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#009 焼き鳥罰符はやぶしめじ

★★★★★

 影山は影山物産の役員室で焼き鳥をおかずにドンブリめしを食べながらヤッチン事件に関する報告を受けていた。

 ソファーの前にある低いテーブルには白いごはんが盛られた茶碗が3つ、冷房の効いた部屋で白い湯気を立てている。

 影山の対面に座る報告者達は影山の食べっぷりを見てごくりと喉を鳴らし、説明を続けながら箸を手に取った。


「父さん、私達もいただきますね」


「おう、お持たせだがじゃんじゃん行ってくれ」


「「いただきます」」


 小さく手を合わせドンブリ飯をかっこみ始めたのはしのぶと瞳。焼き鳥は瞳が焼いて持ってきたものだ。


 しのぶも瞳も、通常ならば街のチンピラに絡まれたが撃退したなんて報告をわざわざ影山にすることはない。だが今回は違う。テレポートが発動される筈のない状況でしのぶ自身がテレポートしてしまったのだ。

 チンピラはどうでもいいが、テレポートは誰がやったのか、最低限の仮説は構築しなければならない。そのための報告だ。


「……わかった。状況的に考えてあり得るのはしのぶか大地の潜在能力発動ということになるな。可能性が高いのは当時高いストレスに晒されていたしのぶなんだが……」


「私は空間情報エディタをインストールした後、何故だかテレポートはぱったり出来なくなったし……あ、そのねぎまちょうだい。

 それに、大地から見えない場所に連れて行かれたらエディタでサクッとやっちゃうつもりだったからそんなにストレスがあったわけじゃないの。むしろ結束バンド外せない大地の不器用さにイライラしてたわ。

 瞳さんってことはないの? 能力者なんでしょう?」


「私じゃないわ。それと、私の能力はあなたのお父さんと私だけの秘密なのよ。これは安全保障上の問題もあってちゃんと話せないの。ごめんね」


「ふぅん。まあ、そういう役どころだものね」


 瞳という、能力不明であるが故に対策を講じることができない存在が抑止力として存在していれば誰も計画立てた謀反は起こせない、ということか。よく考えたものだ―― しのぶは瞳の話した意味を理解し、大いに感心した。


「で、私が思うにやっぱり大地君の能力発動だと思いますよ、影山さん。彼が最近確率操作を無意識にやっていたことは私も聞きました。やっぱりタガが緩んできてるんですかねえ」


「ふん……もう10年近いからな。あ、レバー食わないなら俺にくれ。

 でな、本人もさすがにおかしいとは思ってるだろうよ。なにせ瞳、お前に関する記憶がすっぽり抜けてるんだからな。

 あれで何かおかしいと思わないなら親として心配になっちまう」


「私がやった洗脳と影山さんがやったメンタル強化―― 脳内分泌物のホメオスタシスをどうこうするやつですね。あれのあわせ技でもやっぱり8,9年が限界ですよ。

 私達の能力アレでは基本的に記憶の改竄まではできないんですから。あ、ハツいただきます」


「問題は外れそうなタガをはめ直すのか、それともタガが外れてしまわないよう刺激をせずそっとしておくのか、どちらが良いかということだな」


「今の年齢で新しいタガをはめるのはマズイでしょう。記憶の整合性が大問題になりますから……」


 二人の会話をしのぶは冷や汗を垂らしながら聞いていた。どういう経緯があったかは知らないが、この二人は結託して大地の記憶の一部を封印していたのだ。それをドンブリ飯をかっこみながら世間話のように話している。まるでそうするのが当たり前だったかのように。


 自分の記憶にも操作や封印された部分があるのでは―― そう疑わざるを得ない。冷や汗が背中を滑り落ちていく。


 母・シャーロットから父・影山の武勇伝をそれとなく聞いてはいたが、数あるエピソードのどれ一つとして現実味を感じられるものはなかった。

 当たり前だ。自分の父親が百万人殺しただの、世界人口をウン億人減らしただのと言われて、へえ、そうなんだとすんなり飲み込める女子高生はいない。

 だが今の二人の会話を聞いて、ようやくしのぶにも自分の父親がとんでもない存在であることが理解できた。


「ふぅ、美味かったよ。ごちそうさま。ところで瞳、お前また毒を使っただろう?」


「な、何のことですか? 御存知の通り私、アナフィラキシーショックが怖いから毒なんて最近は……」


 影山が緑茶をすすりながら瞳を睨むと瞳はあからさまに狼狽えた。


 この二人の力関係はいったいどうなっているのだろう? その道のプロの中でもかなりの実力者であろう瞳が、毎日コンピュータとホワイトボードの前で頭をかきむしっている父に頭が上がらないのだ。

 しのぶはこの光景に不思議な違和感を感じざるを得なかった。


「ヤッチンとかいう奴に何か盛っただろう? お前は、せっかく俺が飯田さんに話を通して紹介してもらった焼き鳥屋を潰す気か? 保健所の手入れが入ったらどうするんだ」


「それは大丈夫ですよ。難消化性の食物繊維を多用したタレを使って吸収をだいぶ押さえてますから肢端紅痛症の発症は早くても5日後です。バレやしませんよ」


 得意げに反論した瞳だったが、内容は自分が他人に毒を持ったという自白に等しい。それに気がついた瞳は一瞬顔をしかめてみせたが、今さらどうにもならないと悟ったのか、開き直ったような笑顔を見せた。


「肢端紅痛症……って、何ですか?」


「言ってみろ。瞳」


「え、と……その……命に別状はないんですが……」


「命に別状がないならいいじゃない?」


やぶしめじ(ドクササコ)の毒に当たると『死んだほうがマシ』って程、身体の末端が痛くなるんですよ。特に男性は……」


 それを聞いた影山は目を見開き、すーっと音を立てて大きく息を吸い込んだ。しのぶがどうかしたのかと影山の顔を見ると、影山は恐怖の表情とともに股間に手を当てて固まっているではないか。なるほど、肢端紅痛症の罹患は男性にとってかなりの恐怖なのだろう。


「ほどほどにしておけよ……」


「ま、死にやしませんて。若いし治るのも早いでしょうよ」


 どうやら父の瞳への優位は変わらぬにしても、細かいところで二人の力関係は今後も揺れ動きそうだ。


 しのぶはヤッチンに少しばかり同情し、そして自分もまたこの事件に関しては当事者であることを思い出した。


「あの、父さん、それでね……」


「何だ?」


「学校の、生活指導の先生から言われてるの。親呼んでこいって……」


◇◇◇◇◇


「いいかあ! お前らのことは信用しているが、くれぐれも夏の暑さに負けてタガを外してしまうんじゃないぞ? 危険な場所へ行ったり、おかしなクスリを買ったり、甘い言葉に誘われて後で取り返しのつかなくなるようなことをするなよ?」


 終業式の日。朝から学校近辺をドローンやヘリコプターが上空を忙しく飛び回っていてうるさいことこの上ない。この音に負けないようにと夏休みの注意を呼びかける担任の谷口先生の声も必然的に大きくなるのだが、これがまたうっとおしい。


 夏休み前、中高生はだらけるものだ。部活動の強化合宿や大会を目前にしている連中でさえ、教室にいる間はどこか緩んでいる気がする。注意を喚起する谷口先生も、聞く側の学生達の顔がこうも緩みきっているのでは張り合いがないだろう。


「もう既にパトカーに乗せられた者もいるからな。全員が全員、無事で済むとは先生も思っとらんがなるべく気を引き締めて休みを過ごしてくれ」


 先生のその言葉で教室に皮肉交じりの笑いが起こり、僕に注目が集まった。なんだよ。こっちは被害者なんだぞ。模擬試験と夏期講習の申込みに行っただけなのにえらい目にあったんだ。

 僕はまだ腫れが引かずに膨れていた頬をさらに膨らませて拗ねて見せた。


「じゃ、これで今学期は終了。月末の野外実習の時に皆、元気な姿で会おう」


 谷口先生の(しめ)の言葉で皆がそれぞれ放課後の行動に出始める。だが、僕だけはそういうわけにはいかない。


「ああ市川、先だって連絡したように、お前は1時半に校長室に来るように」


 先日のトラブルに関して、学校側で状況を把握するための聞き取り調査をするとかで僕は親ともども呼び出しを食らってしまったのだ。


 繁華街で車が横転、バイクも2台転倒して救急車で4人が搬送された事件に、被害者とは言え自校の生徒が関わっていたのは先生達にとって結構なショックだったようだ。事件は地方紙にも載ってしまったし、学校側としては知らぬ存ぜぬで済ませたいところだがそうもいかないらしい。だから一応経緯と状況は把握したいということなのだろう。


 生徒指導室ではなく校長室で保護者面談を行うのは、僕の養父が岡山県知事だということに配慮してのことなのだろうか。養母が来たらどうするつもりなのだろう。


「市川、その……悪かったな。まさかヤッチンがあそこまでやるなんて」


 僕が面談までの時間を教室で潰していると、内海が申し訳無さそうに謝ってきた。内海自身が僕を殴ったわけではないので彼が僕に謝罪する必要は無い。

 ヤッチンが内海の友達ツレだという理由で僕をターゲットにしたのは状況的に間違いないが、それも不幸な巡り合わせに過ぎない。


「頬の内側を切ったからな。しばらくラーメンは食えないぞ」


 僕が笑って内海にそう返すと、内海はさっきまでの神妙な面持ちを翻して僕の首に腕を回してきた。


「ヤッチンは眞浦ってヤツに殴られて病院送りになったらしいし、その眞浦も塀の中へ逆戻りだってよ。当面あの辺りを歩いても危険は無くなったわけだ。俺もあのお姉さんがいる焼鳥屋に行きやすくなったってもんだよ」


 焼き鳥屋……瞳さんだっけか。知っているようで全然思い出せないあの顔。そもそも、東京にいた時に僕としのぶのナニーだったのだとしたら何故あの人は歳を取っていないんだ? まるでシャーロットさんや母さんみたいな――


「焼き鳥屋か。そうだな内海。呼び出しが終わったら焼き鳥屋にでも行くか」


 そうだよ。焼き鳥屋に行けば瞳さんには会えるわけだよな? あの人に聞けばこのモヤモヤした状況をスッキリさせてくれるヒントが得られるかもしれない。とすれば、内海をダシにして焼き鳥屋に行くのはなかなかいいアイデアだ。


「いや、今日は止めとくよ。そろそろ情報オリンピックの1次予選対策とかで部活も忙しくなるんだ。それにあんなことがあったばかりだ。昨日の今日であんな場所をうろちょろしてたらさすがにまずいんじゃないか?」


「あんな場所って……予備校から200メートルも離れてないぞ」


「とにかく今日はダメだ。お前もしばらくは先生や親御さんの不興を買わないようにしたほうがいいぞ。友人としての忠告だ」


「僕は何も悪いことはしてないんだが……」


 知らない間に僕は内海の中でラーメン用の財布から友達へと昇格していたらしい。


 それから内海は部活のメンバーが呼びに来るまでの間、僕と一緒に教室で過ごしてくれた。あいつなりの誠意なんだろうか。暇な待機時間が消化できたのは正直有り難かった。


 さて、時間だ。いつも議会だ視察だ報告会だと忙しそうなうちの養父母は来てくれているんだろうか。考えてみたら初めて養父母の手を煩わせているような気がしないでもないが。


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