『宇宙剣士アロン、異世界にて無双する』
城烈児は銀河剣士連盟から派遣された宇宙剣士である。彼は地球を狙う宇宙犯罪組織オレーの野望を砕くため、コードネーム『アロン』となり戦うのだ!
という仮想特撮番組をもとにした異世界召喚もの。
どんでん返しをお楽しみいただければ幸いです。
宇宙犯罪組織オレーの暗躍は続いていた。
怪人バルーンガマのガス風船バラマキ作戦、毒ガスを充満させた風船が東京に向けていよいよ飛び立たんとしたそのとき、オレーの秘密基地に爆発が起こったのである。
「シュートレーザー!」
爆発から飛び出してきたのは銀色の鎧をまとった一人の男。彼は崖の上に飛び乗ると追いかけてきた怪人たちを睨みつけポーズを決める。
「宇宙剣士アロン!」
今まさにアロンとバルーンガマの戦いが――。
「はいカットカット! サワちゃん、降りてきて!」
銀色の宇宙剣士はその声を聞くとおっかなびっくりと、足元を確かめながら崖をくだる。
崖下で待機していたカメラを抱えた一団とメガホンをもつ男。宇宙剣士アロンは男すなわち監督に一礼すると銀色の仮面を取り外した。
「あー、不味かったスかね?」
男に刻まれた皺を見るに歳のころは四十半ば。監督の隣ではまだ若い、赤い革ジャンを身に着けた青年が立ち、監督と何やら小声で話し合っている。
「サワちゃんさ、アロンはルーキーの宇宙剣士なワケ。もっとリアルが欲しいのよネ? 若さと溌剌さ。サワちゃんのいつもの動きだとターミネーターというか旗本退屈男というか……」
「ジジ臭いですよね」
赤いジャケットの青年、アロンこと城烈児役のイケメン俳優はうんうんと頷きながらサワちゃんこと沢田を見る。
てやんでえ。モデル事務所のねじ込みガキがアクションを語るかよ、沢田は心のなかで愚痴りながらも表情を崩さずにじゃあこんなのは、と違うポーズを提案する。
「じゃあこちらを」
沢田は腰を落として右腕を斜めに伸ばし、まるで古い時代劇の抜刀術でも見せようとするかのように、空気を掴むような仕草を見せた。監督と若手俳優は一瞬顔を見合わせた。
「いやいやサワちゃん、それ時代劇でしょ」
「古臭すぎますね。現代の視聴者はもう少し軽快な方が好みですよ」
「……だよねぇ」
沢田は唇を噛んだ。確かに昔取った杵柄だ。若い頃はそれで通用したのだ。だが今は違う。現実を受け止めるしかない。
「じゃあこれはどうだ?」
再び腰を落としながらも今回は肩を軽く振り上げ、右膝を少しだけ前に出す動作をつけた。
「うーん……ちょっと硬いかなぁ」
「アロンのキャラ設定とは合わない気がします」
再度ダメ出しである。三度目の正直かとばかりにもう一度トライしてみるものの――やはり結果は同じだった。
結局採用されたのは最初に見せたシンプルなものだった。「これで行きましょう」という言葉と共に監督が大きく息を吐く。そして改めて台詞とカメラワークについての指示が始まった。
「サワさんお疲れ様です」
後輩スタッフが差し出したペットボトルを受け取りつつ、「ありがとう」と答えるが内心は重苦しかった。毎回こうなのだ。汗まみれになって命懸けで撮影したカットが無駄になることも珍しくはない。
休憩時間に入ると沢田はスタント衣装を脱ぎ捨て、急いで水分補給を始めた。筋肉は固くなり疲れは取れなくなってきた。腹も出てきたか。数々の怪人を屠ってきた剣技やキックだってキレも落ちようというものだ。
沢田はペットボトルを咥えながら現場に目をやる。
城烈児は相棒のヒロインと並び立ち戦闘員との戦いを始める。確かに若者らしく軽快でトリッキーな動きを見せている。彼の趣味はスケボーとか言っていたか。そりゃ俺の引き出しにはない動きだ、と沢田は自分の昔ながらの殺陣にいささかの恥ずかしさを感じたのであった。
***
「俺も引退時かねぇ」
沢田丈弥は飲み屋の席で、同期でアクション監督の諸石にそう零す。
ハイボールの炭酸が喉を抜け腹に落ちると頭に熱い熱が流れてくるのを感じた。
「サワちゃんはみんなの憧れだぜ? さみしいこと言うなよ」
諸石の言うことは嘘ではない。スーツアクター沢田といえば特撮史においてひと時代を作った人物であり、演じたヒーローは数しれず。だが世間はスーツアクターの中身なんぞに興味はなく、憧れて入ってくる者も多いがそれ以上に世の中では知られていない、そんな存在なのであった。
「嫁にもあまり危ないことはしないでくれ、て言われてさ。爆発の中を駆け抜ける俺に惚れたって言ってきたヤツが結婚したらそうなるんだぜ? 笑うだろ」
「そりゃ普通の反応だよ。憧れと生活は違う」
「……だからよ」
沢田は鳥の串焼きを一本、歯で肉をずるりと剥いだ。骨は割ってせせり、それから居酒屋の騒がしい空気の中でぽつりと言った。
「アロンが終わったら、俺も辞めようかと思ってな」
諸石の箸が止まった。ビールの泡が、グラスの縁を伝ってテーブルに滴る。諸石はそれを指で拭い、しばらくその指先を見つめていた。
「そりゃ……突然だな」
「ああ。急にそう思ったんだ。この前さ、例の崖のシーンやったろ。あのとき思っちまった。あと何度ワイヤーを張れるんだろうな、とか。あとどれくらい跳べるのかな、とか……」
沢田は左手でジョッキを持ち上げた。ハイボールはすでにぬるくなっていた。
「それに、このごろ爆発の粉塵浴びる度に身体が重くなる気がしてなぁ。医者にも行っとけって言われてるしな」
「医者に行ってる時点でアウトじゃないのか? 俺たちが医者通ってたら商売上がったりだろうが」
諸石は乾いた笑いを漏らした。だが目尻にはかすかに湿っぽい光があった。
「そりゃそうだ。けどなァ……」
沢田は言いよどんだ。ふと店のテレビに目を向ける。そこに映っていたのはかつて自分が演じていたなつかしのヒーロー番組の特集だった。画面の中で二十代の自分──当時は無名の端役──が大仰なジャンプで敵を切り伏せている。
「……お前の背中見て育った連中が泣くぞ」
諸石がぼそっと呟いた。
「泣くんならもっと別のところで泣いてほしいねぇ」
「なんなら俺が泣く。お前が一号、俺が二号。バッタバッタと悪党をなぎ倒したのに」
「その結果お前さんはアクション監督になり俺は中の人一筋二十年さ。引き時を誤ったのよ」
「……辞めて何するんだよ、滑舌悪い、イケメンでもない、アクション以外取り柄のない男が」
「後進の育成か事務所でも開くか、ラーメン屋のオヤジも悪くないさ」
「覚悟を決めたなら何も言わんけどよ。思いつきで言ったなら忘れちまえ」
諸石は沢田の酒気混じりの目に悲しみが見えたのを見逃さなかったのである。
***
よし言うぞ。
沢田はその決意とともにアロンのコンバットスーツを身につけた。
『宇宙剣士アロン!!』
鏡の前で決めポーズをとる。前回よりはマシなのではなかろうか。
「マジで危ないから気をつけるよーに!」
峡谷にかかる吊り橋でのロケ。昔はよくやったものだが町中でのアクションが増えた今では珍しくなったものだ。
俺も昔は吊り橋のサワなんて呼ばれてたな、などと思い出し、いやいや撮影に集中しろと足元を見る。吊り橋の隙間からは眼下の石交じりの川の流れが見え、この高さだと助からないな、という昔なら思わなかった考えが脳裏によぎる。
「諸石、昔より高くなってね?」
「なら背が伸びたんだろうさ! サッサと持ち場につけよ、宇宙剣士!」
ああいかん、アイツ、昨日の話で機嫌が悪い。
***
「アクション!」
諸石の声が渓谷に響く。同時にワイヤーが引かれ、沢田の身体が吊り橋の手すりを越えて宙に浮いた。銀色の鎧が陽光を反射し、視界は一瞬真っ白になる。
「うおっ」
思わず声が漏れた。昔だったらこの浮遊感すら快感だったはずだ。だが今の沢田には、ただの不安定な塊に過ぎなかった。眼下の渓流が異様に鮮明に見える。あの高さ、落ちたら即死だ。当たり前だ。昔はなぜそんなこと考えもしなかったのか。
戦闘員役の若手スタッフが橋の向こうから殺到してくる。沢田は剣を構え、決められたフォームで受け流す。一撃、二撃。相手の棍棒を弾き、回転斬りを見舞う。振り返りざまに後方の敵を蹴り飛ばす。全て筋書き通り。身体は覚えている。二十年以上この生業をやっているのだから。
だが――。
(足が……足が震えてる)
気がつくと膝が微かに揺れている。武者震いならいい。だがこれは違う。生理的な拒絶反応だ。この高さで飛び降りたら? バランスを崩したら?
「サワさん! 次、ダイブです!」
カンペを持つADの声が耳に入る。ダイブ。つまりワイヤーなしでの落下演技。地面まで四メートル弱。十年前なら朝飯前だった。五年前でも平気だった。だが今は?
「……分かった」
喉の奥がカラカラに乾いている。沢田は深呼吸をして、スーツの中の汗が冷たく感じられるほどの寒気に耐えた。一歩、また一歩と橋の中央に向かう。橋板の隙間から吹き上がる風がヘルメットを叩く。
(怖ぇ)
この感覚は何年ぶりだろう。いや初めてかもしれない。スーツアクターを志した高校生のころさえ、こんな恐怖はなかった。あのときは何もかもが新鮮で、興奮だけで体が動いた。今は逆だ。経験と理性が牙を剥く。
戦闘員たちの攻撃を掻い潜り、沢田は最後の一閃を放つ。光と煙幕が炸裂し、橋が揺れる。そしてタイミングよく跳ぶ。計算され尽くした動きでカメラの影のマットを目指す。
「とぉッ!」
仮面により塞がれた視界。頼りになるのは仲間を信じる心のみ。落下感はそのうちに収まり柔らかなマットの上に落着する。
はずだ。
落下が長い。こんなのは四mの時間じゃない。俺は『どこまで』落ちている?
仮面のバイザーの隙間から外を見ると信じられない世界が拡がっていた。
虹色の空間、終わりのない穴を沢田は落ちている。吊り橋も撮影スタッフもどこにもいない。ただただアロンの銀色のスーツだけが虹色の穴を落ちている。
『何だ? 新手の撮影技術か? VRとか』
そう思う間に沢田は虹色の穴の先にある点がみるみる大きくなり、点が穴の出口であることに気がついた。
気がついたからといって何ができるわけでもないが、向こうに撮影スタッフがカメラを構えて待機しているかもしれない。
沢田はできうるかぎり態勢を立て直し、着地に備えた。
***
「宇宙剣士アロン!」
決まった。コレ以上ない着地シーンだ。
沢田はそのまま片手に抱えた必殺剣を振り被る。
だが周囲は静かな空間であり、足元にLEDだろう、魔法陣のような紋様が光り、その明かりが周囲を厳かに照らしていた。
『撮影は続いているのか?』
テコ入れだろうか。魔術怪人編とか……。
そうか、諸石の奴引退をちらつかせたから方針を変えやがったな。俺は辞める気は変えないが。
***
「宇宙剣士アロン様! おお、ついに、ついに御降臨なされましたか!」
甲高い声が石の天井に反響する。沢田は剣を振りかざしたまま、ゆっくりと視線を動かした。
魔法陣の光が徐々に衰え、周囲の景色が浮かび上がる。円形の石組みの部屋。壁には松明が等間隔に燈り、床には何重もの幾何学模様が刻まれている。どこを探してもカメラもクレーンも、諸石の怒鳴り声すらない。
代わりにいたのは、魔法陣の縁に跪く十人あまりの白装束の集団と、その先の石段の上に立つ少女だった。
「……は?」
少女はせいぜい十五、六だろう。銀色の髪を腰まで垂らし、紺碧の瞳が松明の光に揺れている。豪奢な法衣の胸元には、想像上の紋章でも刺繍したのだろう、大きな星のマークが光る糸で縫い付けられていた。
「ああ……あのお姿! 間違いありません! 大神官さまが語った通りの銀の装甲! 輝ける刃! 偉大なる救世主!」
少女は両手を祈るように握り合わせると、大きく息を吸った。
「我こそは聖国エセルシアの大神官セレスティア・ノイエル! 貴方様をお待ちしておりました!」
沢田は思わず己のアロンスーツを見下ろした。確かに銀色だし、右手には玩具……じゃなくて撮影用の合金製の剣がある。
「ちょ、ちょっと待って。君は……撮影スタッフじゃないよね?」
「撮影? ……ハテ? もしや異世界のお言葉でしょうか。しかし私たちの儀式は無事に成功しました。あなたは魔王軍に対抗するため招かれた勇者なのです!」
セレスティアは目を輝かせて迫る。その後ろで法服の人々が何か唱え始め、空気がピリッと痙攣した。
沢田は額に手を当てた。まさかこれが噂の〝異世界召喚〟というものなのか? しかもヒーロースーツを着た状態で?
(こいつは参った。プロデューサーの新しい企画にしてはセットが凝りすぎてるしどう判断したものか)
「……大神官様だったか、二人きりで話を聞かせてくれ」
よし、これなら撮影が続いていても違和感はない。
アロンの言葉を受けた少女は静かに頷くと、ついてこい、と言わんばかりに石組みの部屋を出る。沢田はできる限りヒーローらしくついていくのだった。
***
ここは少女の自室だろうか。
質素なベッドと書机、多分神のシンボルだろう、何かが壁に掛けられた部屋に沢田はとおされた。
そこで目についた異様なもの。いや、見慣れたもの。ブラウン管のテレビ。
「気になりますか? これは異世界ビジョンという多元世界を覗く魔道具です」
「異世界ビジョン?」
沢田は思わず身を乗り出した。ブラウン管の画面には、砂嵐に混じり確かに見覚えのある映像が流れていた。先週放送された『宇宙剣士アロン』の第三二話。崖の上でポーズを決める自分自身が、カラフルなオープニングテーマと共に映し出されている。
「また映りが悪い!」
セレスティアは斜め四五度の角度で異世界ビジョンとやらをチョップする。途端に画面から砂嵐が消え、画面には夜の都市で電飾スーツを光らせるアロンの姿が大写しになった。
「ああ、俺か」
「はい!」
セレスティアの目が爛々と輝いた。
「このビジョンを通して貴方の活躍を見てきました! 悪の怪人たちを颯爽と薙ぎ倒し、苦しむ人々に希望を与える姿……忘れられません!」
「ちょちょちょ、待ってくれ。あれはフィクションだ。子供向け特撮番組。アクションコーディネーターとCG処理と大量の火薬で作り上げた幻想なんだよ」
一瞬の沈黙。松明がぱちりと爆ぜる音だけが室内に響く。
「……幻想?」
セレスティアの眉が寄せられた。
「ですが今ここにあなたはいます。実物大の銀の鎧。伝説通りの輝く刃。本当に偽物だと言うのですか?」
「まあ、スーツの素材は消防士用の耐火アラミドだけどな。でも俺はアクターだ。ヒーローの中身なんだよ」
沢田は首を捻る。どう説明すれば混乱を最小限に抑えられるか。
「中身……」
アロンは頷くと仮面を脱ぐ。
中から現れたのは城烈児ではなく、年老いた中年。
「中身……」
セレスティアが再び小さく呟いた。そして次の瞬間、
「な、中身っ!?」
叫び声が狭い部屋中に反響した。彼女は膝を折り、蒼褪めた顔を両手で覆った。
「ええっ!? いやいやいや、落ち着け! そこまでショック受けるか!?」
「だって私……ずっと……信じてきたのに……!」
目に涙が滲む。
「城烈児さまが、あの爽やかで素敵な方が異世界から私たちを救いに来てくれると信じて召喚魔力を溜めていたのに!」
沢田は頬をポリポリ掻く。
「あのビジョンが唯一の励ましだったんです! どんな辛い修行も、〝きっといつかアロン様が助けに来てくれる〟って思い込んでやってきたのに……まさかただの演劇だなんて……!」
沢田は慌ててしゃがみ込み、可能な限り優しい口調で言った。
「それはすごい情熱だな。だが騙してるつもりはないんだ。俺は本当にスーツ着て撮影してただけで……」
「オッサン!?」
「ちょっ! 失礼だな!?」
「城烈児さまはどんな困難にも立ち向かう勇気と優しさを兼ね備えた真の勇者……! なのに実は只のオッサンだったなんて」
セレスティアの鼻の先が震えた。
「オッサンオッサンって悪かったな、オッサンで! こちとら四十半ばだぞ!」
「ひぃっ!」
セレスティアは両手で耳を塞いだ。
「耳に来る! 城さまのイケボイスが低音に、低音にぃっ、しかも滑舌悪いっ」
「気にしてることを!」
「あ、あれは? オレー空間突入時に乗る二輪、アロンウルフは?」
「只の撮影用バイクだよ」
「人々の希望が、夢が、魔王の野望を砕く力がニセモノのオッサンだなんて!」
「言い過ぎだろ! おいっ!」
「……はぁ」
塞いだ耳の指先が、ゆっくりと離れた。セレスティアは涙を拭い、紺碧の瞳でまじまじと沢田を見つめた。まるで壊れた玩具を修理しようとする子供のような、しかしどこか諦念を含んだ目つきだった。
「……分かりました」
「へ?」
「私が……私が責任を持ってあなたを〝本物の宇宙剣士〟にしてあげます!」
突然の宣言に沢田は首を傾げる。
「どういう意味だ?」
「あなたがただの人間であろうとも関係ありません。この世界には救世主が必要なんです。あなたの格好と演技力をもってすれば十分!」
「いや、本物の勇者でもなんでも召喚し直せよ」
「もうできないのです」
セレスティアは袖をまくりあげた。
そこにあったのだろう腕に刻まれた紋様がブスブスと煙を上げ消え失せる。
「民から借り上げた一〇年分の魔力を使い果たしました。民のためにも神官のプライドのためにも失敗したとは言えません。」
「だから俺を〝本物の宇宙剣士〟に仕立て上げる? おいおい、冗談にしては笑えないぞ」
「冗談ではありません!」
セレスティアは勢いよく立ち上がり、机の上の小さな鈴を鳴らした。控えていた従者が扉を開け、紙巻の羊皮紙と羽ペンを持ってくる。
「まずは計画です! 第一項:魔王の根城を特定。第二項:あなたを本物の勇者らしく演出。第三項:国民の期待値を最大限に引き上げつつ、勝算ゼロでも玉砕覚悟で突撃!」
「待て待て待て! 最後のがヤバすぎるだろ!」
「細かいことは置いておきましょう! 口惜しいですがセカンドプランに移行します。私個人としてはそちらも楽しそうですし!」
「楽しむ気か!?」
沢田は呆然と立ち尽くした。
四十半ばのオッサンが魔王退治? 芝居じゃない、本気の命の取り合いだろ? 俺はスーツアクターであり宇宙剣士じゃない。
「悪いがそんな話、乗れるわけがない」
沢田はそう言おうとした。だが目の前の少女はおどけてはいるが自らの失態の責任を取ろうとしている。『子供が』だ。大人がそれを裏切っていいのか? このスーツを着ている俺は『宇宙剣士アロン』ではないのか?
「男なんだろ、胸のエンジンに火をつけろ、か……。よし」
沢田は銀の鎧に触れた。外したヘルメットを拾い上げ、再び被る。
「わかったよ。この世界に来たからにはせいぜい本物の〝宇宙剣士アロン〟らしく演じてやるさ」
「おお……!」
セレスティアが顔を輝かせる。
「ただし条件が一つ」
「なんでしょう?」
「君も一緒に来てもらう。俺には実のところ身を守るすべなんてないし、万が一撮影に戻る手段を見つけた場合、帰還方法を聞き出す必要がある」
「もちろんですとも! 同行するのは当初から計画の一部です!」
「……やっぱり趣味半分かよ」
沢田は苦笑いしながらヘルメットのバイザー越しに辺りを見渡した。ブラウン管のビジョンがチラチラと点滅し、エンディングの主題歌を奏でている。
『星空の向こうに故郷がある……』
事実そうなってしまったか。
(これが俺のラストアクションになりゃしないかなぁ……)
彼は再び剣を握った。
***
宇宙剣士アロンこと城烈児の召喚には成功した。だが彼は次元の壁を越えた影響で齢を取ってしまった。というのがセレスティアが神官たちに説明したシナリオである。
「また召喚時に私と魔力の繋がりができてしまいました。力を発揮するためには私が一緒にいなければなりません。あー残念だなー、王都を離れなきゃならないなんてー」
そんなガバガバな説明で大丈夫かと沢田は訝しむが、神官たちはなんと立派な心と感銘し泣き出すものまでいる。セレスティアはニヤリと笑い指で丸を作り沢田に見せるのだった。
「任せてくれ。見た目は老けてもこの城烈児、困った人々を見捨てる真似はしない」
いや、ホントのところは見捨てて帰りたいくらいだが。
「大神官さまが仰った宇宙剣士なら間違いない!」
「アロンさま、頼みますぞ!」
などと老神官たちは口々に期待を寄せた台詞を吐く。あまり無茶なことが起きないよう、沢田は笑顔の下で祈るのだった。
***
大神官と勇者の旅立ちということで王都では盛大な旅立ちの儀が行われた。
異世界ビジョン越しに伝えられたOP曲を楽隊が鳴らし、外門につながる大通りには街の人々が詰めかけ勇者をひと目見んと押し合う。
王都中央広場。白亜の凱旋門が青空にそびえ、その下でセレスティアは法衣の裾を翻してステップを踏んだ。
「我が聖国エセルシアの勇敢なる民よ!」
両手を広げ、まるで撮影現場の監督がカットを掛けるような所作で、彼女は群衆を見渡す。声は思いのほか良く通り、広場の端まで響き渡った。
「長きにわたる魔王軍の支配。我々は暗黒の時代に喘ぎ、希望の光を失いかけていました!」
群衆がどよめく。老婆がハンカチで目元を押さえ、幼子が母親の裾を掴んで固唾を呑んでいる。
「しかし今日! 我々は偉大な盟友を得ました!」
セレスティアは沢田を一瞥した。沢田はアロンの銀の鎧に身を包んだアロンの姿。いわゆる『変身』した状態だ。
(勘弁してくれよ……)
しかし注文されたシナリオだ。仕方なく背筋を伸ばし、右手に剣を持ったまま、彼は静かに一歩前に出た。
「こちらにおわすのは! 異世界より召喚された真の勇者!『宇宙剣士アロン』――」
セレスティアは高らかに続けた。
「否! この世界を救うために降臨された伝説の宇宙剣士であらせられるのだ!」
広場全体が沸騰した。歓声と拍手が轟き、花びらが宙を舞う。
沢田は仮面の下でつばを飲み、身体が覚えているいつもの名乗りポーズをとる。両腕を横に広げ、剣を垂直に立てた基本フォーム。
「宇宙剣士……アロン!!」
(撮影現場で百回やったポーズだ。だけど今は照明もクレーンもない……)
バイザー越しに見える景色は、レンズを通した虚構ではない。エキストラではない群衆たち。現実だ。
「皆の期待は重い。しかし私はその荷を担う」
精一杯重々しい声を出す。もちろん内心は「逃げたい」と思っている。
「共に戦おう。明日への光を取り戻すために!」
群衆がどっと湧き、広場はセレスティアとアロンを讃える声で埋め尽くされる。
「やりましたね!」
セレスティアが小声で囁く。
「完璧でした!」
「疲労感しか残らねぇよ……」
「では行ってまいります!」
セレスティアは声を張り上げた。
「我らが道に幸運があらんことを!」
**
城門が重々しく開かれると同時、二人は列車のように押し寄せる民衆から逃げるように走り出した。馬車と呼べるものは用意されていない。徒歩旅行の始まりだ。
「これでやっと静かになりましたね」
セレスティアは肩で息をしながら笑う。
「まったく……演説台に立つのは久々だったよ」
沢田は人がついてきていないことを確認すると仮面を脱ぎ、その内側をゴシゴシ擦った。
「でも堂に入った立ち振る舞いでした! やっぱりあのビジョン通りの風格ですね!」
「お世辞はいい。俺はただの……」
「分かっています」
セレスティアは真剣な表情となり自分に語りかけるように言う。
「凡人でもオッサンでも、勇者になってもらわないと」
■■■
魔王の城では斥候より一つの情報がもたらされた。
「『宇宙剣士アロン』?」
「は。異世界より召喚された男とか」
大ぶりの角をもつ筋骨隆々の魔人……魔王は斥候のもたらした情報に目をやる。
「銀色だな」
「ハイパー・メタリックスーツという特殊素材らしいです」
「剣が光っておるな。魔力か?」
「レーザーの輝きだそうで。必殺のアロンダイナミックから逃れたものはおらず、全ての怪人はこの剣に切られています。」
参謀は異世界ビジョンの画像を映し出しアロンの能力を解説する。
「ジャンプ力は三〇メートル……我々の言葉で一〇ナガーサ。パンチは岩をも砕くとか」
「フム面白い……。アロンとやら、魔王軍にどこまで抗えるか見せてもらおう。闇騎士ブル、出ませい!」
影から黒い金属の鎧を纏った魔族、ブルが前に出る。魔王の前で片膝をつき臣下の礼をとると、獣のような顔を魔王に向けた。
「お任せください魔王様。アロンとやら、どんな強敵かはわかりませぬが倒しがいがあります」
***
魔王城の地下にある作戦会議室。石壁に張り巡らされた魔力の燈火が、異様な熱気を孕んだ空間を照らしていた。
中央の長机には、異世界ビジョンから引き伸ばされたであろう無数のスチールが並ぶ。銀色の鎧、光る剣、そして華麗なジャンプを写した一枚一枚に、魔王軍の幹部たちは思い思いの分析を加えていた。
「まずはこの必殺技だ」
参謀の妖術師カルダは杖先で一枚のスチールを指さす。そこには、アロンが剣を振り上げ敵怪人を両断する瞬間が捉えられている。
「『アロンダイナミック』と呼ばれる斬撃。映像から推測するに、一撃の威力は我が軍の重装騎士をも薙ぎ払うに足る」
「だが単純な剣撃だろう」
巨漢の魔将軍ヴァルガルドが太い腕を組む。
「我が魔斧でも防ぎきれよう」
「甘い」
カルダは首を横に振る。
「問題は速度と精度だ。この動きをよく見よ。常人の動きを超えている」
カルダが水晶球に触れると、ビジョンの再生が始まった。画面内でアロンが超高速で斬りかかるシークエンス。動きが速すぎて残像が尾を引いている。見るものが見れば只のスロー撮影とエフェクトによる演出だが、魔王軍にそれを看破できるものはいなかった。
「……確かに速いな」
ヴァルガルドも納得せざるを得ない。
「さらにだ」
カルダは別のスチールを示す。
赤いバイクにまたがりオレーの地下基地に突入するアロン。
「アロンの愛馬『アロンウルフ』。風よりも速く走り、地下や海底へも侵入できるマシンとか」
「ほう?」
ヴァルガルドは髭をさすり唸った。
「確かに異世界の英雄に相応しい能力……となれば正面突破は避けた方が良いな」
「だが最強ではあるまい」
その声に全員が振り返る。黒鉄の全身鎧に身を包んだ騎士――闇騎士ブルが壁にもたれビジョンの画像に目をやる。
「宇宙剣士アロンは召喚された際に事故で年老いたと聞く。この映像のようには動けまいよ」
「油断は禁物だ」
カルダが鋭い目で咎める。
「相手は異世界の英雄。底知れぬ潜在能力がありうる」
「無論承知だ」
ブルは目を閉じる。記憶の中に蘇るのは己が忠誠を誓った魔王の姿。そして彼の描く『人類統治計画』。そのためには一刻も早く邪魔な勇者を排除すべきだ。アロンは『召喚事故によって』既に劣化している。ならば勝機はこちらにある。
■■■
(謎のジングル)
『宇宙剣士アロン!』
「と、まあこんな感じにCMが明けるわけだ」
まるで普通の子供のように前を走るセレスティアの背中に向けて沢田は宇宙剣士アロンのウンチクを語っていた。
十年前に娘に同じことをしたっけなぁ。
沢田は彼方にいる家族のことを思い出し少し涙ぐむ。あれは一号の頃だったか、裏話ばかりで夢を奪うなと嫁にも言われたっけ。
「あははははっ!」
セレスティアは草原の斜面を転がるように駆け降り、両手を広げて風を切った。法衣の裾がめくれ上がり、白い靴下が覗くのも構わない。神官としての厳かな振る舞いは、王都の門をくぐった瞬間にどこへやら消え失せていた。
「アロン様! 早く来てください! ここ気持ちいいですよ!」
「はいはい。転ぶなよセレスティア」
沢田は銀の鎧を鳴らしながら丘を下りた。ヘルメットは外していて、枯れた芝生の匂いが直接鼻孔に届く。
セレスティアは草むらに座り込み、背中から倒れた。雲ひとつない青空を仰ぎ見て目を閉じる。
「私、こんなに遠くまで来たの初めてなんです! あんな堅苦しい神殿の奥に閉じ込められていたので」
沢田は思わず眉を寄せる。娘の美咲が小学生のころ、初めて運動会でお弁当を食べた時の光景が重なった。泥まみれになりながら喜ぶ姿と同じだった。
「君は……まだ子どもじゃないか」
「え?」
セレスティアが身を起こす。
「大神官? そんな肩書きが付く前に、好きなものを食べて寝て起きて遊んだらいい。それが一番大事だ」
「アロン様……」
「俺にも娘がいるんだよ。美咲って言うんだ。小さい時はライダーやらレッドやらって煩くてな。ヒーローショーに行くたび目を輝かせていた……」
話しながら視線を逸らし、沢田は虚空を眺めた。今頃家はどうなっているだろう。妻の玲子は一人で子ども達の世話をしているのか。心配させてしまったかもしれない。
「それって……『ホームシック』ですね?」
セレスティアは得意げに言った。
「私も文献で読んだことがあります! 異世界に移住した者が故郷を思い慕う現象ですよ!」
「なんだ、一丁前に難しい言葉知ってんじゃないの」
「異世界ビジョン研究科卒ですから! 色々学んでます!」
セレスティアはえっへんと胸を張った。
「あー……まぁそんなとこだ。帰れるかわからんがな」
「大丈夫です!」
セレスティアは立ち上がり沢田の前に回り込むと両手を握った。
「必ず帰れます! この旅で私達は成長するんです! 新たな力を得て! そして魔王を倒して! お互いの世界を行き来できる魔法を見つけます!」
(全くどこからその自信が湧いてくるんだよ……)
沢田は呆れつつも苦笑いを浮かべた。
「わかった。とりあえずこの世界の魔王をぶっ倒してみるか」
セレスティアは満面の笑みを浮かべ頷く。
「さすが宇宙剣士アロン! オッサンでも中身はヒーローなのですね!」
満面の笑みを浮かべる少女の頭を沢田は軽く撫で立ち上がる。
と、街道の向こうから馬車が走り抜き、それを追う小鬼の姿が視界に入った。
「……まさに『シーエムアケ』にふさわしいですね。さあ、出番ですよ宇宙剣士アロン!」
「…………、マジで?!」
***
魔導具商人のジンバは馬車の中で震えていた。追いすがる魔族の小鬼たち、見た目は小さいが残忍な連中だ。
ジンバは御者にもっと飛ばせと発破をかける。旦那、もう目いっぱいですぜ、とよく聞く返事。馬車は力の限り駆け抜ける。
と。
馬車は銀色の男とすれ違ったのである。
「宇宙剣士アロン!」
馬車を逃がし、アロンは身体中の電飾を光らせる。腕を右に左に回し決めポーズ。平らな道のどまんなかなのが実に残念だ。
小鬼たちは足を止め、去りゆく馬車と道を塞ぐ銀色の男を見比べる。
小鬼たちは顔を見合わせると、歯をむき出して何かを語り合った。
ー笑ってやがる。
言葉は聞かなくてもわかる。端から見たらそりゃチンドン屋だろうさ。沢田は足を開き、ステンレスの剣をゆっくり構える。
小鬼たちは笑いをやめるとそれぞれが持つ手斧に槍をアロンに向けた。
互いの距離は詰まり、小鬼がアロンに飛びかかる。
アロンはよろめきながら躱すと剣の柄で小鬼の腹に一撃を入れる。
「かわせよっ!」
と、これは戦いだ。殺陣じゃない。アロンは距離を取るともう一人の小鬼と対峙する。小鬼は槍を突きだし、石の刃はアロンを掠める。
「いった……」
そう。これは戦いだ。
小鬼は怯んだアロンに武器を捨てて飛び掛り馬乗りになる。右、左、とパンチの連打。
銀色に塗られただけのFRPの装甲は耐えてはいるがこのままじゃ殺され……、殺される?
「チクショウ!」
沢田は手元の石をつかみ小鬼の頭を殴る。
剣なんかよりよほど強力だ。立ち上がると石を握ったまま左ジャブに右ストレート。息もゼイゼイと上がり、小鬼は血を流し満身創痍。互いに息を整える。
膝はガクガクし身体は震える。アドレナリンが呼び覚ます生存本能。沢田は手に握ったままの石に気付くと小鬼に向かい投げつける。
石は小鬼の土手っ腹に当たり小鬼は崩れる。
戦いは決した。
沢田が剣を拾い一歩、また一歩と小鬼たちに歩み寄り剣を振りかぶると、崩折れた二匹の小鬼は互いをかばうように前に出あう。
「……行けよ」
沢田は呟きながら剣を下ろす。
小鬼たちの動きが止まり銀色の男を窺う。
「どっかへ行っちまえっ言ってんだ!」
沢田は地面を蹴飛ばし怒りをあらわにする。
小鬼たちは這々の体で逃げ出した。
「なぜ殺さないのです」
少女は見た目に似合わぬ言葉を吐く。
「生きてるんだぞ」
「魔物です」
「生きてんだよ!」
「戦をしているのです!」
沈黙。
「やはり貴方は勇者ではありません。アロンでも城様でもありません。只の『サワダ』です」
少女は吐き捨てるように言い、先ほどの馬車の元へ歩んでいった。
***
「まさか! 大神官さまが魔王討伐の旅に出られたとは聞いておりましたがこんなところで……、そちらは勇者様?」
命を救われたことに大喜びするジンバはセレスティアの隣に立つ銀色の男に訝しみの目を向けた。
「サワダです。只の従者です」
セレスティアはどうでもよさそうに答える。
沢田は応えずただ立っていた。
「そうですか、まあ色々事情があるようだ」
ジンバはあえて触れずに馬車の中の荷を開く。
「小鬼はなぜ襲ってきたのです」
「大した理由はないんですよ。魔導具商人ですからね、何か役立つものを持っているのではないかと思ったんでしょう」
壊れたものはないか荷物を広げ確認するジンバ。その荷を見た沢田は仮面の下で目を丸くした。
「アンタ、コレは?」
「あ、ああ。旅のサーカス団が魔族に襲われて解散になったんだ。サーカス用の備品を色々買い取ってね。魔力が込められているから使いではあるだろうかと……、どうしたね」
トランポリンにワイヤー、こっちはスモークにナパームの仕掛け一式。これだけあれば『特撮』ができる。
「これを扱える人を知らないか」
「サーカスの連中を呼び戻せばなんとか。だが半数ってところだ」
「半数?」
「……残りは要塞に捕まっちまった」
「要塞、ね」
セレスティアはジンバの馬車の轍を追いながら、突然のように口を開いた。まるで会話を遮るのが面倒くさかったかのように、平坦な声で続ける。
「西の街道を三日。ミストラル峽谷の咽喉に築かれた『鋼鉄塞』――我が聖国最大の物流拠点でした。三ヶ月前、魔王軍の奇襲に陥落」
沢田はサーカスの備品を掻き分けながら、上目遣いに彼女の横顔を窺った。まだ拗ねているのか、それとも本気で冷えているのか。十五の少女の感情の温度計を読み誤るのは、四十男には難すぎた。
「兵糧、資材、軍需物資……全てあの峠が堰き止めています。奪還できれば補給路が復活し、反攻の狼煙にもなります。外交的にも、民心にとっても」
「おいおい。まるで国の政務官みたいな話し方だな」
沢田が冗談めかして言うと、セレスティアはピクリと眉を震わせた。しかし怒りは露わにせず、淡々と言葉を継ぐ。
「私の父は先代大神官。教育の一環で戦略も教わりました」
「そうか……失礼した」
ジンバが二人の間に割って入り、「で、その要塞をどう攻め落とすんです? 兵力がないんでしょう?」と訊ねる。馬車の幌が風に煽られカシャリと鳴った。
「兵力は……」
セレスティアは唇を噛むようにして俯く。
「あります」
沢田はぴたりと手を止めた。
「どこに?」
「要塞内に五百の兵士と一千近い避難民が囚われています。解放できれば少なくとも千五百。ただしそれには要塞内部への侵入経路が必須です」
「つまり――内側から蜂起させるんだな?」
「ええ。でも」
三人は押し黙る。
「まあそりゃそうですな。解放できるんなら困りゃしない」
ジンバは口ひげを指で撫でながら二人の顔を見る。ふむ、と何か思いついたかと思うと沢田が被るアロンのヘルメット越しに囁いた。
「大将。後払いでもいいからコイツをお譲りしましょうか? そのかわり――」
「かわり?」
「聖教会と私どもの仲立ちとなってください。端的に言えば、販路拡大だ」
「……俺が受ける理由がない」
ジンバは更に声を潜める。
「あなたになくとも大神官さまには、ある。ほおっておくと一人で要塞に向かいかねませんぜ」
■■■
鋼鉄塞付近で宇宙剣士アロンと遭遇した。
小鬼たちの報告は闇騎士ブルの耳に届くことになった。
「鬼神のように襲いかかり命を落とすかと思われたが貴様らの勇敢なる抵抗で奴は思いとどまり、隙を見て報告のために名誉ある撤退を選んだ、か」
嘘だな。ブルが観察するにこの小鬼どもは情けなくも命を救われたのだ。だとするならば宇宙剣士アロン、敵ながら騎士の矜持を持つ男か。
「話は分かった。それ、礼だ」
ブルは狩りを済ませたばかりの大猪の足を小鬼たちに投げつける。二人の小鬼はやっとのことでフラフラとその巨大な足を持ち上げると、担いで逃げるように駆け出した。
「年老いてなお小鬼どもを圧倒するか。宇宙剣士アロン、ぜひ手合わせしたくなってきた」
■■■
その夜、二人はジンバの馬車に泊まり込んだ。御者とジンバのいびきが響く中、少女はこっそりと起き上がると馬車を抜け出す。
目指すは鋼鉄塞。アロン、いやサワダが頼りにならない今、私が自ら赴き彼らを解放するしかない。
彼は只の人だ。そして勝手に巻き込んだのは私だ。無謀にも勝手に期待して無茶をさせたのだ。ならば責任は私が取る。
昼間はあんなにも楽しかったのに。
セレスティアは馬車を一度振り返ると踵を返し要塞へと歩みを向けた。
「待てよ」
その言葉は土手の下、川のたもとから聞こえてきた。
目をやると土手から泥まみれの人型が這い上がってくる。
「ひいっ……、マッドマン?」
セレスティアは杖に魔力を込めると先端を泥まみれの怪人に向ける。泥人形は慌てて体の泥を払う。
「俺だ俺! 危ないな」
「……サワダ?」
***
二人は川べりに腰掛け、空を見た。
「何をしていたのです」
「そりゃこっちのセリフだよ。まさか、要塞に向かおうとしてたんじゃあるまいな」
無言。
「だと思った。無茶するなよ」
「……無茶でもなんでもやるしかありません。魔王を倒すと意気巻いて旅立ったのです。手ぶらで帰るわけにもいきません」
セレスティアは目を下に遣り月明かりに照らされた川の流れをじっと見る。
「貴方は? 夜逃げですか」
「まあそう思われても仕方ないな。実は要塞を見てきた」
「はあ? 危ないですよ! あなたみたいな普通の人が……」
セレスティアはそこまで言って口を止める。
「情けないところを見せたからな。でもな、子供を危険にさらすくらいなら大人が頑張らにゃいかん」
沢田は手の泥を払いセレスティアの銀色の髪を撫でる。
「だいたいわかった。あれなら『特撮』ができる」
「トクサツ?」
「……まあわかりやすく言うと、本物のアロンを見られる」
「本物ですか!」
セレスティアは目を大きく見開くが、次にはまた目を伏し川辺に視線を戻した。
「演劇なのでしょう。本物などいないとあなたが言ったではありませんか」
沢田は頬を掻き、星空を見る。
「確かにお芝居だし、俺は城烈児じゃない。だけどな、俺はアロンなんだよ。この一年、アロンの中の人として動き回ったのは俺なんだ。宇宙剣士アロンはスガ……いや、城烈児と俺が二人で作り上げたんだ」
セレスティアは沢田の顔を見る。泥にまみれ優しげに微笑む中年男性。だが彼女を撫でるその手は確かに異世界ビジョンの中で子供たちを助けていた手だ。
――なんだ、もう会っていたのですね。
セレスティアは沢田の手をそっと、小さい両手で包み自らの頬に当てた。
「昼間は言い過ぎました」
「いいよ。俺も少しカッコつけすぎた」
「では聞かせてください、『宇宙剣士アロン』。要塞を取り戻す算段を」
沢田は小さく頷き、川の流れを見つめながら静かに言った。
「サーカスの備品を全部使わせてもらう。ワイヤー、トランポリン、スモーク……あれがあれば、俺はもう少し『アロン』らしく動ける。内側から蜂起を起こすタイミングも合わせれば……いけるはずだ」
彼は少し間を置いて、付け加えた。
「ただし、条件がある。お前は絶対に一人で突っ走るな。一緒にやるぞ、セレスティア」
■■■
鋼鉄塞の主、中将軍ボーシュ。聖王国との戦いの最前線を任された彼は意気を上げていた。
だが、だからこそというべきか。魔王の腹心たる闇騎士の急な訪問には苛立ちを隠せなかったのである。
「中将軍ボーシュ殿」
闇騎士ブルは玉座の間で膝をついた。鎧の膝当てが石床に鈍い音を立てる。礼式は完璧だった。完璧すぎて、むしろ侮蔑が滲んでいるようにボーシュには映った。
「何の用だ、闇騎士」
玉座に腰掛けたボーシュは、彫りの深い顔をしかめて下を見下ろす。彼の背後には巨大な壁画があり、魔王の威光を称える無数の魔族が描かれている。その中でボーシュ自身の姿も――実際より三回りほど大きく、武骨に――描かれていた。
「異世界より召喚された勇者『宇宙剣士アロン』が近くまで接近しております。ご用心を」
ブルは目深に被った兜の下で薄く笑う。
「くだらん」
ボーシュは手を振った。
「そんな小童一人、私の直属部隊で十分だろう。それにここは鋼鉄塞だ。地獄の業火に鍛えられた岩壁と最新魔導砲の前に誰が太刀打ちできようか」
「ごもっとも」
ブルは恭しく頷く。しかし兜の奥で瞳が鋭くなった。
「ですがアロンは魔王様も御認めになられた敵です。油断は命取りとなる」
「闇騎士殿は余程あの勇者とやらに会いたいと見えますな」
ボーシュは冷笑を浮かべた。彼の脳裏には謁見の間での屈辱がよぎる。
―かつてブルと剣を交えたとき。寸前まで勝利を確信した一閃をあっさり受け止められ、逆に肘を叩き込まれた。
―騎士道精神などという軟弱な哲学が通用するのか試すため挑んだのに……結局、自分の未熟さを暴かれただけだった。
「御忠告痛み入る。だがこの塞は私の王国だ。侵入者は私自ら葬ってみせよう」
ボーシュは手元の斧を取り上げると振り回し、その先端を闇騎士に向ける。
「承知。私もしばらく逗留いたしますが、出番がないことを祈っております」
玉座を去る闇騎士。ボーシュはその背中を見届けたあと、床めがけ力一杯に斧を叩きつけた。
■■■
数日後の夜。沢田は、いや宇宙剣士アロンは鋼鉄塞めがけ駆けていた。馬より疾く、力強く森を抜け、崖の向こうの要塞を目指していた。
「こんな便利な術があるなら使ってくれよ」
ヘルメットに仕込んだ遠話の符に沢田は愚痴る。
『身体増強の術は思うほどに便利ではありません。ただの身体能力の前借りです。一週間分の体力を前借りし』
「効果は一エーガ(二.五時間)だろ? 十分だ」
『効果が終わると同時に貴方は筋肉痛と倦怠感、ついでに睡眠欲と空腹にも襲われることになります。多分オッサンであるあなたなら腰痛と肩こり、痔もついでにやってくるかと』
「せいぜい気をつけるさ。調子出てきたじゃないか、軽口をたたいている方がお前さんらしいよ」
『……。そうですね。サーカスの皆さんも配置済みです。あとはあなた次第ですよ、アロン』
「よし、『劇場版 宇宙剣士アロン』、撮影開始だ! カメラを回せ!」
***
霧が出てきたな。魔族の小鬼や獣人、兵士たちは気楽にそう天気の様子を眺めていた。
「この任務が終わったら俺、結婚を申し込むんだ」
「そりゃめでてえな」
などと獣人たちは会話し、霧が深くなったことには気がつく様子もない。
「結婚式には呼べよ、俺が村全体に響くほどに歌ってやる」
「その時にはぜひ頼むよ」
獣人が自慢の喉を披露しようと息を大きく吸ったとき、いきなり大音響で歌が流れ始めたのである。
『男なんだろ? グズグズするなよ、胸のエンジンに火をつけろ!』
「な、なんだコレは?」
「お前の歌か?」
「んなわけねぇ!」
兵士たちが周囲を窺う中、高く跳び上がった銀色の影が城壁の上に降り立った。
全身の電飾をこれでもかとばかりに光らせ、腕を左右に大きく振り回し、最後に剣を構えバイザーの奥の目を光らせる。
「宇宙剣士アロン!!」
銀色の男は主題歌をバックに鋼鉄塞での戦いに現れたのである!
***
とは言うが沢田本人としては不安もいっぱいだった。ワイヤーを使って跳躍し、マットのない着地はすでに膝が痛い。
だができる限り兵士を引きつけ、ジンバたちが潜入できるようにしなければ。
「みよ! シュートレーザー!」
手を伸ばすとストロボによる強烈な発光。次の瞬間には兵士たちの見張り塔が音を立てて崩れ去る。
こちらもなんのことはない。ナパームを仕込んだ玉を沢田の声に合わせワイヤーを使って投擲した。命中した見張り塔は見事に崩れたわけだ。
「チュウっ!」
アロンは跳び上がると城壁を駆け出す。
「捕まえろ!」
魔族の兵士たちはまんまとアロンを追いかけ始めたのである。
***
「アロンウルフ! ……なんてわけにはいかないよね」
静かになった城壁の一部が崩れ、こそりと影が入り込む。大神官たる少女セレスティアと魔導具商人のジンバ。二人は兵たちがアロンを追いかけていったことを見届けると鋼鉄塞内部に侵入したのである。
「この魔道具は潜入には効果的ですな」
ジンバはヒゲをいじりながら自慢の魔道具の一つ、消音の靴を履きながら進んでいく。
「どうです大神官さま、わが商会にはこのような魔道具が揃っています。もし契約していただければ魔族との戦いも……」
ジンバの言葉をセレスティアは手で制する。
「生きて出られたら考えてやる。地下牢が近い……」
***
「ボーシュさま! ヤツが、宇宙剣士が現れました!」
眠りに落ちていたボーシュは兵士の慌ただしい声に起こされた。不機嫌そうに枕元の斧をたぐり取ると立ち上がり、伝令の兵士の顔を見る。
「たかがニンゲン一人だろう。お前らで捕らえろ」
「し、しかし奴は噂の『シュートレーザー』で見張り塔を破壊し我らをものともせず立ち向かってきます!」
ふむ、とボーシュは顎をなでる。闇騎士を出し抜くチャンスか。奴より先に宇宙剣士とやらを叩き潰せば鼻を明かして中将軍から昇進も夢ではない。
「よし、儂が行く。銅鑼を鳴らせ! 中将軍ボーシュの出陣だ!」
***
城壁を駆ける沢田は要塞の裏手に吊り橋があることを知っていた。
囚われた人々はそこから逃し、橋を落として追撃できないようにする。セレスティアと話し合った作戦だ。
それにしても。
強化されようが息は上がる。カメラの長回しなんて最近じゃやっていない。やはりスタミナから齢に出てくる。
沢田はアロンブレード……只のLED仕込みのステンレス剣を振り被り、追いすがる小鬼の脚を払う。
てやんでえ、怪人の殺陣のほうがまだ本格的だ。自身を鼓舞し沢田は宇宙剣士アロンとして剣を振り抜く。
城壁から落とせばいいだけ。命は奪わずに済む。
「チュウっ!」
ワイヤーがアロンを引き上げ獣人の背後を取る。
「アロン・スパイラル!」
錐揉みからの回転蹴りだ。周りにいた獣人や小鬼たちは次々と城壁から落ちていく。
そして予想もしていないことが起きていた。
獣人たちの一部が、アロンを応援し始めたのである。
***
「なんか……、格好いいな」
「ああ、戦い方にキレがある」
「歌も熱い……」
獣人たちは自らの立場を思い出す。
魔族は力で支配してくるから従っているだけだ。昔ながらの草原を駆ける生活、それが取り戻せるならボーシュなんぞに従う必要はないのでは?
「……格好いい、だと? 敵だぞ」
城壁の隅で、年嵩の獣人グラッシュが耳を疑った。灰色の毛並みに覆われた頬が、月光とアロンの電飾の明滅に照らされて青白く浮き上がっている。
「グラッシュ兄貴、でも見てくださいよ」
若い獣人のロウが、爪の先で城壁の縁を示す。そこでは銀色の鎧の男が、三体の小鬼を巧みに足払いで薙ぎ落としていた。落ちる小鬼たちの悲鳴が、霧の中に響く。
「あの動き……無駄が無い。しかも必殺技の名前まで叫びやがる!」
「おまけにあの歌だよな。『胸のエンジンに火をつけろ!』って」
ロウは自分の胸板を拳で叩き、低く唸るような歌声を真似た。確かに不思議な迫力があった。
「歌と戦いが一致しているからか? なんかこう……魂が燃える感じがしますぜ」
「確かに。今まで味わったことない興奮だな」
グラッシュは喉を鳴らし、乾いた咳を一つ吐いた。歳は三十を幾度か過ぎたあたりだが、その肩幅の厚さは若造を凌駕している。
「だが我々は魔王軍だ。命令には逆らえない」
「本当にそうでしょうかね?」
若者が首を傾げる。尖った犬歯を剥き出しにして笑い、
「ボーシュ殿が言ってたろ。『逆らえば即刻処刑だ』って。けど、今のボーシュはアロンを前に大騒ぎ。俺らが抜けたって気づかないんじゃねえか?」
他の獣人たちもざわめき始めた。一人、また一人とグラッシュを中心に集まり出す。
「兄貴……! ここでアロンと手を組めばまた草原を駆ける暮らしを取り戻せる!『胸のエンジンに火をつけろ』だよ!」
「エンジンってのが何なのかは知らないが……、あの魔族野郎に一泡食わせるのも悪くない」
獣人たちはニヤリと犬歯をむき出し合うと、『よろしく勇気!』と声を上げ魔族の正規兵相手に武器を向けたのである。
***
「何かが起きてます」
地下牢への道を歩むセレスティアたちは、地上から響く雄たけびに気がついた。
「まさかアロン様がやられたのでは」
ジンバが不安げにセレスティアの袖を引く。いや、お前の不安は商売の元が取れなくなることだろう、とセレスティアは毒づくが、念のため遠話の符に声をかけてみる。
『なんだ、今忙しい! ……へぇ……へぇ』
「生きていますね」
『獣人たちが魔族を裏切り味方についた。正規兵相手に大立ち回りだ……デヤっ!』
「さすがアロン様!」
『もうワイヤーも少ないしスモークも晴れてきた、そろそろごまかしも限界だ。早く頼む』
「……わかりました」
地下牢の扉を開けると、淀んだ空気が吐き出された。何百人もの囚人が、石の床に蹲り、あるいは壁にもたれ、生きるか死ぬかの境目を彷徨っていた。光が差し込んだことで、全員が顔を上げる。
「大神官……?」
「大神官様が!」
「助けに来てくださった!」
一斉に跪き礼拝の姿勢を取ろうとする彼らを、セレスティアは静かに手で制した。
「立って下さい。私と共に自由を取り戻しましょう」
扉が開かれると同時に、魔導具商人のジンバが鞄を漁りだす。
「皆さん! 魔導具を持っていれば脱出も楽になりますよ。煙幕玉、護身用ナイフ、いやいや安いものです! お代は後払いでも結構! ほらほら、今なら出血大サービス!」
セレスティアは彼の額を指で弾き、牢内の空気が微妙な沈黙に包まれた。
「……商売は後で。今は生き延びることが第一です」
「なにを仰いますか、商売あってこそ生きていけるのですよ!」
セレスティアは呆れたようにため息をつき、ジンバの襟を掴んで引きずる。
「さあ、表へ。アロン様が時間を稼いでくれています」
囚人たちは混乱しながらも互いを支え合いながら牢を出て行った。
しかし牢の出口で足を止めたセレスティアは、遠話の符に耳を澄ませる。時折、爆発音や咆哮が混じるだけ。沢田の呼吸音が浅くなっていた。
「……アロン様?」
返事がない。途切れがちな呻きと、金属音が微かに届く。
「地下の階段から通路を抜ければ東側の鐘楼に行けるはずです。そこから城壁へ――」
「わかってます」
セレスティアは簡潔に答えると、踵を返して再び要塞内部へと走り出した。
「大神官様!」
ジンバが声をあげる。
「ジンバ殿! 貴方は囚人の皆を守ってください! 私は……アロン様の加勢へ向かいます!」
「危険すぎますよ!」
「大神官に危険はありません。それに」
彼女は一瞬だけ立ち止まり、暗がりを睨んだ。
「あのオッサンだけでは心許ないんです!」
***
一方のアロン。
獣人たちの加入により魔族の兵士相手に善戦していたものの、身体増強術の効果は限界を迎えつつあった。膝は激しく痙攣し、握力は鈍りはじめている。
「まだだ……まだ俺は……」
城壁の上から吊り橋へと向かう人々の姿が見え、沢田に安堵の気持ちと疲れが一緒くたに訪れた。
「やった……!」
そうとなれば長居は無用。膝を叩き、腰に気合を入れ、城壁からの脱出ルートを目指す。小鬼たちは獣人の蜂起で混乱し、正規兵たちも手が回っていない。これなら容易に逃走できる。
そう思ったのが甘かった。
城壁から要塞内につながる扉が吹き飛び、沢田より一回りは大きいだろう、無骨な鎧を身に着けた魔族がその怒りを隠さずに戦斧を振りかざしノシノシと歩いてきた。
「我が名はボーシュ! この鋼鉄塞を預かる中将軍なり!」
やべえ。どう見てもガチで強いヤツだ。
「宇宙剣士アロンとやら、よくも我が要塞をこうまで滅茶苦茶にしてくれた……、その礼は高くつくぞ!」
逃げたい。だがここで逃げると獣人たちはまた魔王軍の兵士に逆戻り。人々の脱出だってまだ終わってない。
なにより俺は――
沢田は満身創痍の身体に鞭打ち再度全身の電飾を光らせ、決めポーズを取る。
「宇宙剣士アロン!」
魔族の将は怒りと笑いを一緒くたに抱え目の前の銀色の男を見る。
「異世界の勇者だろうが俺に敵うと思うかッ」
「……中将軍ボーシュ! 人々を虐げ兵士たちすら使い捨てにする、そんな輩はこのアロンが許さん!」
ああ、これは前のテコ入れ回の展開か。全く同じベタな話でオレーの幹部サー・キラーとの決戦を行ったのだ。テコ入れの盛り上げ話、そう思えばいくらかは楽になる。
改めて沢田は息を整え相手との間合いを測る。
だが。
ボーシュの一撃は沢田の想定より疾く。アロンの銀の身体は城壁の端から端まで吹っ飛んだのである。
「噂のアロン、大したことはないわ! 獣人ども、任務に戻れば見逃してやってもよいぞ」
ボーシュは城壁から要塞の中庭を見下ろし品のない高笑いを上げる。
手を、足を止め互いの顔を見合う獣人たち。
だが城壁の瓦礫の中から銀色の男が立ち上がったのを見て喝采をあげたのである。
痛え。マジで痛え。
強化されていなければ死んでいた。
沢田は足元もおぼつかなく立ち上がると再び中将軍ボーシュを睨む。
奴が動かないのは動きをうかがっている……というよりもコチラを完全にナメているのだろう。あの力では無理もない。
「もうフラフラではないか! 見よ、貴様らが信じた宇宙剣士とやらはもう立つことですら精一杯だ!」
チクショウめ、悔しいがアロンの殺陣はやめだ。沢田はより実戦的な時代劇の殺陣スタイルをとり、腰を落とし剣を上段に構える。
兵士たちが固唾を呑む中、沢田とボーシュの斬り合いが始まったのである。
とはいえあの斧を受け止める力はない。ボーシュが一撃、二撃と斧を振る度に沢田は後退する。なんとか捌き、躱しているがそれもいつまでか。もうワイヤーもなく、ここにいるのは只の沢田丈弥。アロンの中の人、沢田なのである。
躱しているうちに足が滑り、みっともなくも尻餅をつく。剣だけはボーシュに向けるが下卑た笑みと視線は沢田を貫く。
沢田の背に、あのときと同じような、熱く冷たい汗が垂れた。
だがそのとき。
「アロン!」
要塞の中庭に凛とした少女の声が響く。
少女は城壁の上の二人の戦いに今にも泣きそうな叫びをあげた。
『待っててください、今そちらに……』
「来るな」
遠話の符に向けきっぱりと言う。
『ただのオッサンが格好つけないで! 死にますよ!』
「オッサンは失礼だな。俺は宇宙剣士アロンだぞ」
『お芝居でしょうが!』
「いや、ヒーローだ。……頼みがある。声援をくれ」
『声援?』
「声援だ。ヒーローはみんなの応援で奮い立つんだ」
セレスティアは涙を拭うと力を込めて城壁の上に向けて声を上げた。
「アローン! がんばれー!!」
それだよ。ドサ回りのヒーローショーを思い出す。
「アローン!! 負けるな!!」
セレスティアの声を聞き、何人かの獣人たちも声を張り出す。
「アロン!」
「アローン!」
「アーローン!!」
中庭はアロンを呼ぶ声に満ち溢れた。
「……いけるか」
沢田は呼吸を整え立ち上がり、ボーシュに向けて正対する。
「…………」
僅かにセレスティアに何かを囁くと、改めて剣を振り被った。
「まだ歯向かうか! 面白い、貴様は確かに勇者だ! 全力で潰してやる!」
「てやんでえ、俺がシンで貴様はカラミだ! 誰が主役か思い知らせてやる!」
と最後の力を込めて剣を振り抜く。
だがボーシュが斧を振り回す度に沢田は派手に吹き飛び、よろめく。
そして遂にボーシュは宇宙剣士アロンを城壁の際に追い詰めたのである。
「死ねぃ、宇宙剣士!」
渾身の斧の一振りはアロンを捉え、銀色の鎧に亀裂が入り、男は城壁の下へと落下する。
獣人たちは目をつぶり、あるいは叶わなかった反乱に絶望した。
のだが。
「チュウっ!」
城壁の下からアロンは再び跳び上がったのだ!
ボーシュの頭上に高く、高く位置を取り、遂に剣を、いやアロンブレードを光らせる!
「アロン・ダイナミック!!」
稲妻が走り、ボーシュを直撃する。
爆発と閃光が巻き起こり、中将軍ボーシュは気を失ったのである。
***
「サワダ!」
城壁に駆け上がった少女は満身創痍の銀色の男に飛びつき、その仮面を取る。
中からはアザだらけ、鼻血まみれ、でも満足そうな中年の顔が現れたのである。
「よく無事で……」
「無事とは言い難いな……。みんなの応援があったからさ」
からくりは当然ある。
声援の中、『跳び上がったら稲妻を呼べ』と囁いた。ついでにサーカス隊にもナパーム、ストロボ玉、すべて使い切れ、と。
ボーシュがコチラを舐めてかかってくれたのが幸運だった。最後の攻撃は派手に喰らうようにあえて演じ、トランポリンを仕込んだ位置に誘導したのだ。
おかげでこちらの体力はできる限り残し、最後の立ち回りに使うことができた。
「あのワイヤー、すげえな。ボーシュをしっかりと逃げられないくらい巻き取ってる」
沢田は地下牢に運ばれる気を失いぐるぐる巻きにされた中将軍に目をやると、やっと安堵したかのように息を吐いた。
「……? ……あっ! あっ来た! あだっ! ダルっ! ぬわ!! 腰、腰が!」
「強化の効果が切れましたね」
昇り来る朝日の中、二人は朗らかに笑い合ったのである。
***
しばしの休憩後、脱出した囚人たちを呼び戻してくる、と一週間分の疲れを抱えながら沢田は鋼鉄塞裏手の吊り橋に向かった。
「高いな……」
吊り橋を見ると先日の撮影を思い出す。そう、まだ数日のことなのだ。あちらでは俺を探しているだろうか。まさか異世界で本当に宇宙剣士になるとは思ってもいまい。
とおっかなびっくり吊り橋を進んでいくが、途中で足を止めた。
橋の反対側に黒い鎧の魔族が立っていたのである。
「現れたな、宇宙剣士アロン。待っていた」
「貴様は……?」
吊り橋が揺れる中相手を窺う沢田に、魔族は剣を掲げ答える。
「魔王親衛隊、闇騎士ブル。まさかボーシュを倒すとは、敵ながら見事であった」
「……」
「なに、全てみせてもらった。まさか『宇宙剣士アロン』、ハッタリでごまかす只の人間だったとはな」
ブルは吊り橋の縄を掴むと軽く揺らす。沢田はしっかりと縄にしがみつきながら揺れに耐える。
「お前さんもガッカリした口かい」
「いや私は感銘を受けたよ。虚構を守るために英雄を演じていたとは、お前こそ勇者にふさわしい」
「そりゃどうも。魔族に言われても嬉しくないがね」
沢田の背に滝のように冷や汗が滴る。こいつは間違いなくボーシュより格上だ。
「只の人間として斬り捨てるには惜しい。アロン、いや本当の名を聞いてもよいかな」
「……沢田。沢田丈弥」
「サワダ、か。我が名とともに必ず立派な墓を建ててやろう。さあ、戦いを始めようか」
吊り橋は風に鳴り、二人の足元を揺すぶった。眼下には霧深い渓谷が口を開け、落ちたら這い上がる術などない。縄網が軋む音だけが、剣を交える予期に応えていた。
「手を出すなら早くしろよ。こっちは腰が痛くて仕方ないんだ」
沢田はステンレスの剣を構えた。もう電飾は点かない。バッテリーもとうに切れ、鎧の亀裂から内部が覗いている。FRPの肩当ては剥がれ、膝のパッドは片方落ちたままだ。
ブルはゆっくりと歩を進める。吊り橋の揺れを全く意に介さない。
「哀れだな、サワダ。城烈児ならこの程度の橋、足場とすら思わぬだろうに」
「俺は〝沢田丈弥〟だよ。ヒーローじゃなくて、〝中の人〟さ」
ブルが一拍置いて笑った。嘲りではなく、真面目な笑みだった。
「そうだな。〝中の人〟。お前の強さはそこに在ったか」
刹那――――
甲高い金属音が谷間に反響した。
ブルの初太刀は斜め上から。沢田は剣の腹で受け止めつつ、重心を外側に逸らす。そのまま縄が軋み、体が斜めに傾く。反動を利用して後ろへ跳ぶつもりだったが、既に膝が軋み、踏ん張れない。
「悪いが──避け切れん!」
そう叫んだ瞬間には、ブルの剣先が右の肩当てを割り込んでいた。
「しまっ──」
火花と木屑が舞い散り、FRPの断片が空中を漂う。衝撃が腕を走り抜けた。痛みの代償に体が半回転し、視界がひっくり返る。倒れ込むところを吊り橋の縄にしがみつき、かろうじて支える。縄が皮膚を擦り、掌に焼けるような摩擦熱が走った。
「随分脆い鎧だな」
「電飾とメッキ込みで結構なお値段なんだがね」
冗談交じりに返すが、肺が喘ぎを拒否している。吸えば肋骨が疼く。
再び剣を交える。今度は互いに間合いを計らず、一歩ごとに接近していく。縄が絶えず軋む。
殺陣――――それは舞台芸術である以上に、安全に斬り合う美しさを追求する技術だ。だが沢田はいま、〝本当の殺陣〟を求められている。つまり相手の力を利用し、最小限の動作で回避・反撃を繰り返す。そうでなければこの吊り橋で立ってさえいられない。
ブルの二撃目。横薙ぎ。
沢田はしゃがまず、〝沈む〟。腹這いのように下半身を低く沈め、上腕で縄を掴んだまま滑るように避ける。頭上で空気を切る音。胸骨が軋む。同時に右脚でブルの脛を狙って蹴りを入れる。当たれば良い。牽制だけで良かった。しかし膝関節が硬直し、爪先がかすめた程度。ブルは小揺るぎもしない。
「貴様の技は……奇妙な美しさがあるな」
「殺陣師の誇りさ。お客さんにちゃんと見せてこそだ」
「ほう。つまり本業は役者か。その割には大したものだ!」
ブルは沢田の足を掴み背負い投げる。吊り橋は大きく揺れ、足元の板がばらりと奈落の底に落ちていく。
「要塞はくれてやる。ひとときの勝利を噛み締めておくがいい」
闇騎士ブルは笑いもせず沢田の次の動きを待つ。ボーシュとは違う、万全に叩き潰すため警戒しているのだ。
ヤツに油断は、ない。
足場はすでに崩壊寸前。体力も、集中力も、限界を超えていた。
(もう……あと一回くらいしか動けねえ……)
沢田は歯を食いしばり、低く笑った。
「こうなりゃ『吊り橋のサワ』の本領をみせるっきゃねえな。つきあってもらうぜブルさんよ」
身を低くした状態から、力を振り絞って跳び上がる。不安定な吊り橋の上で、二回転、三回転――蜘蛛のようにブルを周回しながら叫んだ。
「魔王軍キラー、サワダ!」
「今度は軽業師か? 何をするのか見せてもらおうか!」
やっぱり怖ぇ。
だがその恐怖は、もはや高さに対するものではなかった。
セレスティアが必死に手に入れた反撃の芽が潰される恐怖。
やっとわかり合えた獣人たちが、再び魔王軍の犬に戻される恐怖。
守りたいと思った者たちを、結局守りきれなかった自分の無力さへの恐怖。
「一緒に……行ってもらうぜ!」
闇騎士の一閃に縄を重ね、その胴体にしがみつく。
「なんと! ……見事なり!」
切れた縄とともに床板はバラバラになり、黒い鎧と銀色の残骸が絡まり合って、二人は霧の底へと落ちていった。
(ああ……最後まで付き合えなくてすまない、セレスティア……
魔族に……打ち勝ってくれ……)
***
沢田は病院のベッドで目を覚ました。
吊り橋の撮影時に落ちて担ぎ込まれたらしい。
何故か一週間は動き回ったような疲労が蓄積しているとかで、代役を入れしばらくはベッドの上で過ごす羽目になった。
妻玲子と娘の美咲にはだから危ないことはやめてくれ、と泣きじゃくられ、ずっと抱えていたというアロンの仮面を枕元に置きながら回復に努めていた。
夢ではない。
沢田は仮面の裏に貼られた遠話の符と、身体に溜まっていた疲労からあの体験が夢ではなかったことを信じたのである。
とはいえやはり異世界だからなのか、遠話の符に語りかけてみても返事はなく。
その間に沢田は現場復帰し、撮影は最終回を迎えたのである。
***
「嫁さんに泣かれたんだろ、やっぱり辞めるのか」
アクションの段取りを取りながら、諸石はできる限りそれとなく、気を遣うように言う。
「……異世界の勇者様になったからな。向こうが救われるまでは続けようと思っている」
「あの事故以来そんなこと言ってるけどヨ、……ハァ、まあ俺としてはサワが続けてくれるならいいや」
「すまん。妄想だとでも思ってくれ」
「ま、いいさ。さあ、最後まで気を抜くなよ! オレーの最後の日だ、気合入れて、安全も確認してけ!」
スタッフたちは一斉に走り出す。
すっかり信頼し合う仲となった城烈児役の若手とも段取りを確認し、沢田はアロンの仮面を被ったのだ。
『……サワダ、聞こえますかサワダ?』
? ……気の所為か。
『……サワダ? ……ああもう、聞きなさいオッサン!』
「誰がオッサンだ! って……セレスティア?」
声は仮面に貼られた符からはっきりと聞こえてくる。
「セレスティア! 元気だったか? みんなは?」
『戦いは続いていますが、獣人族と和睦したおかげでこちらが優位です。やっと異世界通信できる環境が整いました。ジンバ商会の協力で……まあ、私の手柄ですけどね!』
セレスティアの少し得意げな声の後ろから、すぐに別の声が割り込んでくる。
『大神官さま、そりゃひどい! 旦那、元気そうで何よりです! ジンバ商会、今日も頑張っておりますよ!』
急に騒ぎ出したアロンの仮面に、スタッフたちがざわめきながら集まってくる。皆が怪訝な顔で銀色の兜を見つめている。
「すまん、急に消えて……」
『フフン、異世界ビジョンで「宇宙剣士アロン」の役者欄にあなたの名前を見つけて、最初は心配しましたけど……まあ、相変わらずのオッサンぶりで安心しました。聞いてください! ジンバが劇場用の大型異世界ビジョンを調達しまして、週に一回、獣人たちと一緒に大画面で『宇宙剣士アロン鑑賞会』を開いているんです。鑑賞料はもちろん有料で、ちゃんと利益も出ていますよ?』
符の向こうから、獣人たちの「アローン!」「胸のエンジンに火をつけろー!」という野太い掛け声と、ちゃっかり「次回は特別割引だよ!」と客引きするジンバの声が混じって聞こえてくる。沢田は思わず笑みがこぼれた。
「そうか……よかった……本当に、よかった……。スガ、ちょっと来いよ。この子、異世界人だけどお前の大ファンなんだ」
「え? あ、ああ、うれしいな。セレスティアちゃん、だったかな。城烈児役のスガです」
一瞬の沈黙の後、符の向こうで甲高い声が爆発した。
『……え? あ、あああああ! 城、城様!? あ、あの、セレスティアです! 城様の大ファンで……あ、ああああああ! あの爽やかな声……本物……!』
セレスティアの動揺しきった様子に、沢田はニヤリと笑う。よく事態が飲み込めていないだろう諸石の肩を軽く叩き、グータッチを交わした。
(最終回のエンドクレジットに『スペシャルサンクス、聖王国の皆さま』とでも入れられないか、後で監督に相談してみるか……)
沢田は銀色の仮面をそっと撫でながら、心の中で呟いた。
さあ、胸のエンジンに火をつけよう。
おわり
***
おまけ(あるいはクリフハンガー)
「おーい、サワ!」
最終回の打ち上げもつかの間、監督が珍しく上機嫌でロッカー室に入ってきた。黒い革ジャンを着こなすイケメンを連れている。
「次の企画、決まったぞ。『宇宙剣士バディー』。アロンの後継者兼相棒役だ。詳細はまた後でな」
「で?」
「こちらそのバディー、新人の奮井邦彦くん」
背後に控えていた青年が、静かに一歩前に出た。
「奮井です。よろしくお願いします」
金色の短髪に、涼しげな目。細身なのに、服の上からでもわかる引き締まった体躯。モデルかと思ったが——違う。
(……こいつ)
沢田の背筋に、冷たいものが走った。握手を求められ、 掌を重ねた瞬間、指先に違和感が触れた。
古い、深く刻まれた刃物の傷。
こんなものが、二十代前半の新人俳優にあるはずがない。
「沢田さんには、ずいぶん前から憧れていました」
爽やかな笑顔。だがその奥の瞳は、冷たく、細く、蛇のように光っていた。
「サワでいいよ。みんなそう呼ぶ」
「では、サワさん」
奮井は柔らかく微笑みながら、わずかに声を落とした。
「僕のことは『ブル』と呼んでください」
——。
沢田の指先が、ほんの少しだけ強張った。
続く……?
はい、タイトル詐欺のオッサンが頑張る話でした。
ここまで読んでいただいた皆さまありがとうございます。




