『…………成分分析、形状分析…… ? ? ? 農耕重機の必要性 確実 』
そして他の大人達といえば、物珍しい『シロ』に注視しっぱなしである。
同じ作業者の娘であるリリも見ていて癒されるものだが、それ以上の違和感が凄まじい白い魔族の動向に目を見やるのも致し方なしと言える。
『シロ』は『シロ』で開拓道具を視界センサーで成分構成から重量まで全てを数値化し終えて、やはり疑問を抱かざるを得ない。
手作業は確かに地球環境には優しいかもしれないが、28XX年の今は昔の基準で考えれば環境問題もかなり改善されており、選択肢に浮かび上がる重機の内容を考えても殆どがクリーンエネルギーで動くものであった。
しかも手作業でやるにしても、道具が一体何世代前のものなのかとAIが疑問に思う程の原始的構成である。
まさに彼の弾き出した結果に則るのであれば、「時間の無駄」そのものだった。
「ほれ、お前さんもやってみるか?」
『……? 使用具の譲渡───表情筋の分析から貸付と断定…… 貸付? 』
「お、やっぱ興味あるのか、そんなら俺らと少しやってみるか?」
『"Error" 共通言語での会話を願います 』
「あ、おとうさん、わたしも、わたしも!」
「ハハハ、リリ~、お前さんにゃちょっとばかし早いぞ~」
「うー」
『シロ』が状況推察のために渡された道具を手に取ると、興味があると勘違いされて勝手に話が進んでいく。
『シロ』がやるならば、とリリも立候補するが、残念ながらまだ少女の域を出ない彼女を力作業に参加させる選択肢は存在しなかった。
「で、こうやって少しずつ樹に傷を入れてってな……そろそろか」
「おいそっち大丈夫かー?」
「おう、こっちはイケるぜー!」
「っしゃ、行くぞー! せーのー、せっ!!」
昔ながらの方法で、大人の腰の三倍以上はあろうかという木の幹を、斧で少しずつ切り進む。
リリの父親以外が周囲の確認と、トドメの一撃に備えて樹に引っ掛けた縄に力を加え、倒れる方向へと一気に引っ張る。
「おっし、全員下がれー! 倒れるぞーーーー!」
『おうよっ!』
阿吽の掛け声で、倒れ来る樹の周りから一斉に下がり───そしてゆっくりと音を立てて樹は倒れた。
「よし、それじゃあ分割して荷車に乗せちまうぞー!」
「おうさ、お前はあっち側の枝とか頼むわ」
「おう、任せとけ」
「あ、リリは枝を拾っておくね!」
倒れた樹に大して全員が全員、テキパキと作業を始めた。
その様子を『シロ』は少し離れたところでじーっと見ている。
「つー感じで、なっ、こうやって、切り拓いて、行くのがっ、俺達の仕事よっ!」
『共通言語での会話を願います 』
会話をしながらも、荷車にそのまま乗せるにはでかすぎる樹を斧で少しずつ切って行くリリの父親。
『シロ』がそれを見守る中、彼らはいつも通りに手際良く樹を解体し終えて荷車に乗せていった。
「じゃ、一旦村に戻るかー、リリもシロもこっちに来いー」
「はーい!」
『呼び名の呼応を確認 発言者に追従します 』
切り倒す樹自体がとても太い原生林な為に、一本を分解したら村に戻って貯木場へ一旦置かなければならない。
リリが拾った枝も、村には貴重な燃料材として一度干されてから貯木場へ蓄えられる。
「うん、しょっ!」
彼等がテキパキと荷台に分解した樹を乗せていく中、リリは拾った枝を入れた籠を背負い、力を入れて立ち上がった。
大人であれば軽い枝も、集まってしまえばまだ少女と言っていいリリには若干重い為、少しふらついていた。
その様子を見た作業員の一人が籠をリリから貰おうとしたところ──
『肉体加重への負荷を確認 作業を補助致します 』
「あ……シロにぃ、ありがとう」
「おぉ、産まれたてだっつーのにちゃんとわかってるじゃねーか」
「よかったなーリリー」
「うんっ!」
同じくその様子を分析していた『シロ』が、作業員より先にリリの背中からひょいっと籠を持ち上げ、脇を締めて肩に背負った。
世界認識の魔族とは根本的に違うその行動を確認した大人は、笑顔であるリリも含めてほっこりとした気持ちになりながら村の中へと戻っていく。
村の中に資材を運び込んだ後はまた森へと戻り、切り株を掘り返し、その周りを整地して鋤と鍬で地面を柔らかくして、と繰り返し繰り返し、少しずつ開拓を進めて行った。
そんな様子を、『シロ』はリリに周りをちょこまかされつつ、全員の行動を観察し続けた。