自転車舞踏会
家に帰ると、ポストに黒い封筒が詰め込まれていた。
宛名も差出人もない。それでも胸がざわつく。
《自転車舞踏会 本日零時 廃倉庫へ》
ただ一言。説明は不要だった。
僕はBMXを手に、夜の街へ漕ぎ出した。
廃倉庫は、闇の奥で脈打っていた。
いつもは静かな死角なのに、今夜だけは光と音が外へ溢れている。
扉を開けば、ネオンとスモークが渦を巻き、ベースの鼓動が胸板の内側を叩く。
ここは別世界。
入口の黒装束のスタッフが仮面を差し出す。
「規則です」
僕は無言で仮面を装着した。
視界がわずかに暗くなり、代わりに心臓が騒ぎ始める。
中では仮面のライダー達がステップを刻んでいた。
ペダルはリズム、チェーンは旋律。
ハングファイブが片足の舞。
バースピンが優雅な回転。
ここでは、自転車こそがドレスであり翼だった。
深呼吸。
僕はテールウィップを放つ。
光を切り裂く弧が描けた瞬間、視線が吸い寄せられた。
ステージの中心。
宙から舞い降りたかのような舞姫。
純白の仮面は涙のような紋様で覆われ、ライトの反射が星座みたいに瞬いていた。
バースピンひとつで、重力の都合すら無視してしまう。
舞姫は僕を見た。
声もなく、値踏みするように。
その瞳の奥が、「追いつけるの?」と問いかけていた。
滑り込んできた彼女が小さく囁く。
「合わせて」
命令にも、合図にも取れる。
僕は全身で肯いた。
加速。
宙へ。
僕はテールウィップ。彼女はバースピン。
夜風が二つの軌跡を絡わせ、ふれそうで、決して触れない距離で、影が交差して光になった。
着地。
完璧。
倉庫全体が震え、光が脈打つ。
さらに挑む。
ダブルペグでレールを滑り、彼女が外側から寄り添うようにラインを合わせる。
仮面の奥の視線が僕を射抜く。
「選ばれたのなら、見せてみなさい」
そう言っている気がした。
気づけば夜明けの気配。
音も光も、魔法が解けるように薄れていく。
舞姫の姿を探すが、どこにもいない。
代わりにスタッフが、無言でカードを差し出す。
《次の舞踏会で、また会おう》
外の空気は少し冷たい。
けれど鼓動はまだ踊り続けていた。
僕は仮面を握りしめ、笑う。
次は、もっと高く。
次は、僕がダンスに誘うんだ。




