いや〜んバカンス1 理想のための一戦
第34話 いや〜んバカンス1 理想のための一戦
夏の陽射しが、じりじりと競馬場を焼いていた。
社長は帽子を深くかぶり、汗をぬぐいながら馬券売り場に並んでいる。
最初は堅実だった。
単勝ではなく複勝。
大穴ではなく、実力馬。
小さく勝ち、小さく積み上げる。
焦らず、冷静に。
「……本当に増えてますね」
隣で帳簿をのぞき込む経理課長が、半ば呆れたように言った。
秘書も目を丸くする。
「社長、意外と堅実なんですね」
社長はふっと笑った。
「博打はな、勝つより負けないことが大事なんだ」
だがその視線は、レースではなくもっと遠くを見ていた。
――学校。
孤児たちのための学校を作りたい。
読み書き計算だけではない。
商売の基礎、技術、礼儀、誇り。
裕福な家の子は、教育を受ける。
だから選択肢がある。
貧困は、学ぶ機会を奪う。
そこだ。
そこが問題なんだ。
社長は拳を握る。
「理想だけじゃ、何も変わらん」
最後のレースが近づいていた。
ここまでで増やした資金。
手元には、当初の数倍の金がある。
経理課長が静かに言う。
「ここでやめれば、十分利益です」
秘書も続ける。
「学校は、少しずつでも作れます」
社長はゆっくり首を振った。
「立派な教師を呼ぶには、資金がいる。建物もいる。一気にやらんと意味がない」
馬がゲートに入る音が響く。
社長の目が、熱を帯びる。
「理想のための一戦は、ここにある」
「社長、やめましょう!」
経理課長の声が強くなる。
だが社長は、すべての資金を一枚の馬券に替えた。
「グリーンジンボリーだ」
秘書が青ざめる。
「大穴です……!」
スタートの鐘が鳴る。
歓声が爆発する。
社長は立ち上がり、拳を握りしめる。
「行けぇぇぇ!!」
最初は後方。
三コーナーで上がってくる。
一瞬、夢を見た。
差し切る。
いける。
いけるかもしれない。
直線。
前の馬が伸びる。
グリーンジンボリーは――止まった。
歓声は別の馬の名を叫んでいる。
社長の手から、馬券が落ちた。
風に舞い、足元で踏まれる。
静寂。
経理課長も秘書も、何も言えない。
社長はしばらく立ち尽くし、やがて小さく笑った。
「……そう簡単にはいかんか」
空は、どこまでも青い。
夏の陽射しだけが、無慈悲に照りつけていた。
その日、社長の理想は崩れた。
そして――
帰宅後、彼は夏バテで一週間寝込むことになる。
夢も、体力も、
希望も全て消え去った。
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「異世界引き籠もり」というのを趣味で書いていたら、なかなか面白いと言われた。
ただ、あまり感情移入する要素がないと指摘された。
確かにそうだけど〜、趣味で作った話だからこれで良いのだ!




