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第20話 俺は捕まり、証拠は外に出た

 階段は、予想以上に深かった。

 石段の端が湿り気を帯び、足音が反響するたび、背筋がぞくりとする。

 蝋燭の灯りは頼りなく、壁に長い影を落としていた。


 先頭を歩くのはセイン。

 女装の裾を軽くたくし上げ、足音を殺す仕草さえ優雅だ。


「……本当にここが、聖具庫の下?」


 小声で尋ねると、セインは振り返らずに頷いた。


「一番奥の扉。

 鍵はさっきのと同じ。簡単ですよ」


 階段の最下段に、鉄の扉があった。

 錆びた取っ手。

 重厚な鍵穴。


 セインはいつものように針金を差し込み、数秒。


 ――かちり。


 扉が、ゆっくりと開く。


 中は、予想以上に狭かった。

 棚が二列。

 その間に、革表紙の分厚い帳簿がぎっしりと並んでいる。


「……本物、ですね」


 セインが息を呑む。


 俺も、胸の鼓動が速くなるのを感じた。

 簡略帳簿とは明らかに違う。

 紙の質、インクの色、綴じ糸の太さ。

 すべてが「本気」で使われている証拠だった。


 俺は一番手前の棚に手を伸ばし、一冊を抜き取る。

 表紙には、教会の紋章。

 その下に小さな文字。


《保護対象者 本帳 第十七期》


 ページをめくる手が、わずかに震える。


・保護対象者番号

・氏名

・年齢

・出自

・斡旋先(貴族名・家名)

・仲介料 金貨〇〇枚

・受領日

・署名


「……これ」


 声が、かすれた。


 金額の横に、確かに教会の印が押されている。

 日付は、つい最近のものもあった。


 エルミーネの名前を探す。

 指でページをなぞる。


 ――あった。


 エルミーネ・ル・ヴァレン

 年齢十四

 斡旋先:クロード伯爵家

 仲介料:金貨三百枚


 三百枚。

 侯爵家の令嬢である俺でも、軽く扱える額ではない。


「……本当だった」


 セインが隣で、低く呟く。


「これが、証拠です。

 もう、言い逃れはできない」


 俺は頷き、次のページをめくろうとした。

 その瞬間。


 遠くから、複数の足音。


「――誰かいる!」


 シスターの声。

 続いて、金属の擦れる音。

 剣か、警棒か。


 セインの顔色が変わる。


「……見つかった」


「どうして……!」


「巡回が早まったか、

 それとも、さっきの管理室で何か痕跡を……」


 考える暇もない。

 足音が、階段を下りてくる。

 灯りが、壁に揺らめく。


 セインが、俺の腕を強く掴んだ。


「逃げます。

 今なら、まだ――」


「待って」


 俺はセインの手を振りほどいた。


「あなたは、行って」


「……は?」


「あなたは閣下の側近。

 ここで捕まったら、閣下に累が及ぶ」


 セインの瞳が、大きく見開かれる。


「ふざけるな。

 あなたこそ――」


「セイン」


 俺は、静かに、でも強く言った。


「お願い。

 この帳簿を、閣下に届けて。

 私が……ここに残るから」


 セインは、一瞬だけ唇を噛んだ。

 その表情は、初めて見るものだった。


 迷い。

 怒り。

 そして、何か――痛みに近い感情。


「……馬鹿か、あなた」


「馬鹿でいい」


 俺は、帳簿を胸に強く抱きしめた。


「行って。

 早く」


 足音が、すぐそこまで来ている。


 セインは、ほんの一秒だけ俺を睨んだ。


 そして、吐き捨てるように言った。


「……絶対、生きて帰れよ」


 その言葉に、胸が熱くなった。


 セインは振り返らずに、階段の反対側の暗がりへ消えた。

 女装の裾が、影に溶ける。


 俺は、一人残った。


 次の瞬間、扉が勢いよく開かれる。


 三人のシスター。

 手に持っているのは、長い警棒。


「――不審者!」

「動くな!」

「誰!?」


 俺は、抵抗しなかった。

 ただ、帳簿を背中に隠すように、両手をゆっくり上げる。


「……私は、エリナ・ロッサ」


 名前を告げると、シスターたちの動きが一瞬止まる。


「新人?」

「何故ここに」


 俺は、静かに答えた。


「調べに来ました。

 この保護院で、何が行われているのかを」


 シスターの一人が、顔を歪めた。


「……連行するわ。上層部に報告を」


 腕を掴まれ、引きずられるようにして廊下へ出される。

 冷たい石の床。

 手首に食い込む縄。


 痛みよりも、胸の奥の焦りが強い。


(セイン、無事でいて)

(帳簿を、閣下に……)


 地下室の奥、鉄格子のついた小さな部屋に押し込まれた。

 扉が、閉まる音。

 鍵がかかる。


 暗闇の中で、俺は壁に背を預け、ゆっくり息を吐いた。


「……終わった、わけじゃない」


 まだ、終わっていない。

 帳簿はセインが持って行った。

 証拠は、外へ出た。

普段はBLを書いていますが、今回はNL(TS要素あり)に挑戦しています。

少しでも楽しんでいただけたら、本作はネトコン14応募作品ですので、ブクマや★で応援していただけると励みになります!

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