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第5話 その夜、夜会は戦場になった

 社交界から追い出された令嬢に、夜会の招待状など届くはずがない。

 ……そう思っていたが、金箔の縁取りの封筒が、机の上に置かれていた。


(来たな)


 差出人は――

 ヴァルデン伯爵家。


 俺が招待状を見せると、ユリウスは差出人の名に一瞬だけ目を走らせる。


「ヴァルデン伯爵家か。

 王家とも宰相府とも距離を取っている、中立派だ」


 淡々とした口調。

 評価というより、事実の整理。


「未亡人の伯爵夫人で、社交界では顔が利く。

 今回の招待は――

 我々の婚約の様子見だろう」


「なるほど……」


 俺は小さく頷きながら、胸の内で別の記憶を引きずり出す。


(日記には、何て書いてあったっけ)


 ――噂好きの未亡人。

 ――ドレスチェックが怖い。

 ――でも、敵には回したくない。


(……派閥とかあるのは、結局はどこも一緒か)


 俺は小さく息を整えてから、顔を上げた。


「あなたの言う通り、情報を集めますわ。

 被害を受けた令嬢たちの声も、噂の流れも

 ――それからあの男の行状も」


 ユリウスは机に置いていた書類から視線を上げる。

 氷のような瞳が、こちらを静かに捉えた。


「それでいい」


 短く言い切ってから、淡々と続ける。


「君が集めた情報は、すべてこちらで整理する。

 証言の信頼性、金銭の流れ、時系列――

 法的に使える形に落とし込むのは、俺の仕事だ」


 一拍。


「貴族院と王家への根回しも、俺がやる。

 宗教税との絡みで歪んでいる制度については、

 抜け穴を塞ぐ改革案を用意する」


 そこまで言って、ようやく視線が和らいだ……気がした。


「頼りにしていますよ、宰相閣下」


 俺は招待状を畳み、そっとテーブルに置いた。


 そこまで言って、ふと気づく。

 ユリウスは、今日も当然のように俺の部屋に顔を見せに来ている。

 王都でもっとも多忙なはずの男が、なぜか。


 理由は、すべて建前で説明できた。


 ――問題を起こした令嬢の監督。

 ――婚約者としての最低限の確認。


 どれも正しい。

 正しいが……頻度が、少しおかしい。


 俺は思わず、口に出していた。


「それにしても……宰相閣下。

 今日も私の部屋にいらっしゃいますね」


 わざとらしく首をかしげてみせる。


「お暇なんですか?」


 ユリウスが、一瞬だけ動きを止めた。


 氷の瞳が、わずかに揺れる。

 けれどすぐに、いつもの無表情に戻った。


「……俺が、暇に見えますか?」


 低く、静かな声。

 だがそこには、ほんの少しだけ挑戦的な響きが混じっている。


 俺はくすっと笑い、肩をすくめた。


「いいえ。

 むしろ忙しすぎて、私の顔を見に来る暇なんてないはずですわね?」


「……っ」


 ユリウスが、珍しく言葉に詰まる。

 そして口を開いた。


「……君の部屋に来るのが不自然だと?」


 ユリウスはわずかに視線を逸らし、低く続けた。


「婚約者なのだから、当然だろう」


 ほんの一瞬だけ――

 耳朶が、赤く染まったように見えた。


(……は?)

(照れてる?)

(いや、俺も)

(こいつが赤くなって、何にやけてんだ)


 内心でそう突っ込みながら、俺は必死に表情を保った。


***


 夜会の準備は、静かに進んでいた。


 背後で、若いメイドがドレスの背を整えている。

 布が擦れる音が、やけに大きく聞こえた。


「……驚きました。夜会に出られるほど回復されるなんて」


(こいつ、目を覚ましたとき――残念そうだった)

(しかも、ハインリヒと……)


 ふと、思いつく。


(俺が転生する前、リーゼロッテは毒を飲んだって言ってたな)

(もしかして、自殺じゃなかったとしたら?)

(カマをかけてみるか)


 俺は鏡に映る自分を眺めたまま、ゆっくり口を開いた。


「驚きました?

 残念でした、じゃなくて?」


 一拍、置いてから。


「毒が、思ったほど効かなかったとか」


 背後で、ドレスの紐を引く手が、ぴくりと止まる。

 布が擦れる音が、一瞬、途切れた。


 俺は、鏡越しにほんのわずか微笑みかける。

 メイドの顔が、見る間に青くなった。


 頰が強張り、瞳が泳ぐ。

 息を詰めるような、かすかな音。


 ――十分だ。


 俺はくすっと小さく笑い、視線を鏡に戻す。


「冗談よ。

 綺麗に仕上げてくれて、ありがとう」


***


 俺は、招かれた時間より少し早めに、ヴァルデン伯爵夫人の邸を訪ねた。


 夜会の準備で、屋敷の中は慌ただしい。

 それでも、名を告げるとすぐに通された。


「まあ……リーゼロッテ嬢。

 お早いお着きですわね。

 何か、御用が?」


 応接間に現れたヴァルデン伯爵夫人は、

 扇子を手に、ゆったりと微笑んだ。


 四十を越えているはずだが、その美貌に衰えは感じさせない。

 その視線が、俺のドレスをなぞる。

 縫製、色、立ち姿。

 遠慮のない――ドレスチェック。


「金色……大胆な色ね。

 今日は隠れる夜ではないものね」


「ええ。

 隠れるつもりは、ありませんわ」


 俺がそう答えると、夫人は楽しげに目を細めた。


「噂では、大変だったとか。

 婚約破棄に、自殺未遂……

 今度は宰相閣下、ですって?」


 探るような声。

 けれど、決めつけはない。


「過去は色々ありましたけれど。

 夫人とはこれからの話がしたいと思っておりますわ」


 俺は、微笑んだまま続ける。


「今日は――夫人にお願いがあって参りましたの」


 扇子が、ぴたりと止まった。

 その目が、好奇心で光る。


「……なにかしら?」


 俺は夫人の耳元で囁いた。


 夫人は、しばらく俺を見つめていた。

 値踏みでも、好奇でもない。


 ――計算。


 そして、小さく息を吐いた。


「……私も、持参金では苦労しましたの」


 それだけ言って、扇子を閉じる。

 微笑みはある。

 けれど、その目は笑っていなかった。


「いいでしょう。

 集めましょう。

 どうせ、夜会ですもの。

 派手にやりましょう」


 夫人の目が、初めて本気の輝きを帯びた。

 俺は、心の中で小さく拳を握った。


 ――これは、面白い夜会になりそうだ。


(ハインリヒ、お前の甘ったるい仮面を、剥がしてやる)

普段はBLを書いていますが、今回はNL(TS要素あり)に挑戦しています。

少しでも楽しんでいただけたら、本作はネトコン14応募作品ですので、ブクマや★で応援していただけると励みになります!

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