夏の休暇
33話 夏の休暇
「今年の夏は、会社を長期休暇にする。」
社長のその一言で、工場の空気が凍った。
静まり返った作業場。
かき混ぜるロウの音だけが、ポコ、ポコと響く。
あの社長が?
仕事を何よりも優先し、寝る間も惜しんで研究を続ける男が?
「し、社長……冗談ですよね?」
「冗談ではない。夏は休む。」
それだけ言って、社長は書類をまとめ始めた。
その姿はいつも通り落ち着いている。
だが、従業員たちはざわついた。
――研究が失敗したらしい。
――どこか体を壊したのでは?
――燃え尽きたのではないか?
噂は一日で町中に広がった。
だが真実は、もっと単純だった。
社長は、夏に弱い。
暑さにあたると食欲が落ち、動けなくなる。
毎年のことだ。
そしてもう一つ。
町外れで、草競馬が開催されるのだった。
社長は、無類のギャンブル好きである。
堅物、人格者、救済者――
そんな評価の裏で、彼の血は意外と騒ぎやすい。
休暇初日。
孤児たちはそれぞれの時間を過ごしていた。
貯金を増やすため自主的に働く者。
祭りや川遊びに繰り出す者。
帰る家がない彼らにとって、会社は生活の中心だ。
休みといっても、行く場所は限られている。
そのころ社長は、競馬場にいた。
土煙が舞い、歓声が轟く。
酒と汗の匂いが混じる空気。
社長は帽子を目深にかぶり、馬券を握りしめる。
「グリーンシンボリー行けぇぇぇ!!」
絶叫。
拳を振り上げる。
目は血走り、額には玉の汗。
普段の穏やかな社長の面影はない。
ただの、必死な賭け人だった。
周囲の男たちと肩を組み、怒鳴り、跳ねる。
もし従業員がこの姿を見たらどう思うだろう。
あれほど慕われ、尊敬される社長が。
狂ったように一頭の馬に叫んでいる姿を。
――仕事を取ったら何も残らない人。
そう噂されていたが、違った。
仕事を外した社長は、
ただの、どうしようもなく人間臭い男だった。
そして。
結果は――
ボロ負け。
社長は肩を落とし、しょんぼりと町へ戻った。
大金ではない。
だが、夢を賭けた一戦だった。
夕暮れの風が熱い。
「……やはり夏は苦手だ。」
屋敷へ戻るなり、社長は寝込んだ。
夏バテと失意で、一週間。
従業員たちは言う。
「社長、本当に夏に弱いよね。」
「研究失敗したのかな?」
誰も、競馬のことは知らない。
誰も、あの絶叫を知らない。
山は、一方向から見ただけでは形がわからない。
社長の夏は、静かに終わった。
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むかし子供の頃、自分も夏が苦手でした。
エアコンがないし、扇風機やうちわで何とかしましたよ。
あとは川の中に入ったりして。
今はエアコンないと過ごせなくなりましたね。




