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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

とあるVRゲームがβテストで終了した顛末について。

作者: 本宮あきら

【楽しい気分になるエンタメ小説ではありません、ご注意を】


ゲームジャンルはVRFPS。大変珍しいちょっとショッキングな内容なのではないかと思います。


※残酷表現が苦手な方。暗い話が嫌いな方には本当にお勧めできません※

「とうとうこの日が来たか」

 一成かずなりは、ワクワクしながらフルフェイスのヘルメットを被る。

 バイクに乗るわけではない。

 これはSOMY社の開発した新型ゲーム機『アナザースティションⅴ』

 特殊なスーツとヘルメット型のモニターを装着することで、剣と魔法の世界や、宇宙戦争などを体感して遊ぶことが出来る。

 時は二○四五年、八月五日。

 今では珍しくも何とも無い家庭用ゲーム機のプレイ風景である。

 アナザーステイションがⅣからⅴになって劇的に進化したのはそのスーツである。

 今まで体感できなかった熱や風圧、痛みなどの触覚の部分が再現されるということで話題だった。

 一成はお年玉と小遣いをコツコツ溜めて、九万八千円のゲーム機をいち早く手に入れていた。

 もっとも楽しみにしていた『彼女とデート』は倫理団体の反対により発売が無期延期になっている『生々しすぎる』というのがその理由だ。

 今やゲーム会社の敵はそういう倫理団体になっている。

 十年前までは新聞社やTV局などからのバッシングもあったが、ゲームが子供の玩具ではなく、生活必需品になってしまった現在、それらマスコミの株式の五割はゲーム会社が保有している。

彼らは生きるために報道精神を捨てた。

 政治家達もゲーム会社にはなにも文句をつけない。

 手の施しようがないほど進行してしまった格差社会をVRゲームが埋めた。

 現実がどんなに辛くても、ゲームの中では英雄になれる。

 人々はこぞってアナザーワールドに逃げ込んだ。

 そこで戦い、金を儲け、恋をする。

 政府もその現状をよしとしていた。面倒でないからだ。

 ただ、道徳は守っている。

 過剰な性行為そのものや、猟奇的な暴力行為が行なえるものには流石に規制がかけられる。


 ギャルゲーが発売されないのは残念だったが、二番目に楽しみにしていたゲームは発売された。

 今モニタにデーターを転送し終えたばかりの『クラシックWWⅡ』だ。

 キャッチコピーは『行こう、戦地へ!』

 百年前に終わった戦争をテーマにした、FPSファーストパーソンシューティングである。

 開発元のインタラクティブ社のCEOリチャード・オッペンハイマーはゲームショウの会見で

「このゲームが歴史を変えてくれることを祈る」

 そう発言している。


「歴史を変えるほどのゲームって一体どんなに面白いんだろう?」

 自分の分身となるアバターソルジャーを作成しながら、一成は胸を躍らせる。

 アナザーワールドで一成は、金髪で涼やかな青い目をした青年の姿になった。

 ブリーフィングルームと呼ばれるロビーでは、一成と同じようにアバターソルジャーに姿を変えたプレイヤー達が作戦の開始を、今か今かと待ちわびていた。


 ツインテールの小柄な少女が居る。股間をボリボリかいた……中身は多分男だろう。

 いかにも大和撫子といった感じの黒髪の美人もいる。がに股で歩いているからこいつも男。

「あたしぃ。シャーマン戦車に乗るのが夢だったの、あはっ☆」

 ポニーテールの巨乳少女が話しているが、わざとらし過ぎる、こいつも男だ。

 アバターソルジャーになってしまえばどんな姿だろうが声だろうが思いのままだ。

 外見にときめいているのは本人だけ、そういう世界になりつつある。

 

「コレヨリ上陸作戦ガ開始サレマス。ロビー中央ニ、オ集マリクダサイ」

 システムの機械的な声が、プレイヤー達にゲームの開始を告げる。

 プレイヤー達が、ロビー中央に集まる。

 ロビーの灰色の天井が曇天模様の空に変わり、壁が真っ青な海面に変わった。

 一成の足元は鉄板になっている。

 打ち寄せる波の音が聞こえた。磯の香りもする。

 海の上だからだろうか、少し肌寒い。

 一成達の乗っている船は、長さ二〇メートル幅八メートルほどの鋼鉄製の船だ。

 進行方向に見える壁は開閉できるようになっている。

 浜辺に直接乗り上げてハッチを開き、兵士を戦場に送り込む。それだけが目的の船だ。

 機関銃や大砲は積んでいない。

「すっげぇ、揚陸艇ようりくていに乗ってるんだ」

 呟く一成に、隣のツインテール美少女から、ライフル銃が手渡される。

 手にした銃を視界に入れると。

『M1ガーランド 弾数八/八 射程一五○○』

 性能が表示された。銃は冷たく、重たかった。

「いいか、上陸地点には遮蔽物しゃへいぶつが無い。頭を下げて斜面まで一気に突っ走れ」

 上官らしきプレイヤーが叫ぶ。

「イエス・サ~」

 一成達、一般兵もノリノリで答えた。

 まるで、戦争映画の中に居るようじゃないか。

 一成は唇の端を持ち上げた。

 気分が高揚する。

 このゲームを買ってよかった。心底そう思っている。

 ガンッ、ガンッ、ガンッ!

 敵の機関銃がここまで届いたのか、ハッチの外側に石が叩きつけられたような音がする。

「興奮してきたぁ~」

 ポニーテールの巨乳が笑顔で言った。

「戦争頑張ろうね☆」

 ツインテールがそう返し、二人は頷きあった。

「ヘルメットは被ったほうがいいんじゃない?」

 黒髪の指摘に、ポニーテールは従ったが、ツインテールは頬を膨らませた。

 我侭キャラという設定なのだろう。

「総員、勝利条件を確認しろっ。頭に叩き込め。まもなく上陸だ、いいかとにかく斜面まで走れ!」

 上官の厳しい声に対し、船に乗っている三十人ほどのプレイヤーは

「了解~っ」

 敬礼をした。実際に死ぬわけではないし緊張感もない。

 銃弾が、ハッチに当たる音が切れ間無くなってきたころ。

 船体が大きく揺れた。

 兵士たちはきゃきゃー声を上げて叫んだ。

 改めて見回すと美少女が多い。七割は美少女の姿。

 こうなるとありがたみも何も無い……どうせ九割は男だ。

「ハッチ開けー!」

 上官が叫ぶ、ゆっくりとハッチが開き。

「とつっっ……」

 突に続く撃の言葉は聞こえなかった。

 上官は『撃』の部分を発言する手段を失っていた。

 下顎から上が……無い。

 上官の身体だった、今出来上がったばかりの死体は、ゆっくりと前へ倒れた。

 びくびくと痙攣していたが、やがて動かなくなった。

「うわぁぁぁぁぁっ!」

 船内に悲鳴が充満した。

 一成は痙攣を止めた上官のすぐ側に身を伏せた。

 頭を下げないと死ぬ。そう直感したからだ。

 液漏れした乾電池のような匂いがする。

 吐きそうになったが堪えた。

 さっき食べたインスタントラーメンで、新しいゲーム機を汚したくない。

 すぐ横に、ツインテールの顔が倒れてきた。

 口をあけたり締めたりして、意味のわからないことを呟いている。

「あう、あうあ……」 

 つぶらな瞳を開けたまま彼女は動かなくなった。

 ヘルメットをしなかった彼女の後頭部が、叩き割った西瓜と同じ光景になっているのを一成は見ていない。

「とっ、とにかく斜面にっ……」

 他の生き残りを指揮しようとした黒髪がうずくまった。

 ひゅーひゅーというおかしな音を立てている。

「…す…けて……たす……け」

 いいながら、上官の上に転がった。

 彼女の喉から下は真っ赤だった。

「切れ! 感覚センサー切れっ!」

 一成は叫んだ。

 現実でしているヘルメットの右耳の辺りに感覚センサーのスイッチがある。

 触覚はそこで遮断できるようになっている。

「……無理、む…り…」

 黒髪は血の混じった涙を流しながら訴えた。

 不可能だ、彼女にはもう腕が無い。

「……して……ころ、し…て」

 その言葉を繰り返しながら、彼女は息絶えた。

「あがががががが」

 奇妙な声を上げて、ポニーテールらしき人影が浜辺を目指している。

 全身に銃弾を受けておりもう、なんなのかもわからない。

 髪型でかろうじて判別がついただけだ。

 前のめりに倒れようとする彼女を、機関銃の弾が突き上げている。

 何度も何度も、もう許してくれと前方に上半身を折る。

 そこに銃弾が突き刺さり、無理やり彼女を立たせる。

 がくん、がくん。

 体が上下するたびに、彼女が人間ではなくなっていく。

 醜悪なクリーチャーになっていく。

「うぁぁぁぁぁっ!」

 一成は感覚センサーを切った。

 急いで銃弾の雨の中に飛び込む。

『ミッションインコンプリート』

 表示が出て、一成は自室に戻る。

 

 六畳一間。

 狭い部屋。

 父は戦車の装甲板を溶接する仕事をしている。

 母はバイオプラントで野菜を収穫する仕事をしている。

 典型的な、中流家庭。

 食べることか殺すこと。

 世界中にいる百二十億の人間のおよそ半分がそういう仕事についている。

 一成もやがてどちらかの仕事に就くだろう。

 父も母もゲームが大好きだ。

 一生浮かび上がれない自分をゲームで慰めている。

「……くそったれ」

 一成はヘルメットを投げ捨てて舌打ちをした。

 なぜか涙が流れた。


「昨日βテストがはじまった。インタラクティブ社の『クラシックWWⅡ』は過激すぎるというユーザーの苦情が相次ぎ。正式サービスの……」

 翌日、一成はTVで『WWⅡ』のサービス中止を知った。

「次のニュースです。拡大の一途を辿る中東戦争に対し。アメリカ大統領は増援部隊の派遣を……」

 一成は立ち上がり乱暴にTVのコンセントを抜いた。

「……くそったれ」

 なぜ涙が流れるのか、一日経ってもわからなかった。



 百年前の八月六日、原子爆弾が投下されたことを思い出す人間は一人もいなかった。


【解説】

本来はこういうものをつけるのは野暮なことなんですが『わけがわからない』という意見が多い駄作のため、いいわけめいた補足を少し。


まず、これはVRゲームを舞台にしていますが『エンタメ小説』としては書いていません。

ツボにはいらない方には『おもしろくない』だろうと思って書いています。


テーマは『逃避』です。

格差社会が極限まで進行し、ごく一部の富裕層と多くの労働者(中流と表現しています)で構成された現代から見れば不幸な世界です。


ままならない現実から多くの労働者は逃げています。

本当は裕福ではない自分を隣近所と同じ生活水準だからと『中流』と称し。叶わない希望をゲームに求めています。

結果ゲーム業界が『中流』という名の労働者から財産を搾取

し肥え太っています。


そのことに『政治』も『報道』も目を背けて逃げています。

前者は「楽」だから、後者は「お金のため」です。


ただ性風俗と猟奇的なものは『悪』だとしています。

この辺のいびつな善悪の判断は、昨今沢山出来たり出来つつある、変な条例などを風刺しました。

性風俗や猟奇殺人は規制するのに、一方で戦争をしているおかしな世界を『WWⅡ』の製作者オッペンハイマーは

「変えよう」としました。

因みにオッペンハイマーは原子爆弾の開発の際大きな役割を

はたした人と同じ名前です。

発達したゲーム技術を使って、世の中に『戦争体験』をばら撒こうとしたのです。

『行こう、戦地へ!』なんてキャッチコピーは『守ろう自由を!』と同じようなものです。


一成はオッペンハイマーの策略にはまった多くのプレイヤーの一人です。彼は戦争体験を経てゲームの世界から逃げ、涙を流します。そのわけはわかりません。

これがなぜかというと『戦争は悪』だということを教育されていないからです。

ただ『もう嫌だ』という思いが、一成を泣かせています。


翌日のニュースで『ゲームがサービス停止』になったことと、『中東で戦争が激化』していることが同列にかたられています。それに対して一成が『くそったれ』と呟くのは

気分が悪いからです。なぜ気分が悪いか彼にはわかりませんが。「WWⅡ』での戦争体験がそう言わせています。

この話に、救いがあるとすれば、この部分でしょう。

彼は戦争を『嫌』なものだと身を持って知ったのです。


最後の一文。

『百年前に原子爆弾が投下されたことを』

という部分で、世界が『核爆弾』の問題からも逃げている

ことが示されます。

1945年8月6日は広島に原子爆弾が投下された日です。

100年前の人類の暴挙を誰も覚えていない『くそったれ』な世界。


この状況を一成たち『戦争体験者』が変えていくのかはまた別のお話。


続きを書く気はまったくありません。なろう向けではないし、俺は『楽しい』話を書きたいので。

今回珍しく『小難しい』話が書けたので投稿してみました。

お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読みやすい。難しい表現はない割にすんなりと入る。股間を掻く少女アバターとか、いいです。 [一言] すべて分かったつもりだと書けませんが、年齢的に反戦の動きも色々と見ているため、この作品底辺…
[一言] どうも、稲葉です^^ これは難しいテーマですね……。 バイオハザードでも、デヴィ夫人が残虐表現について何か言ってた記憶があります(@@ 戦争のゲーム化が言われたのは、私の記憶では湾岸戦争…
[良い点] 短編でしたのでサクッと読ませていただきました。 色んなことが流行って、もてはやされて、廃れて忘れ去られていく、そんな現代を体現してると思いました。 (視点がズレた読み方でしたらすみません…
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