第2話
3
(小さな団地前にある公園にて。ケンジ、夏羽がベンチに腰掛けている。夏羽の腕には、生後七か月の進化前が目を瞑っている)
夏羽・ケンジは?
ケンジ・……。冬に匂いなんかあるか?
夏羽・あるやん。春も夏も秋もあるやろ? ああ、もう春の匂いやなあみたいな。
ケンジ・いやないやろ。
夏羽・は、あるし。え、噓やろ? ケンジ、冗談やんな?
ケンジ・何がおもろくてこんな冗談言わなあかんねん。
夏羽・噓やろ……考えられんわ……えっちゃんこの人やばいわ。
進化前・……。
夏羽・まぁええわ。ほな好きな季節なに?
ケンジ・春かな……秋でもええけど。やっぱ春かな……秋やったら寒なっていく感じが嫌やわ。
夏羽・噓……夏羽は断然冬やわ。暑いのだけはほんま無理。あ、今夏羽の癖にとか思ったやろ。知ってんで。
ケンジ・いや、別に。
夏羽・絶対思てたやろ。知ってんで。
ケンジ・いやほんまにそんな、なんも思ってへんけど。
夏羽・ふうん。ケンジって暑いの耐えられるん?
ケンジ・いやまぁ嫌やけど、寒かったら指とか動かんなるし、動くのも面倒くさなるやろ。それがだるいわ。
夏羽・いやいや暑いのも同じやろ。まあ指動かんとかはならんけど、冷房の部屋から出た時のムワッとするあれ、ほんまめっちゃ嫌やわ。肌も汗でベタベタするし、虫もようけ出てくるし、匂いもなんか好きになれんな。
ケンジ・あのさ、さっきから言ってる匂いって結局何なん? いい匂い、それとも臭いん?
夏羽・うーん、なんかようわからんねんけど、あるやん。うわっ、もう夏の匂いや。最悪やわーみたいな。
ケンジ・なるほど。
夏羽・絶対分かってないやろ。知ってんで。
ケンジ・いやなんか段々分からんくもないかなあ思てきて。
夏羽・ほんまにぃ。じゃあ冬ってどんな匂いや思う?
ケンジ・分かりかけたのさっきやから、今年の冬なってみな分からんわ。
夏羽・ほんじゃあ今は。
ケンジ・なんか、草の匂いとかするな。
夏羽・ちゃうちゃう、それただ公園の匂いやろ。やっぱケンジなんも分かってへんわ。
4
彼女は少し吹き出しそうに頬を緩めて、私を探るような目つきでなめまわしている。
生涯このような言葉を私に言った人は、彼女しか知らない。思えば彼女と出会ったのは14歳の頃で。カケルの住むマンションの駐輪場だった。
「おい、夏羽。紹介するわ。俺のツレのケンジ」
「よろしく。ケンジのことはカケルからちょくちょく聞いてるで」
「ああ、そうなんや。まあ……よろしく」
隣の中学に通う夏羽は、どちらかというとそんなに可愛い方ではなかった。目つきは狸のように切れ長で、あとは女の身体をしていて、これといった特徴も他にないカケルの第8号目の彼女だった。夏羽はピアニッシモを吸っていた。確かにこれも女みたいだった。
「ケンジA子は?」
カケルがマイルドセブンの八ミリを口に加えながら私に言った。
「今日は別に会う約束してへんけど」
「呼ばへんの? せっかくやから四人でどっか行って遊ぼかな思てんけど」
「いや、今日はええやろ」
「なになに、喧嘩でもしてんの」
夏羽は結構馴れ馴れしく喋ってくるタイプだった。私は赤のマルボロに火をつけて、一口長めに吸って、吐いて、それから答えた。
「喧嘩なんかしてへんけど。普通に会いたくない日もあるやろ」
「えー夏羽は結構毎日会いたい人やけど。なー」
夏羽はカケルに媚びるような言い方をした。カケルは白煙をくゆらせて、じりじりと燃える火先を眩しそうに目を細めながら、少しはにかんで頷いた。
その日は公園に行って、カケルの家に常備されているボロボロのサッカーボールを使って、三人でインサをして遊んだ。




