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第2話 恋愛はしない契約結婚のはずだったのに、初日でキスされました

「……そう警戒した目をしないでください」


 低く、静かな声だった。


「俺は、まだ何もしていませんよ」


 そう言いながら、視線ははっきりとこちらを射抜いてくる。

 まるで、俺が心の中で「利用する」と決めたことまで、見透かしているかのように。


(……まだってなんだよ)

(これから利用する気、満々じゃねーか)


 胸の奥が、ひやりとする。


「あなたには、本音の方が早そうです」


 そう言うユリウスの表情に、一抹の甘さもなかった。

 俺は、小さく頷く。


「まずは聞きたい。

 俺との婚約は、何がご不満だったのですか。

 ――平民出身だから、ですか?」


「それは……」


 言葉に詰まる。

 そんな理由、俺が知っているはずがない。

 それでも、わかっている。

 こういう場面では、答えるより先に、問い返す方がいい。


「……じゃあ、お前はどうなんだ。

 どうして、俺……私と結婚したい?」


 ユリウスが、眉を上げる。


「正直申し上げると、俺もあなた自身に興味はありません。

 必要なのは、あなたの地位だけです」


(……ずいぶん、はっきり言う)

(まあ、その方が話が早い)


「なぜ……私の地位が必要なんだ」


 思ったより長い沈黙が落ちる。

 まるで、俺を探るような目。

 そして、ユリウスは小さくため息をついた。


「……この国を、正すためです」


「マジで?」


 自分でも驚くほど、素の声が出た。


「……あなたが、俺の話に興味を示したのは、初めてですね」


「そりゃ、結婚するって言われたら、どんな奴かくらい知りたいだろ」


 ユリウスは、今度ははっきりと俺を見た。

 探るような目。

 本音を量る視線。


 俺は、逸らさずに見返す。


 しばらくして、彼は小さく息を整え、口を開いた。


「……貴族であるあなたの前で言うのも、失礼ですが」


 そう前置きしてから、ユリウスは一気に言葉を重ねた。


「この国は、形ばかりが残って、中身が腐っている」


 ユリウスは淡々と続けた。


「血筋、形式、慣習……それらが、判断を歪める。

 その結果、誰も責任を取らない方が得になる仕組みになっている」


 視線がようやくこちらに向く。


「だから、変える」


「……えらいな」


 思わず、そう口にしていた。

 俺は変えなかった。


 流されて、ここまで来た。


 ――前世で、正論をぶつけた先輩がいた。

 上層部に楯突いた結果、理不尽な異動を食らい、追い詰められて自殺した。

 俺はその横で、黙って見てた。

 「正しいこと言っても、潰されるだけだ」と学んで、それ以来、波風立てないことを選んだ。


 ……だから今、こいつの言葉が、胸に刺さる。

 変えることがどれだけエネルギーがいるか、俺は知っている。


 でもこいつ――戦うつもりでいる。


 ユリウスは、一瞬だけ意外そうな顔をした。


「英雄気取りではありません……ただの私怨です」


 はっきりと、言い切る。

 そして、ほんの一瞬だけ、視線を逸らした。


「……珍しく、話しすぎました」


 淡々とした声。

 反省でも照れでもない。

 ただの事実確認。


「では、結論に戻りましょう」


 彼は机の上の書類を、指先で軽く叩いた。


「あなたが署名しない場合――婚約は破棄されます」


(まあ、そうなるよな)


「同時に、『自殺未遂を起こした問題貴族令嬢』として、後見を王家が引き取ります」


(……ん? 雲行きが……)


「名目は療養。実態は、隔離です」


 感情のない説明。


「発言権は剥奪。

 社交界からは事実上の追放。

 爵位は保持されますが、使い道はありません」


(……完全に詰んでる)

(……こいつ、だから俺に本心を見せたのか)


「選択肢は二つです」


 初めて、真正面からこちらを見る。


「静かに消えるか――私の妻になるか」


「……私の家族はなんて?」


「二つ返事で了承いただきました」


(外堀どころか、城ごと埋めてきてるだろ、これ)


 少し考えてから、俺は言った。


「……わかった。協力する。署名するよ」


「どのみち選択の余地はなさそうだけど。

 変えるっていうの――正直、いいと思った。

 だから協力する」


 ユリウスの表情が変わる。


「……誤解していました」


 低く、ユリウスが呟いた。

 その目から、先ほどまでの計算だけの光が消えていた。


「君は、ただの遊び好きな悪女だと思っていた。

 地位と権力にしか興味がなく、恋愛という名の取引を望む女だと」


 彼の瞳が、まっすぐこちらを捉える。


(……待て)

(この目、なんかおかしい)


 距離は変わっていない。

 触れられてもいない。


 なのに。


 心臓が、急にうるさくなる。


(……は?)


 身体が熱い。

 頬が、勝手に火照る。


(ちょ、本当にこの身体……)

(惚れた? ちょろすぎるぞ!?)


「だが……違った」


 ユリウスは、ほんの一拍だけ言葉を切った。


「君は少なくとも――私に媚びるために、ここに立ってはいない」


 それだけ。

 それだけのはずなのに。

 胸の奥が、きゅっと締まる。


(……やめろ)

(この身体、ほんとに厄介だ)


 気づけば、距離がわずかに縮んでいた。

 息が、近い。


 理性が警鐘を鳴らす前に、

 身体が先に反応する。


(まずい……)


 ユリウスが、ほんの少し身を傾けた。

 距離が、さらに縮まる。

 彼の睫毛が、はっきり見えるほどに。


 呼吸が、重なりそうで。


 ――来る。


 そう思った瞬間、反射的に声が出た。


「――待て! 恋愛はなしだ!」


 一瞬の沈黙。


 ユリウスは、ぴたりと動きを止め、

 すぐに一歩、距離を取った。


「……なぜ?」


「お前が言ったんだろ、私の地位が必要だって。

 署名はする。協力はする。だけど、恋愛はなしだ」


「……なるほど」


 低く、落ち着いた声。

 ユリウスは完全に距離を戻し、視線を落とした。


 一瞬の静寂。


 彼は小さく息を吐き、ゆっくりとこちらを見上げる。


「……自分で言った言葉、後悔しそうです」


 言葉の端に、ほんのわずかな苦笑。

 次の瞬間、ユリウスは身を屈め、俺の唇に――軽く、しかし確実に、唇を重ねた。


 それは、触れるだけの、羽のように柔らかく、でも熱いキスだった。


(……!?)


 息が止まる。

 心臓が、喉元まで跳ね上がる。

 唇に残る、微かな感触。

 甘い痺れが、頭まで駆け上がる。


 ユリウウスはすぐに離れ、氷のような表情に戻る。


「でも、あなたがそう言うなら……待つのはやぶさかではありません」


 淡々とした声で、それだけ言い残して、彼は踵を返した。

 足音が遠ざかる。


 扉が静かに閉まる。


 部屋に残されたのは、俺だけ。


「……お、俺の」


 声にならない声が漏れる。


(ファーストキスが……?)

(男に!?)


 唇に残る熱。

 微かな湿り気と、彼の匂いが、まだ消えない。


(しかも)

(なんで……どきどきしてんだよ)


 ……気持ち悪いはずなのに。


 男相手にキスされて、こんなに胸がうるさくなるなんて。

 なのに今、唇が熱くて、耳まで熱くて、膝が震えてる。


(勘弁してくれ)

(この身体……マジでバグってる)


 枕に背を預け、深く息を吐く。


「……やばいな、これ」


 胸の奥で、まだ、何かがざわついていた。


(この熱が消えそうにない)

(次に会ったら……俺、どうなるんだ?)

普段はBLを書いていますが、今回はNL(TS要素あり)に挑戦しています。

少しでも楽しんでいただけたら、本作はネトコン14応募作品ですので、ブクマや★で応援していただけると励みになります!

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