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#006 ローカル・ネットワーク

「市川、クーちゃんくじは買わないのか?」


「いいよもう。僕は運をこないだ使い果たした筈だし」


 内海はここのところ宝くじの話ばかりだ。アホめ。


 基本的には宝くじってのは貧乏人からカネを吸い上げて幸運な少数の金持ちを作るシステムなんだぞ。そうホイホイと吸い上げられてたまるか。ただでさえ内海おまえに吸い上げられているのに。

 こちとら前の学校で中学の3年間で高3までの数学を一通り履修済み。当然、確率統計も。だから宝くじが続けて当たるものじゃないことくらい理解している。

 

 もちろん、1枚だけ買った宝くじが2等に当たる確率が限りなくゼロに近いことも。


「もったいない。買いさえすれば確率はゼロじゃないんだぞ。俺なら何度だって買うけどなあ。これだけいろんな宝くじが発売されてるんだし」


 確かに宝くじの抽選日は半月に一度くらいあり、ロトくじなどを加えればそれこそ一年中夢を見ることが出来る。一等十億のジャンボ宝くじから100万円の小粒のものまでピンキリ。機会の多さ、報酬とも高校生が少ない小遣いで薔薇色の夢を見るには十分かもしれない。


「ムキになっているだけじゃないのか?問題も出ているそうじゃないか」


 当選しても5等6等が関の山という事実に目を向けずになけなしの小遣いをつぎ込んでる連中とか、付き合いで買わされている連中とかもいると聞く。

 運良く何等かを当選した生徒がゆすりたかりをうけているなんて話も聞こえてきた。


「警察に行けばいいのに」


「それがな、カツアゲしたやつとされたやつにはそれなりに事情ってもんがあったみたいでさ」


 カツアゲをされた生徒の親は例のリストラを敢行した鉄鋼会社の人事部の課長だったそうだ。で、親をリストラされた子供が自暴自棄になって人事課長の息子にカツアゲを繰り返したらしい。


「なんともすさんだ話だな」


「市川……他人事みたいな顔してるけどお前が一番危ういんだぞ? なにせ持っている金額の桁が違う。同じ学生どころか地元のヤクザに絡まれてもおかしくない金額なんだ。気をつけろよ」


 言われてみれば確かにそうだ。やばい。僕が岡山県知事の子だって言ったら見逃してもらえないかな? 悪目立ちするのが嫌で今までは周りに言ってなかったんだけど……。


「そんなわけで今日、今からラーメンを食いに行くお前の護衛についてやる。ありがたく思え」


「またかよ内海……それはカツアゲとどう違うんだ?」


「まあまあ、そこはそれ。三之丸に評判のいい尾道ラーメンの店があるんだ。興味ないか?」


 僕は内海に奢るラーメン代くらいにしか賞金を使っていない。内海のたかり方は巧妙の一言で、こちらの好奇心を刺激しつつ「いっしょにどうだ?」と言ってくるものだから、気がつけば財布の口が開いているのだ。


「三之丸か……あの辺だろ? 例のカツアゲとかがあった場所。大丈夫かな?」


「まあ大丈夫だろう。お前の親は人事課長じゃなさそうだし、盛り場には警察の巡回警備もよく来てるしな」


「本当か? 漫画とかの知識じゃないのかそれ?」


◇◇◇◇◇


 三之丸近辺は塾や予備校と飲食店が入った雑居ビルが立ち並ぶエリアだ。


 あちこちのファーストフード店で夕方からの授業を待つ勉強熱心な学生たちがたむろしている一方で、盛り場目当ての若者も多い。

 後者に属する連中は無意味に鋭い眼光を周囲に撒き散らして周囲を威嚇し、自分達の第二の財布となり得る犠牲者を探しているご様子。


 この手の人達に絡まれたこともあったっけ。あれから何回か澤って人とも出くわしたけど何もなかったよ。ホントにしのぶさまさまだ。


 そういえば最近しのぶは僕と一緒に帰ろうって言わないな。どうしたんだろう。行き帰りの電車の中でもあまり見かけなくなったし。

 あの大きな電算室でなにかやってるんだろうか。


「そういえばお前の姉さん、しのぶさんだっけか。最近一緒にいるところ見ないな」


「ぶふぉっ!」


 僕は盛大にむせた。内海には僕の思考を読む能力でもあるのか?


「いや……最近ちょっと疎遠なんだよ。一緒に帰ることもなくなってさ。誰かがしょっちゅうラーメン食べたがるせいかもな」


「俺のせいだけってこたぁないだろ。まあ、あの容姿だと色々とあるんだろうな。ほっといてほしくても向こうから厄介事がやって来そうだ」


「向こうって具体的にどこからだよ」


「いや芸能スカウトとか言い寄ってくる男とか」


 確かにあの美貌じゃな。でも、しのぶはそういうものに興味はなさそうだ。僕もしのぶがチェックのスカートを身につけて群れて踊る姿をTVの画面越しに見たいとは思わない。


「まあ、TVに出るなら高学歴クイズ番組とかのほうだろうなあ」


「ははっ。しのぶさんクイズきっと強いよね。文系理系小論文、隙がないらしいぞ。5年でトップ独走中だしな」


「げ? そうなの? ヤバイな。そんなのと姉弟だと比べられてしまう……」


 確かにしのぶは凄いと聞いていたけど、理数系に特化してると勝手に思ってた。違うのか。


「大丈夫だ。あれ程の逸材は十年に一人、美貌も入れれば百年に一度出るか出ないかってところだろ。比べられるなら逆に名誉じゃないか。比較対象になり得るってことなんだから」


「お前さぁ……」


 こういう時なんと返せば良いのか分からないので、しばし自らの食欲と真摯に対峙することにする。制服にスープが跳ばないように気をつけながらの無言の行も悪くない。


「ふぅ。ごっそさん」


「尾道ラーメン、意外に美味いな」


「東京にはもっとうまいラーメンがあるんだろ? 俺もいっちょ東大目指してみるかな」


「内海の言う東大って、ラーメンチェーン店じゃない(注)よね?」


「言ってろ」


「あざーしたー」


 ラーメン屋から出ると辺りは薄暗くなっていた。早く帰らないと、素行の乱れがどうのという義母のお小言が始まってしまう。


「じゃ、僕はそろそろ帰るわ」


「ああ、気をつけてな」


 別れの挨拶を交わした直後、内海の顔が歪んだ。


「おほっ内海じゃないか。放課後に友達ツレとラーメンたぁええ身分じゃのぉ」


 聞き覚えのないダミ声の主は取り巻き連中と一緒になって、薄ら笑いを浮かべながら僕らを取り囲んだ。内海の名前を知っているところを見ると知り合いらしいが仲良しってわけではなさそうだ。


「知り合いか?」


「小学校の時のな」


 そうか。内海は地元だもんな。知り合いがこのあたりを歩いていても何の不思議もないか。


「久しぶりじゃの。そっちのは誰じゃ」


 その知り合いとやらが顎をくいと上げて僕の方を指す。当然、あまり愉快な気分にはなれない。


「こんなぁわしの高校のツレで市川君じゃ」


 内海、こっちの言葉が出てる。僕と話す時は僕に合わせてたのか。意外。


「ああそいつか。宝くじを当てたちゅんは」


「え? そんなに広く僕の噂は流れてるの?」


 僕は少々面食らった。宝くじ関係の情報が学校の内外に飛び交っているとは聞かされていたが、まさか僕自身の情報まで流れていたとは。


「まあな、おどりゃ結構な有名人じゃ。市川クン言うたか。お近づきの印にわしにもラーメンおごってくれんか?」


「なにゅうとんじゃ、 ヤッチン。 わしにならええけどけえつに絡むんはやめえや」


 ヤッチンと呼ばれた男が僕の首から肩になれなれしく手を回して顔を近づけて来るのを見て内海が声を荒げた。僕もこの状況はまずいと思っている。それにヤッチンの口臭は何か薬品臭い。


「やかましいわ内海。おどりゃぁに話しょうるわけゃない。 なあ市川クン。おごってくれるよな?」


「あ、あの……今ちょうど食べてきたとこだし。悪いけど……」


 僕は自分にしては上出来なぐらい勇気を振り絞って断った。圧力じみたものは澤って人のほうがあったように思うが、ヤッチンには何をしでかすか分からない怖さがある。

 下手にこいつらを刺激せず、上手にこの場を去らなければ。


「ふぅん。じゃあまた今度ってことでどうじゃ?」


「ねちぃぞやっちん。ばぁぶぅ言いいなや。ええかげんにせえ!」


 内海の声が一段と大きくなる。まあ、僕を連れてきたのも自分、絡んでいるのは自分の知り合いじゃいいとこなしだよな。頑張れ内海、護衛なんだろ?


「わかったわかった。ひょぉけとるだけじゃ。じゃあねぇ市川クン、また今度ね~」


 やっちんと呼ばれていた男はいやらしい作り笑いを浮かべながらきびすを返して仲間達と盛り場の中に消えていった。内海の迫力に負けたというよりは、嫌がらせならいつでも出来るって感じだったな。


「悪いな市川。ヤッチンも前はあんな奴じゃなかったんだけどな」


「いいんだよ内海。7割ぐらいしか君のせいじゃないから」


 お、いつもの口調だ。僕と話す時は戻してくれるらしい。


「7割か。土下座でギリギリなんとかなるレベルだな。ほんとに悪かった。勘弁してくれ」


 内海は僕に頭を深々と下げた。なんだ、土下座するんじゃないのか? まあ、往来で土下座されても困るだけだけど。


「それにしても彼、えらくすさんでたね。なんか薬品っぽい匂いもしたし」


「例の鉄鋼会社のリストラの話、聞いたことあるだろ? あいつんち両親ともそこで働いていたんだよ。で、残念なことに二人ともな。高校も辞めるかもしれないって聞いてる。原因はそんなところじゃないか」


「……そういうのはどこから情報を仕入れてくるんだ?」


「言ったろう?小学校が同じだって。狭い町内なんだ。住民のおばちゃん達はうちの母も含めて全員がとんでもない噂好きなんだよ。福山ここは人口だけなら政令指定都市並みなのにどことなく人間の行動が田舎臭いんだよな」


 ああ、確かに福山にそんな所があるのは僕も感じていた。それにしても恐るべきはおばちゃんネットワーク。


「それよりやばいことになったぞ。あいつら今度って言ったら本当に次の機会を無理矢理にでも作ってくるからな」


 それは内海、お前で経験済みだよ。


「俺も当面お前にラーメンたかるの止めるから、お前もしばらくこっちには来るな。あいつらお前を見つけたら財布でも拾ったかのようにお前にたかるぞ」


「え……つい先日この辺りの予備校に入る手続きをしてしまったんだけど……」


「なんちゅう間の悪さだ」


 ヤッチンとかち合うリスクを負ってまで予備校に通う価値はあるのか。それが問題だ。


「ほい、お兄さん達、買わないならそこどいてね~」


「あ、すいません」


 いつの間にか二人して焼き鳥屋の前で話し込んでいたらしい。その焼き鳥屋は道路に面したグリルで焼き鳥を焼いて持ち帰り客に売っているようだ。グリルの前で立ち話をする僕達は確かに邪魔以外の何者でもない。僕は頭をペコリと下げて店員のお姉さんに謝り、その場をどいた。


「なんか……いい感じのお姉さんだったな」


 鼻の下を伸ばした内海が店の方を振り返る。焼き鳥屋のお姉さんは内海の好みに合っていたらしい。


「そうか?」


 内海に言われて焼き鳥屋の方を見ると、焼き鳥を焼いているお姉さんがニッコリ笑って手を振ってくれた。なんだろう。どこかで見たような顔だけど思い出せない。よくある顔なんだろうか?


「いやいや。あれだけのお姉さんはちょっとこの辺にはいないよ。お前、しのぶさんを見馴れているから評価厳しすぎるって。それにあの串さばき、なんというか、プロっぽくね?」


 内海の目にハートマークが出ているのを見て僕は苦笑した。ついさっき「この辺に来るのはヤバイ」って言ってたやつが焼き鳥を買いに通いそうになっているのだ。


「……焼鳥は奢らないよ?」


★★★★★


「大型の脊椎動物、おそらくは哺乳類の細胞培養プラント。しかも遺伝子操作を前提にしているっぽい……そうか。わかった。ありがとう。引き続き相田からデータをもらってくれ」


 相田からのデータを基にシャーロットが割り出した、行方のわからなくなったバイオ資材の使いみちについて、報告を受けた影山は頭を抱えていた。


「私も培養こっちは詳しくないけど、研究室おかだいの詳しい人に見せたら『クローンでも作るのか?』って聞かれたわ」


 シャーロットも出来得る限り安心材料を得たいと思っていろいろ手は尽くしてはいた。週一で非常勤講師をしている岡山大学医学部の研究者達にもそれとなく聞いてみたが、ヒアリングの結果は影山の懸念を後押しするばかりだ。


「大型哺乳類のクローンか……但馬牛とかか?」


「だといいんだけどね。牛の場合は受精卵のクローン技術が確立していて、ドリーみたいな完全体を作る経済的合理性がないらしいわ。それに受精卵を作るなら資材が流通途中で消えることもないと思うの」


「つまり、何かしら法や倫理的にややこしいものを作ろうとしてる連中がいるってことか。となると作られてるのは猛獣か、そうでなければ人間……」


 今や、大型脊椎動物をクローニングするのを阻むものは技術的な障壁ではなく法と倫理だ。それを飛び越える覚悟と資金さえあれば誰でもやってしまえるほど、巷に知識と道具は溢れている。


「ぞっとしないわね。でも、誰かが得体のしれない生物をクローン技術で作っているのは解ったとして、その生き物が私達に牙をむくかどうかは別問題よ。もし人間のクローンなら教育が必要になるし、そのためには年月も必要だわ。しばらくは安心してても良いんじゃないかしら?」


 シャーロットの的を射たフォローに影山は少しだけ安心した。そう、シャーロットの言うとおりだ。稀代の独裁者や天才軍略家のクローンであっても、同じような経験や教育がなければ同じ能力を発揮することなど出来ないし、クローンにそれらの教育を施すためには年月も必要だ。


「焦る必要はないって事か。ありがとう。もう少しゆったり構えることにするよ」


 確かに自分は最近少し余裕がなかったかもしれない。最近会社の周りを取り囲むデモの人達の怒った顔を見すぎてストレスでも溜まっていたのだろうか、と影山は考え、大きめのため息を一つついた。


 もうすぐ7月。影山にとってはハードラックな月が来る。市川亜希とシャーロットは影山の顔を心配そうに見つめていた。


【後書き】

(注) 中国・四国地方にはそういう名前で展開しているラーメンチェーンがあります。


広島弁については独学ですので例によっておかしなところがあったらご指摘お願いします。



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