1話/異質な転校生
かつてよくみかけた王道学園ものです。
この世界に似たどこかの世界線の全寮制男子校の話。
ゴールデンウィークも過ぎて日の光が暖かくなってきたころ、首都から少し離れた山道を青年は一人でのんびりと歩いていた。
一歩一歩足を進めるごとに、めんどくさそうに後ろでちょこんと一つに結ばれた髪の毛が揺れる。
ついこの間まで金に近い茶色だった髪が、今は黒く染められて好き放題伸ばし放題で青年の顔の周りを歩みに合わせて跳ね回って青年の顔はわかりづらい。
――青年の名前は飯島夏樹。
シンプルなオーバルのチタンフレームの奥に光る目は半開きで、やる気というものが一切感じられないし光もない。
受け取ったばかりの黒いブレザーの制服を着崩して両ポケットにめんどくさそうに手をつっこみ、かかとを半ば擦るようにして歩く姿は、心底ダルそうなのにそれでもどこか楽しそうで。
雲がひとつもないほど綺麗に晴れた青空を満足げに眺めながら、山道にしては綺麗に舗装されたアスファルトの道を歩いていた。
「んあ…あれ、か?」
眼鏡のフレーム越しに、お目当てのものらしい建物がみつかったらしく、歩みを止めることなく目を凝らす。
実は建物は先ほどから見えていたのだが、入り口らしきものがこれといってみえないのでこの建物じゃないのかも、思い始めていたところだった。
なんたって、自分の探してる建物にしてはあまりにもでか過ぎるから。
「あー…これ…っぽ、い。あそこか」
だるそうにポケットから片方の手を出して遮光して目をこらすと木々の中に白い2本の柱と黒鋼の門が見えてきた。
男にしては白い手をまたスラックスのポケットに戻すと、彼は全然違う方向にある青葉の桜の木なんかをまぶしそうに眺めながら門に向かっていった。
――私立王城学園。明日から夏樹の学び舎となる高校。
…全寮制の男子校、だ。
「すいませーん」
とりあえず門が開きそうな気配が無いのでインターホンを押してみる。
「ガガ…はい。ご用件をお伺いいたします」
「あー、今日転入予定の飯島なんスけど」
「はい、飯島様でいらっしゃいますね。ただいま門をお開けいたします。まっすぐ行って事務室までお越しください」
「うぃーす」
ゴゴゴ。
インターホンから通信が切れたらしいフツ、という音が聞こえるのと同時にどこかでギィンギィンという音を響かせながら、それでも静かに門は開いた。
門の右端にある表札には確かに「王城学園」と漢字と英語で書いてある大きな石が置かれている。
「なんていうか、やっぱり…なのね」
この建物が視界に入ってきた時から少し嫌な予感はしていた。
――だって自分の探してるものにはデカすぎるから。――
そう、飯島夏樹は本日転入するはずの学校を探していたのだ。
だが、目の前に聳える巨大な門は、おおよそ「学校」という名には相応しくないもので…。
「んだこれ。貴族のお館かっつーの。」
遥か遠くに聳える本館らしき白亜の建物。
その左右にいくつかの別棟らしきものも見えるが、遠目でも解るその豪華な装飾は夏樹の頭の中にある「学校」のテンプレとはまるでかみ合わないものだった。
豪華な女神様が模られた噴水にちょっとひきながら綺麗に敷き詰められたレンガの道をあるいて行く。
レンガ道に沿うように花びらをほころばせる花は見たことない品種の花たちばかりで、悪くないとは思うが植えた奴の趣味を少し疑った。
カツン
100メートルほど歩いたところで大理石(多分)の階段を登って本館の中に足を踏み入れる。
太い柱とともに守るように2頭の獅子がついている大きな扉には、素人目にも凝った細工が施され開放されていて、どこかで見たソレが自分の着ている制服のエンブレムと同じだということに気付く。
中に入ると、おそらく玄関ホールであろうそこもまぁどういうことか赤い長毛のカーペットやらシャンデリアやら絵画やら壷やら…理解できないものがゴソッと並んでいたが、ちょっと普通じゃないと思いながらもそれを全部まるっと無視して、なんかよく解らない華美な字体で「office」と書かれている(だろう)部屋の呼び鈴を押した。
ガチャ、と静かな音を残して重厚という表現がぴったりな扉がゆっくりと開かれる。
中から出てきた人物は、夏樹の制服を見るとニコッとして
「ああ、入学生の飯島夏樹君だね」
と花もほころぶような笑顔で笑った。
「特例の時期の外部入学生だからね。理事長室まで挨拶に行ってもらいたいんだけど、この学校は見てのとおり広くて」
そう言って事務員の黒羽淳志が事務室で差し出して来た一枚の紙。
世間的に言えばたいそう綺麗な部類に入る淳志は、夏樹よりも10センチ高いモデル体系の上に乗っかった柔和な笑顔と一緒にしばらくはそれを参考にするといいよ、と言って一枚の紙――学校案内図を渡してきた。
細かくブロック分けしてあるそれをしげしげと見る夏樹を見ながら、思い出したように淳志が声をかけてきた。
「そういえば、まだ一番近場の定期バスがつく時間よりだいぶ早いみたいだけど、飯島君はご家族に送ってもらったのかな?」
「いや…歩いてきました」
「…歩いて?」
「はい。天気もよかったので…何か?」
夏樹が半開きの目で答えを促すと、淳志はびっくりしたような表情を見せた。
その表情を見ながらそりゃそうだ、と夏樹は思う。
ここは都心から近い、と言っても山の山頂付近だ。生徒が居る分車やバスが頻繁に通るからか綺麗に整備されたアスファルトの状態は普通の山道とは比べ物にならないくらいよかったが、それだって普通の人間なら歩いてこようどとは絶対に思わないだろう。
「え、歩く、って…ここ、一番近い駅から車で1時間以上かかるよ?信号もないのに。朝何時に家でたの?」
「えー、と。9時に家出ました」
腕時計を確認してから淳志が言う。
「今3時だから…それから6時間歩きっぱなしってこと?」
「そうなりますね。丁度晴れてたし、たまには運動もいいかなーと思って」
淡々と話し、まるで疲れている様子のない夏樹を見てくすくすと笑って、安心したように頷いた。
「すごい体力なんだね、飯島君って。尊敬したよ。
この学校は他の学校と違うから色々戸惑うこともあると思うけど、飯島君なら大丈夫そうだね。何かあったらここに来るといい。いつでも鍵を開けておくから」
「?…はぁ」
――そして紙を受け取って、地図どおりにエレベーターに足を踏み入れたのがさっきの事。
(どういう意味かわかんねーけど、まぁ味方を得た、ってことなのか?)
チン、と音を立てて振動もなく最上階に到着したエレベータ。
理事長室らしき扉までまっすぐに伸びる廊下の、玄関ホールとは比べ物にならない調度品の数々にどん引きしながらたらたらと足を進めた。