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#015 危険な双生児

 影山は、大声をあげた後に椅子から滑り落ち、ひっくり返って動かない大地を抱え上げ、会長室のソファへと寝かせに行った。亜希はそんな影山の後をそっとついて行く。


「瞳さん、大地どうしちゃったの? そんなにぶったまげたって感じでもなかったんだけど」


「びっくり仰天してひっくり返ったわけじゃないですよ。あれは記憶を取り戻して、一時的に錯乱したんでしょう。ひきつけ起こして舌とか噛んでないと良いけど……」


 瞳は冷静に答えた。まるでこうなっているのが解っていたかのようだ。


「ええと……私の能力コピペは大地に見せちゃいけなかったのかな?」


「いやあ、いつかは見せないといけなかったとは思うんですけどね。良いんじゃないですか? 市川さんがやれって言ったんだし」


 瞳に話しても生返事しか帰ってこないので、しのぶは質問の先を会長室から帰って来た影山に向けた。


「大地、どうしてああなっちゃったの?」


「メシでも食いながら話そうか……」


 影山は疲れた様子で一番奥の議長席にどっかりと座ると、カレーを口の中に一匙、二匙と放り込み始めた。何を考えているのかさっぱり判らないが、カレーはモリモリと減って行く。

 それを見たしのぶはグラスに注いだ麦茶を影山の前にそっと差し出すと、自分も席についてコピーした方のカレーを食べ始めた。


「要するに、大地は自分もさっきのカレーと同じなんじゃないか、と思ってしまったわけだ」


「ひょ?」


「しのぶとシャーロットが岡山に引っ越して行った後にな、あいつと大河はちょいちょい天然の能力を発揮し始めたんだよ。害もなさそうなんで俺も亜希も放っておいたんだが」


「へえ……」


「おかしなことになりそうなら瞳が止めるしな。瞳には、お前たちのナニーを頼んだ時にそういった能力を付与しておいたんだ」


 影山が「あいつ」から継承したことの一つが、シミュレータ内の知的生命体に対する様々な能力の付与権限だ。能力の付与には大きなマナを必要とするが、影山は安全保障上の理由で瞳にも能力を付与していた。


 その能力は「キャンセラー」と「バニッシャー」。「キャンセラー」は対象者の脳内にある世界シミュレータへのインターフェースを一時的に使えなくする上位権限を持った能力で、「バニッシャー」は一時的にではなく、小脳の拡張組織を消去して永久に能力を剥奪する「キャンセラー」の上位版だ。


 この能力を持った瞳が影山と手を組んでいる限り、相田も亜希も貴子も、もちろんシャーロットも影山に対して能力を用いての造反は出来なくなる。


 もちろん、影山は自分の身内から叛逆者が出るとはつゆほども思っていない。だからこそ、瞳に「キャンセラー」を付与したのは子供が生まれた後だったのだ。子供達が小さいうちに能力に目覚めた時、あまり悪戯おいたをさせないように瞳に見張ってもらう、というのがその主たる目的だった。


「しのぶ、あんたもすぐベビーベッドから居なくなって大変だったんだからね」


 シャーロットが場を和ませるようにそんなことを言ったが、しのぶの耳には届かない。彼女の興味は「大地に昔、何があったのか」に集中していた。


「大地と大河があまり無邪気に能力を使うもんで亜希もちょっと気が緩んだんだろうな。二人の目の前で今の空間情報エディタを使って『コピペ』をやってしまったんだよ」


 しのぶはカレーを食べながらふむふむと影山の話に聞き入っていた。


「最初はな、ウケていたらしい。ところがある日から大地の反応がどうもおかしくなり始めてな……」


 そこまで聞いてしのぶはなんとなく話が解ってしまった。


「つまり大地は、自分か大河のどちらかが亜希さんの能力でコピペされて出来た子供だと、そう思っちゃったわけ?」


「そういうこった。実際亜希もコピペしたものを並べて『ほーら、そっくりでしょ? 大地と大河みたいだねー』なんて言ってたみたいだしな。俺もそれを見ていて止めなかったんだから同罪なんだが」


「で、どうなったの?」


「二人して殺し合いを始めちゃったんですよ。お二人とも、どちらかが偽物って認識を持っちゃったようで」


 瞳がぼつりと、めんどくさそうに話し始めた。


「げ」


「まだ命の大切さを学んでいないお二人でしたし、何より『コピペ』で生まれた命に尊厳もクソもないってことなんでしょうかね。最初はかわいらしい殴り合い、蹴り合いでしたがだんだん能力を使った争いに発展して行きまして……」


「流石にこりゃいかんってことで、二人の能力と記憶を両方封じたんだ。それと同時にあまり感情の振れ幅が大きくなった時にそれを早急に元に戻す『メンタル強化』も施した。激しい感情が封じた記憶を呼び覚ますかもしれんからな。記憶の方は瞳の怪しげな術でやったんだが」


 影山はチラリと瞳の顔色をうかがった。瞳はもう焼き鳥屋のラストオーダーの時間が過ぎたとかで諦めてカレーを食べ始めていたが、相変わらず不機嫌そうな顔をしている。


「失礼ですね。記憶の選択的消去ってのはマギル大とコロンビア大の共同企画で実際に行われていた研究ですよ。私もUCLAでの企業研究員時代にそういうのにちょびっとだけ関わってたんです」


「……だそうだ。まあ、医学倫理に縛られない研究員がいると医学は飛躍的に進むらしいからな。UCLAではさぞかし研究が進んだことだろう」


「確かに、ウチの教授は瞳にすごく感謝してたわ。オピオイドの離脱症状緩和に関する研究ではラスカーにノミネートされてたもんね」


 実際のところ、マギル大とコロンビア大がやっていた記憶の選択的消去はアメフラシなどの下等生物での実験だ。それを瞳がどうやって哺乳類、ぶっちゃけ人間相手にやってしまえるほど練り上げ、突き詰めたのかは誰も知らない。


「で、その二人の争いというのも大地から仕掛けたものだったらしくてな。大河は『二人なら二人でいい』と思っていたようなんだが、相手が殺しに来るのならと仕方なく相手しているうちに凶暴化していったらしいんだ」


「ということは大地も大河も、記憶が目覚めると結構な天然の能力者になるってこと……?」


「そうだ。だからこそ制御方法の習得ってやつが大事だったんだ。幼い頃のままだと大地は歩く核爆弾みたいなもんだからな」


「二代目のね」


「相田、それを言うな……」


 しのぶと影山との会話にさらっと割って入ったのは相田だった。


 彼女の「カウンター&フェイトチェイサー」が20年以上前に起きたギニア湾での熱核爆発事件が影山の能力(レグエディット)が睡眠下で暴発した結果であることを探知したのが15年前。その後相田は亜希やシャーロットと慎重に協議した上で慎重にタイミングを見計らい、言葉を選んで影山にそれを伝えた。


 当初はショックを受けていた影山だったが、メンタル強化のおかげか意外と立ち直りも早く、今では影山は自分がそれを「やらかした」ことを認めている。


 ちなみに、核融合爆発地点がどうしてラゴス沖だったかについては意外に簡単な理由だった。当時影山はクリップボードの存在を意識しておらず、「アブソリュート」に使われた座標は彼の頭の隅に記憶されていた壬生の倉庫の事務室の座標だったのだ。暴発時には影山が寝ぼけていたために数字の細部がいい加減になってしまい「ラゴスのあたり」になっていたのである。


「ま、だいたいお話は承りました。今日、ここに来た甲斐があったというものです」


 それまでカレーを食べながらじっと話を聞いていた貴子がスプーンを置いて口を開いた。


「で、どうなさるんですの? 目覚めたあの子が大河君とやらを殺しに行かないとも限りませんけど、私このままあの子預かっててよろしいんですの?」


「む……そうだな……」


 もともと今のこの状況は貴子が大地の記憶について問い合わせたことが発端だ。そして貴子は今日の結果を受けて、今後大地の能力をどういうふうに伸ばすのか、そのことにしか興味がないように見える。

 フロア全体がシッチャカメッチャカになっているようだが、貴子にとっては全て自分のリクエスト通りにことが進んでおり、何の破綻もない。


 なるほど、であれば今この場では数少ない()()()に乗っかるのは手だな―― と影山は考えた。


「貴子さんのところで預かってもらってて良いと思う。ただ、暫くは能力を制限して様子を見る必要があるな」


「やれやれ、やっと初歩のテレポートが出来るようになったのに……。ところで、インストールの方はどうなさいますの? またぞろ、羊飼いの残党が何かしてくる可能性があるんでしょう? 戦力は増やしておいたほうがよろしいんじゃありません?」


「それなんだよなあ。一応マナの方は余力があるんだが……」


 春にしのぶに空間情報エディタをインストールしたところだが、それでも影山のマナは大地一人を「養殖」能力者にするだけの余力は十分にあった。だが、影山の事業の裏側を調べ上げ、自らの進路を決めたしのぶに空間情報エディタをインストールしたケースに比べ、大地の場合はいろいろ事情が異なる。


 ぶっちゃけて言えば今、大地に能力をインストールしてしまうのはただの「親の都合」と「巻き込み」だ。


 大地には明確に上位存在からのミッションをこなす意志もなければ、羊飼いの残党のような連中と戦うだけの覚悟もない。敵が怪しい動きを始めた時にたまたま身内がそこに居たからと言って能力を付与するのはいかがなものか。影山が躊躇するのも当然と言える。


「親の都合で子供を戦力にするというのはどうもなあ……」


「被害者の巻き添えは気にせんでも、加害者側の巻き込みは気になるんかいな。都合のええことで」


 相田が皮肉たっぷりに言い放つ。彼女はもう影山とどうこうなりたいわけではないから影山への口調がやや手厳しい。だが言っていることは間違っていないので影山も何も言い返せない。


「あの子、悪の組織と戦いたがってましたわ。ボクが超能力を得た暁には~っ!っていつも言ってますもの。主に寝る前とかに」


「……プライバシーは程々に尊重してやってくれ。あれでも大事な息子なんでな」


「で、どうしますの?」


「実際に、クロンダイクを掘り返した連中の狙いが判明し、具体的な行動をとり始めるまでは大地への能力インストールは保留する。貴子さんとしのぶは大地に何か聞かれたら答えてやってくれ。ただし、こちらから積極的に何かを話してやる必要はない」


「了解です」


「瞳としのぶにはもう一つやってもらわなきゃいけないことがある」


「はいはい。大河君の方も、ですね?」


 影山は頷いた。


 目を醒ました大地は時を置かず、大河に自分の記憶について話そうとするだろう、と影山は考えていた。大河が大地のようにひっくり返るかどうかは分からないが大地の時と同程度の準備は必要だ。


「それで、大河君は能力の制御は出来てるんですか?」


「いや、出来てないから余計に瞳、お前の助けが要るんだ」


「はあ、それじゃしばらく焼き鳥屋は休んだほうが良さそうですね。飯田さんへの連絡は影山さんがやっておいてくださいよ? 休むのは私の都合でじゃないんですから」


「ところで」


 カレーを食べ終わったシャーロットが真面目な顔で話し始めた。




「大地と大河、本当に一卵性双生児なの?」


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