いや〜んバカンス2 夏に弱い
第35話 いや〜んバカンス2 夏に弱い
――社長の夏は、だいたい負ける。
競馬場からの帰り道。
社長は、馬車の揺れに身を任せていた。
行きはあんなに輝いて見えた空が、今はただ眩しいだけだ。
手元には、しわくちゃになった帽子だけ。
理想の学校も、立派な教師陣も、すべて砂のように指の間からこぼれ落ちた。
「……グリーンシンボリー……。」
小さくつぶやく。
隣で経理課長と秘書が、気まずそうに座っている。
慰めるべきか。
叱るべきか。
笑うべきか。
結局、誰も何も言えなかった。
数日後。
工場では、ひそひそと噂が流れていた。
「社長、本当に夏に弱いよねわ。」
「また体調崩したらしいよ。」
「肩落として帰ってきたの見た? 研究失敗かな。」
誰も知らない。
あの完璧に見える社長が、全財産を一頭の馬に賭けて散ったなどとは。
従業員たちの目に映る社長は、
・次々と発明を成功させる研究者
・経営判断を誤らない有能な商人
・浮浪者や孤児を救う人格者
まさか、
「行けぇぇぇ!!」と絶叫していたとは思うまい。
山というものは、
一方向から見れば整った美しい姿だ。
だが反対側に回れば、崖もあれば、崩れた岩肌もある。
社長という山もまた、同じだった。
そして。
社長は案の定、夏バテで一週間寝込んだ。
部屋のカーテンは閉じられ、
机の上の設計図は手つかず。
「ほら見ろ、だから言ったのに。」
と経理課長は言いながら、氷枕を取り替える。
「次は海に行きましょうね……競馬じゃなくて」
と秘書は静かに水を差し出す。
社長は天井を見つめながら、弱々しく言った。
「……来年は、勝てる気がする。」
「やめてください。」
二人の声がぴたりと重なる。
そのやり取りを廊下で聞いた孤児たちは、くすくすと笑った。
完璧な社長。
でも、夏になると壊れる社長。
その不完全さが、
なぜか少しだけ、みんなを安心させていた。
こうして社長の夏は終わった。
理想も、野望も、馬券も散った夏。
だが。
また秋になれば、彼は何事もなかったように立ち上がるだろう。
それが――
マルペン商会の社長なのだから。
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「転生した宇宙移民船団の賢者」という作品考えたのですが、読んだ人が話が進むとスケールがでかくなる傾向があると言われて意気消沈した。




