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殻裡  作者: 綾高 礼


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8/18

第8話


 16


 五歳の頃、父親の仕事の都合で神戸市にあるマンションへ引っ越しすることになった。

 神戸は天王寺と違って人の流れが穏やかで、海の匂いが漂ってくる街だった。おじいちゃんとおばあちゃんの家も随分と近くなり、徒歩で行けるようになった。


 私の住むことになったマンションは、特別豪華な訳ではなく九階建ての何処にでもある集団住宅であった。その五階に住むことになり、2LDKのリビングからは大橋が一望できた。夜になると必ずライトアップされて、海を大橋の光が反射している様は幻想的な美しさであった。


 私は幼稚園に転入した。仲の良い友達も数人だけ出来たが、それはだいたい母親の仲の良い婦人たちのちびだった。

 私は二十代後半の肥満気味の女先生にとても気に入られていた。そのことについて、私は無性に恥ずかしさを覚えていた。


 17


 クリスマスの時のこと。

 この頃の私は、クリスマスの日が人生で一番好きだった。

 雪。真っ赤なお鼻。トナカイ。クリスマスツリーの上に付いている星。チョコケーキ。サンタクロース。プレゼント。


 この全てが私を高揚させた。母親と店に行くとクリスマスの装飾や音楽が流れているのも嬉しかった。誰かの一軒家がピカピカに電飾で光っているのが嬉しかった。

 幼稚園ではサンタクロースがやってきて私たちにお菓子を沢山くれた。雪が降った時は、泣き叫ぶほど喜んだ。


 私がくしゃみをしていたら、母親がマフラーを首にチャンと巻いてくれた。クリスマスの夜が二日もあるなんて知らかったけど、十二月一日から毎日サンタクロースに手紙を書いて枕元に置いて眠った。


 クリスマスの日は母親とケーキを一緒に作って、折り紙で部屋を飾って父親の帰りを待っていた。帰ってきたのは父親ではなくサンタクロースだった。


 私は怖くて母親の陰に隠れたが、よおく見るとサンタクロースは幼稚園で見たサンタクロースと同じような体系と声をしていた。

 私が「父ちゃん」と聞くとサンタクロースは白い口髭をなぞって首を振った。「良い子ですか」とサンタクロースが言ったので私は「うん」と言ったらお菓子をくれた。


 サンタクロースは私の頭を撫でて「外でトナカイが待っている」と言って三分で帰った。五分後には父親が帰ってきて一緒にチキンとケーキを食べた。


 翌日、トーマス弐号機が枕元に置いてあった。最新のトーマスはピカピカで格好良かった。私は「しゅぽおおおおおおおお」と喉が枯れるまで叫んだ。そういえば一号機のトーマスはいつの間にかいなくなっていた。


 18


 雨の日。幼稚園で外遊びが無くなり、園内で遊ぶ時間に、私は床に寝転がっていた。何をするでもなくただボーっとしていた。特に嫌な気持ちになった訳でもなく、窓から見える灰色の雲を眺めていた。すると何処かの教室からピアノの音と男女混合の元気な声が聞こえてきた。

 私は目をつぶって、その音に耳を澄ませていた。


 あめあめ ふれふれ かあさんが 

 じゃのめで おむかえ うれしいな

 ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン


『ケンくんそんな所で寝とらんとはよぉこっちおいでぇ。皆と一緒に七夕のお願い書こぉ』


 まだ先生になったばかりの二十代前半の綺麗なよしこ先生が、甘ったるい声で私を呼んだ。よしこ先生は皆からも人気だった。


 私はそっぽを向いてその呼びかけを無視した。暫くして私は一度皆のいる方へ寝返りをうった。ちびながらも目を薄めに開いて、さも今まで寝ていた風な体裁を演じ、周囲を見渡した。大方の集団が一塊になって七夕のお願いを短冊に書いていた。


 ふと違う方向で、私と同じように寝転がっている男のちびを見つけた。あ、あれはハナミズちゃんだ! 私は彼のことをハナミズちゃんと呼んでいた。理由は安易なもので年がら年中、鼻から鼻水を垂らしているからだ。


 何やらハナミズちゃんの動きが先から奇妙だった。ツイ、ツイと足の裏を器用に滑らせて寝転びながら床を自由に動き回っていたのだ。


 ツイ、ツイー、ツイツイ、ツイーと小回りと大回りを自在に操り、けして身体を床から離さない彼の揺るぎない姿勢には驚かされた。だが彼の優雅で華麗な動きが時々止まることに私は気づいた。


 何故だろうと思って観察を続けていると、そこにはある不思議な法則性があったのだ。ハナミズちゃんが移動し、止まる場所には必ずと言っていいほどあの『よしこ先生』がいるのだ。若くて綺麗で、女で、皆の人気者の。


 そして私はハナミズちゃんの行動を完全に理解した時、驚愕した。

 彼はよしこ先生のスカートの中のパンツを必死になって覗き込もうとしていたのだ!


 私はハナミズちゃんの行動にドキドキした! 


 なんてチャレンジ精神を持っているのだろう! 


 まさに目から鱗であった。彼はその行為がよしこ先生にばれた時、そのまま寝たふりでも装うのだろうか。だから少し目を薄めて開いたり、突然止まって死んだフリをしているのだろうか。


 そもそもよしこ先生のスカートの丈は、脹脛くらいまであって、覗き込もうとするには股座から覗き込まなくてはいけない。作戦成功の確率は、ほぼ不可能に近いのだ。なのに……それなのに……彼は年の離れた、若かくて綺麗で、女で、皆の人気者の。


 パンツをこの眼に焼き付けたいばかりに、床にへばりついて離れないのか!


 ああ、それに比べて私は……。全く。何の為に床にへばりついているのだろう。そう思うと虚しくなって翻り、また窓の灰色の雲を眺めることにした。


 ぼくなら いいんだ かあさんの

 おおきな じゃのめに はいってく

 ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン

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