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#023 勇気ある戦い

「お、ついに憧れの(きみ)と会話に至ったか」


「え? マジか? 市川ついに行ったの?」


「ついにヘタレ王子が動いたのか!」


 同学年のコンピュータ部の連中は内海を含めて僕のいじり方をしっかり心得ている。今日の僕がいつもよりどこか嬉しげだったのを見た連中はさっそく食いついてきた。


「あ、ああ……まあな」


 とか言いながら僕は内心、鼻高々だ。当然だろう。今まで「ヘタレ」と言われた回数は3桁、4桁に届こうかという勢いだったがその評価を全て覆せる偉業を達成したのだから。


 あ、まあ僕が困難を乗り越えたんじゃないのは自分で重々承知してる。向こうからわざわざ来てくれたんだものな。


 いやいや、そんなことは連中は知る由もない。黙っていれば良いことだし、何ならいくらか盛って話してやってもバチは当たらない筈だ。

 樋口さんと放課後を楽しむ優雅な日々を力の限り続け、学友に対する精神的優位を保ってこそ僕の高校生活は有意義なものになる……そんな気がする。ううん、解らないけどきっとそう!


「で、うまく話は出来てるのか? お前意外に話つまんないやつだからな。同世代の女子と話が続くとはとても思えん」


「うるさいほっとけ他人(ひと)の事なぞ。悔しかったらお前らも放課後を一緒に過ごす女子の一人も捕まえてみろ」


 相変わらず的確に弱点を突いてくる内海のひと刺しを強引に(かわ)しながらの反撃だ。ほうれ悔しかろう悔しかろう。まあ、僕が彼女を捕まえたかどうかは微妙なところなんだがな。まだ。


 そんな僕の反撃に二の句が継げずに「ぐぬぬ」と口をつぐむ連中が多い中、内海が腕を組んで、少し困った顔をしながら話し始めた。


「市川、俺は悔しいだけってわけじゃないぞ。お前のことを心配してるんだ。それでなくてもお前は入学してからこっち上がったり下がったりが激しいヤツだったからな。今回はその振幅が特大に見えるんだよ。それが心配なんだ」


 そんなにか……? 僕は自分の胸に手を置いて考えた。


 あ、そんなにだな。拗ねてヘタれて浮き上がったと思うと泡吹いて倒れて落ち込んで……ろくなことのない高1前半だったような気がする。


「内海、心配してくれてありがとう。僕の話がつまらないのは今日明日でどうこうできるモノじゃないんだから、今の時点ではしょうがないと諦めるしか無いよ。今後は地道な経験を積んで、いずれはお前のように話が上手くなりたいもんだ」


「なんだ? 市川のくせにやけにポジティブだな。勉強の話以外でそんなにポジティブなお前を見るのは珍しいぞ?」


 確かに僕は偏差値とか模試とか進路の話になると妙に饒舌(じょうぜつ)になるきらいがある。偏差値の数式がソラで言えるし、毎年3月・4月になると「全国2254高校有名大学合格者数一覧」とかが載っている週刊誌を穴の空くほど読んでしまうくらいにこの手の話題が好きだ。何故かは判らない。


 中学受験時代にどこかネジが外れたのかな……?


 しかし、内海に指摘されるほど普段の話題に出していたとは気が付かなかった。これからはちょっと気をつけよう。

 これで成績がいいとただのイヤミなヤツだし、成績が悪いと意味不明なヤツでしかないからな。


「で、今日も行くのか。たこ焼き屋の駐車場へ?」


「うん」


「臆面もなく言いやがる。俺達はそろそろ例の予選が始まるからお前の応援には行けないが、せいぜい頑張れ」


「お前らもな。朗報を待ってるぞ」


 情報オリンピックの予選か。今年は9月の第三週の週末に一次予選だっけ。予選と言っても別にどこかの会場で青筋立ててやるものではなく、オンラインで参加するものなのだそうだ。

 コンピュータ部員は週末、ここの部室に集まって一丸となって一次予選に挑むらしい。なんでも、我が校は毎年結構良いところまで行く上位常連校なのだそうだ。


「なあ、予選ってやっぱり性能のいいPCがあったほうがいいのか?」


「一番は使い慣れたPCだが、処理が早いに越したことはないな」


 随分と出入りしているし、自分のPCを買って部室(ここ)に置いておくのもいいかもしれない。最新型の早いやつを買っておいて、彼等がそれを大会で使いたいと言うなら喜んで貸すのもアリだ。

 だけど、ここ10年ほどは一般人が買うようなPCには顕著な性能の向上がないとか聞いた気がするな。


 週末は家電量販店にでも行っていろいろ見てみるか。そうだ、樋口さんを誘ってみよう。もちろん、たっぷり予習して。


★★★★★


 広島県と岡山県の県境、岡山県井原市の人里離れた山奥にひっそりと(たたず)む近代的な建物。その中では大型ディスプレイが並べられ、車載型CTで撮影してきた映像が品評会のように映し出されていた。


「おい、なんだこのデータは?」


「どうしたんじゃ松下さん?」


 部屋の主、松下が声を上げたのは15~6歳くらいの男子の頭部CTのデータを3D画像で出力した時、そこにあからさまな異常が認められたからだ。

 その声に驚いた松下の部下、早川と立石が松下の見ていた映像を見ると、二人もやはりあっと声を上げた。


「すごく純度が……やのうて、これ、前に本家が言うてきてたアレやないですか。小脳にえらいハッキリ異常がありますやん……」


「……可能性は高いじゃろう。福山の高校近くで採ったサンプルじゃけえ高校生かのう? あんなところに大量虐殺や大成功をやらかしたのが()るんかいな?」


 早川も立石も、松下の意味するところがすぐに理解出来たらしい。3人は思わぬ拾い物に興奮し、この発見による自分の利益をどうやって最大化するかを考え始めていた。


 松下達が所属しているのは医療関連MaaSサービスの実証実験に熱心な地元ベンチャー企業……の皮を被った反社会組織のフロント企業だ。

 まがりなりにも企業なので、普段の彼等は納税もきちんとしているし、行政に必要な届けも法に則って正しく提出している。

 一方で、とても人に言えないようなビジネスに手を染めることもあるが、そんなに頻繁にはやらない。せいぜい年に1、2度、高い報酬と若干の好奇心の為にやるくらいだ。


「まあ、福山と言えば運送業やら紳士服販売業やら、東証一部上場の大企業の本社がいくつもあるからな。大成功した一族ってのには案外事欠かないんじゃないか?」


 松下は、先ほど見たサンプルが大当たりだと主張するための理論武装を始めた。他の二人もそれに追従する。特に部下の二人はこの発見に少しでも貢献しておこぼれを貰う気満々だ。


「サンプルの個人情報はあるか?」


「名前は分からんでも顔写真がある筈ですわ。おい、微小片のサンプル捨ててへんやろな?」


「FD-4590100849……あ、あった。これじゃ。髪の毛やら何やら、結構入っとるわい。やったのう松下さん! 早川さん! わしらこれで暫く左団扇(うちわ)じゃ!」


「だといいがな……」


 松下は自分の発見が本家筋から探せと言われた物だとは思っている。しかし、早川や立石のように手放しでは喜べない。

 当然、高額と噂されている報酬の全てが手元に転がり込んでくるわけではないだろう。途中のピンハネが限りなく10割に近い数字に達する可能性だってある。

 何より、その報酬を支払う連中だってCT画像を見せられて「これだ、間違いない」と言う訳がない。さんざん偽造や加工を疑われ、いらぬ難癖と弁明の応酬の中で神経を削りあう事になるに決まっているのだ。


「どうしたんじゃ松下さん? 心配せんでもこれだけアレコレ揃っとるんじゃ。今日は松浜で祝杯でも上げたほうがええのと違うか?」


「……実際にカネが払い込まれるまではな。それより、この事はあんまり外で話すなよ。下手したらトラックがここに突っ込んで来て、一切合切何もかも持って行かれるぞ」


「そらかなんな。立石、お前、松浜行くんはええけど酒飲んでいらんこと言いふらすなよ?」


「大丈夫じゃ早川さん。わしゃ口が堅いけえのぅ」


 その日のうちに松下は本家にサンプル発見の報を入れたが、やはりというか確認と立証の指令が来た。具体的には「プルヴィーラのサンプル収集担当者の目の前でターゲットである少年の頭部をCTで撮影して、その場で小脳の異常を確認しろ」というものだった。


「無茶だ。学校名くらいしか分からないのに……」


 芦田川河口に立石の水死体が上がったのはそれからまもなくの事だった。


◇◇◇◇◇


「……というわけなんだ。それで日曜にビックエディオンに行くんだけど、一緒にどう?」


 僕は思い切って、樋口さんに週末デートのお誘いをしてみた。部室に置く高性能のPCを買いに行くという名目だが、樋口さんもこれがデートの誘いだと、きっと解ってくれる筈だ。

 会話が出来るようになってから10日かそこらといったところだが、ここ最近の会話の雰囲気からして僕にもそれなりの勝算はある。このお誘いは、決して強引で不自然な流れなどではない。


 僕の渾身のお誘いを聞いた樋口さんは手を口に当てて少し考え込み、落ち着いたトーンで話し始めた。


「私、パソコンとか全然分からなくて……。スマートフォンも、仕事で使うからかろうじて利用許可出てるけど……なんてのかな、家の人がね、そういうの嫌がるのよ」


 過去、樋口さんの身にネットやスマートフォンなどを介した異性とのトラブルでもあったのだろうか。彼女なら過去に変な男に付きまとわれた事があったとしてもおかしくはない。こんなに可愛いんだから。

 それで家の方も、可愛い娘を守るためにそういったコミュニケーションデバイスを持たせないようにしているのだろう。


「そっか。家の方針ならしょうがないね。じゃ、他の場所ならいいのかな? 映画とか、買い物とかさ」


 別に見たい映画や欲しい服があるわけではない。何と言うか、せっかく意中の女性をデートに誘うという大偉業を達成したのに、一度断られたくらいで諦めてしまっては元も子もないじゃないか。

 小指一本でも引っかかっているのならここは粘りの一手だ。


「そっちもダメかな。毎週木曜日に仕事を休んで病院に通ってるのに、日曜にフラフラ出かけるのはちょっと、その……それも、男の人と一緒ってなるとね」


「え?」


 樋口さんは長引く慢性疾患のため、中学を卒業するのでさえ相当な困難があったと言っていた。体育はほとんどが見学。出席日数はギリギリ。そんなこんなで高校への進学は諦め、今は体調が良い時だけアルバイトで移動検診車に乗っているのだそうだ。


 そんな、家では事実上腫れ物のように扱われているであろう樋口さんが日曜日に僕と遊びに行くと聞いた家族はどんな反応を示すのだろうか。僕の家族だったら……いろいろぶっ飛びすぎていて参考にならない。くそ。


「そうかあ。まずは身体を治さないとね。残念だな」


 僕は努めて平静を装った。余裕しゃくしゃくでデートを申し込み、その直後ににべもなくフラれた男子高校生に出来ることと言えばそれしかない。


「いや、それももちろんだけどね、やっぱり男の子と一緒ってのはまずいよ」


「どうして?」


「だって私、結婚してるもん……」


「え?」



 足元がガラガラと音を立てて崩れて行くような感覚が僕を襲った。

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