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#034 火花、散る

◇◇◇◇◇


「あの……早川さん? 僕は確かに市川大地です。でも、どうして僕のことをご存知なんですか?」


「それな。以前うちの真由美ちゃんから話聞かへんだか? 自分、頭にヤバい腫瘍があるから再検査せなって言うててんけど、何せ命に関わるかもしれんやろ? せやさかい名前と顔を真由美ちゃんからムリ言うて聞き出したんや。堪忍な」 (注1)


 家に連絡するとかなんとか言ってたやつか。松下って男が真由美さんに何か吹き込んでたんだっけな。


「まあ、自分がしょっちゅう真由美ちゃんと話しに来てたんは俺らも把握してんで。車にもロボットにもカメラは何個もついてるさかい」


 げ……じゃあ僕のこれまでの行動も全部お見通しってわけだ。壁に耳あり障子に目あり。


「よく分かりました、早川さん。ところでその、ゴツいおっさん?の話ですが、僕、心当たりがありません」


「あれ、マジで? ちょっと前にマクシミリアンちゅうゴツいおっさんが来たやろ? 自分と話したて言うてたけどな。おっさん、自分に会いにわざわざスウェーデンから来たんやし、まさか人違いしたまま帰ったとも思えへんのやけど」


「やっぱり心当たりないですね。ちょっと前ってどれくらい前ですか?」


「ええと、そのすぐ後に真由美ちゃんおらんようになったから、せいぜい一週間くらい前とちごたかな?」


 一週間前、てのはさておき、今なんて言った?


「ちょっと待って下さい。真由美さん、休暇中とか退職したとかじゃなくていなくなっちゃったんですか?」


「あれ、自分何も知らんのかいな。真由美ちゃんと仲良うしてたから自分やったらあのどこに行ったか知ってると思て声かけたんやけどな……」


 知っている筈がない。一週間前といえばこちとら中間考査の真っ只中だ。


「いえ、本当に何も知りません。それより真由美さんがいなくなったって、そりゃ僕にとっては大事件です。早川さん、一週間前に何があったのか詳しく教えてもらえませんか? 真由美さんの失踪と関係があるかもしれない」


「失踪て……いや、俺が聞いたんはマクシミリアンっちゅうゴツいオッサンがスウェーデンからやって来て、自分と話してるうちになんかチャチャが入って、気ぃ悪ぅして帰ったとか、そんなもんやで?」


 この話には違和感がある。ちゃんと聞いて、ちゃんと理解しないと後で後悔しそうだ。


「早川さん、仮にそれが本当のことだとして、どうして早川さんがそのマクシミリアンって人の行動や当日の出来事を知ってるんですか?」


「直接聞いたわけやないで。俺も人づてに聞いたんや。詳しいことは知らんし解らん」


「人づてでもそういう話が聞こえてくるってことは、早川さんはマクシミリアンさんて人と仕事か何かで関係があるんですよね?」


 そうでなければ何の関係もない早川が北欧から来た男の行動を知ってるのがおかしい。違和感の正体の一つがこれだ。


「う……まあな」


「じゃあ、マクシミリアンさんはどういう素性の人で、チャチャを入れたのはどんな人か僕に教えて下さい」


「いや、そら悪いけど答えられへんな。当日、自分がマクシミリアンとうてたなら聞くまでも無いこっちゃし、うてないならそら企業秘密っちゅうヤツやん。簡単に仕事の内容を外部の人間に話したらあかんのよ。俺のクビが飛んでまうわ」


 企業秘密……社会人の都合の良い隠れ蓑だ。そう言われれば大抵の人間は折れるしか無い。メールを書こうが総合受付に電話をしようが慇懃無礼に跳ね返される万能の壁。

 こうなるともう、この早川という男から聞き出せることは無いんだろう、おそらく。


 僕が僕に関する情報をこの男から聞き出すのに企業秘密の壁が立ちはだかる……なんか変な気分だ。


「判りました。じゃあ確認だけさせて下さい。そのマクシミリアンさんという人は僕に会いに来て、僕と会って、用事を済ませて帰ったんですよね? そこは間違いないですか?」


「ああ、それはそう聞いてる。それより自分、ホンマに真由美ちゃんどこ行ったか知らんのか?」


「知ってたらこんなに焦ってませんよ。 居なくなったってのも今初めて聞いたんですから!」


 自然に声が大きくなり、血走った目で早川を薮睨み。解ってる。これは八つ当たりだ。


「おおこわ……ホナ、誰もあのがどこに行ったかは判らんちゅうことやな」


 僕はそこで早川との話をうち切った。胡散臭い匂いがプンプンするけど押しても引いてもこれ以上情報を引き出せそうにないし。

 早川も同じらしい。情報を持たない僕とはこれ以上無駄な会話をしたくなさそうだ。


「じゃ、なんか分かったら連絡してェや。こっちも出来るだけ色んな所当たってみるさかい」


 僕は言われるがままに早川と連絡先を交換した。向こうから情報が来るかどうかは甚だ疑問だが。


 真由美さんが居なくなったのがマクシミリアンという男と関係があるのか、そしてチャチャを入れた人間とは誰か。その場に居なかった僕に解る筈もない。

 解っていること―― それは僕以外の誰かがマクシミリアンと会い、その誰かさんはマクシミリアンの用事を済ませて帰らせる程度に「僕だった」ということだ。


「いや、まさかそんな……でも……」


 たった一人だけど、そんなことができそうな人間に心当たりがある。残念ながら。


★★★★★


「あれが市川大地か。多少はカシコそうやけどその辺のハナタレ高校生とそんな変わらんやないか……」


 大地の後姿を見送りながら、聞こえないように早川は独り呟いた。彼の目には大地は恋愛慣れしていない男子高校生にしか映らない。


 そんな大地の遺伝子にプルヴィーラは何億円もの賞金をかけている。何も知らない早川からしてみれば理解し難いことこの上ないのだ。


「せやけど、真由美ちゃんホンマどこ行ったんや……時間切れでクライアントにドヤされるのは困るんやけどなあ……」


 プルヴィーラから支払われる予定の報酬をどう使おうかと夢見たバラ色の未来は真由美の失踪によって灰色に染まりつつある。

 早川は移動検診車のベッドに転がり、会社への帰還ルートを設定すると深い溜め息をついて目を閉じた。


「もぅええわ……なるようにしかならんって」


 移動検診車は井原の山中へ続く道をひた走る。助手席に据えられたマーガレットIIは時折早川の口から漏れる音声を解析し、次の診断を下した。


=== 日常生活に大きなストレス原因があり、過度に蓄積している可能性があります。産業医との面談をお勧めします。 ===


★★★★★


「モビーディックの腹の中へようこそ」


 福山のファミレスで大河の髪の毛を毟り取った3日後、ディーデリヒは突如真っ白な空間に飛ばされていた。


「招待してくれと頼んだ覚えはないんだが……それに、私はついさっきまでネット動画を見ていた筈なんだよ。誰かこの状況を説明してくれるかい?」


 冷静を装い軽口を叩いてはみたが、影すら映らない部屋の中では平衡感覚が狂う。ディーデリヒはヨタヨタしながら声の主に向かって歩み寄った。


「……はは、しまらないから強がるのはやめとこう。そこに居るのは瞳、そしておそらくヘル影山、フラウ壬生かな?」


「ご明察だ。どうして判った?」


「頭を使ったり人の顔を覚えたりするのは得意なんだ。まずヘル影山、貴方とは初対面じゃない。違うかい?」


「覚えてたんだな。さすがだ」


 影山の口元にうっすら笑みが浮かぶ。


「貴方は何年か前のIBIの総会で私の発表に質問をぶつけた筈だ。確か、脳と外部機器の接続プロトコルの話だったと思う」


「そうだったな」


「EUや米国の研究者が躍起になって脳から外部機器を制御する方法について話す中、貴方を含む日本の研究者達は脳をコンピュータの外部機器として扱う道を真剣に模索していた。なんてイカれた連中だと思ったよ」(注2)


「まあ、多数派の逆を行ったほうが大抵の場合は楽しいことが待っているからな」


「まったく同意見だ。で、そちらの二人だけど、一人は居候させてもらっている家主だから間違うほうがおかしい。もう一人は……その家主から聞いて知っていた。フラウ壬生は僕に見た感じが似てるってね」


 目の焦点を影山に合わせたことで平衡感覚が戻ったのか、ディーデリヒは落ち着きを取り戻していた。


「じゃあどうしてここに呼び出されたのかも、だいたいの見当はついてるでしょう?」


「可能性は2~3あるね」


 チロチロと青白い炎を目の奥に灯した貴子が言葉とともに射すくめんばかりの視線をディーデリヒに投げかける。

 不敵に笑うディーデリヒ。憎しみに燃える貴子。二人を交互に見守る瞳はハラハラしっぱなしだ。


「聞かせていただけるかしら?」


「いきなりこんなところにわけも分からず連れてこられて、何の説明もなくこちらの推測を話せと? まるで私が子供で、貴方達に叱られてるみたいだ。『あなた、自分が何をしたか分かってるの?』ってさ」


 ディーデリヒの顔はやや不満げだ。


「事情はちゃんと話すと約束しよう。今は彼女の言う通りにしてもらえるかな?」


「……いいだろう。ではまず一つ目。おそらく、私が瞳の前に現れた時に起きた人間の発火現象―― 貴方達はあれを私が起こしたと思っている。本来ごく限られた人間にしかそんなマネは出来ない筈なのに、なぜ私にそんなことが出来たのか、貴方達はその理由を探りたいんじゃないか?」


「二つ目は?」


「二つ目は貴方達が、私をフラウ壬生の父君のクローン体であると思っていることだ」


 それを聞いた貴子の手の先からパリっという音とともに電気火花が一筋、飛んだ。


(注1) #029参照

(注2)日本のブレイン=マシンインターフェイスの研究界隈ではこの考え方は21世紀初頭から提唱されています。


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