芸術とは何だ?
第29話 芸術とは何だ?
芸術とは、よくわからないものだ。
たとえば フィンセント・ファン・ゴッホ。
生前ほとんど売れなかった画家。たしか一枚くらいは売れたのだったか。だが死後、彼の絵は信じられない値で取引される。
よい芸術なら、生きているうちに売れてもいいはずだ。
もっとも、あの病的な激しさは否めないが。
屋敷の廊下に掛けられた一枚の絵を見上げる。
街並みと夕陽。
空が青から橙へ、紫へと移ろうあの一瞬の色が、見事に閉じ込められている。
ああ、これは好きだ。
理屈ではない。直感だった。
食堂の壁に掛けた花瓶の花の絵もそうだ。色彩が豊かで、食事が少しだけ美味く感じる。だから買った。
それだけの理由だ。
だが執事が言う。
「旦那様も肖像画をお描きになってはいかがでしょう。他家は皆そうしております」
恥ずかしい。
自分の顔を壁に飾るなど、なんとも居心地が悪い。
だが結局、押し切られた。
芸術の手本といえば、ミロのヴィーナスや、ミケランジェロの彫像だという。
ローマやギリシアの古典美。
均整、理想、完成。
言われてみれば、なるほどと思わなくもない。
だが、やはりよくわからない。
ある日、元絵描きに尋ねてみた。
「芸術とは何だ?」
筆を動かしていた彼は、こちらを見て笑った。
「何をいきなり。あはは」
誤魔化された。
いや、本人もわからないのかもしれない。
「やりたい仕事はあるか?」
「ふーん。のんびり絵を描ければ、それでいいかな」
ふわふわしている。
掴みどころがない。
経理課長のように鋭くもなければ、ドクターのような覚悟も見えない。
やりにくい性格だ。
「描きためた絵を見せてくれ」
「喜んで!」
ぱっと顔が明るくなる。
並べられた絵を一枚ずつ見る。
派手さはない。
奇抜さもない。
だが、色が美しい。
それだけで、十分だった。
「屋敷には屋敷の絵を。工場には工場の絵を。店には湖畔の風景を飾ろう」
湖に映る花畑と山の絵は、店に似合う。
客は商品を見る前に、空気を見るのだ。
適当に値をつけた。
「これでどうだ」
「いいの? ありがとう」
言い値で売てくれた。
本当にそれでいいのか?
もっと高く売れるのではないか?
いや、本人が満足ならいいのか。
絵描きは鼻歌を歌いながら、次のキャンバスに向かっている。
やはり、よくわからない。
だが――
屋敷の廊下に差し込む夕陽が、あの絵と重なったとき、ふと思う。
もしかすると芸術とは、理解するものではなく、好きになるものなのかもしれない。
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アパートの壁がなんとなく寂しい。でも画鋲や釘は禁止。
そう言えば、WIFIの工事禁止とか今時ありえない。
TV全く見ないので、ネットくらい繋ぎたい。
仕方なくポケットWIFIにしてます。




