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#012 ドリル・サージェント

“That fuckin’ shepherd should just keep the sheep without digging any holes!”

(あの羊飼いども、穴なんか掘らずに羊だけ飼ってりゃいいのに!)


 父の英語はなんというか汚い。ファッキンとかアスホールとか言う単語が随所に出てきて、しかも怒鳴り散らす英語だ。通話相手もさぞうんざりしていることだろう。

 たまらず父の後ろ姿から目をそらすと、青い顔をした貴子さんが目に入った。父があまりに口汚いので血の気でも引いたのだろうか。


「あの、父が大変な勢いで怒鳴ってますけどアレはいったい……?」


「あなたは知らなくていいことよ……って言われても知りたいわよね。うーん、そうね。私達はさっき言ってた超能力を使って悪の組織と戦ったことがあるのよ」


 悪の組織! それと戦ってた? なんか凄い!


「壊滅したはずの悪の組織が北の大地クロンダイクから蘇りつつあるとか、そういう感じかしらね。男子高校生向けの解説だとそうなるわ」


「うわあ……マジですか……うおお……」


 きっと僕にも解るように易しく話してもらったのだと思うが、非日常的で面白いというか、もしそれに関われたら最高にエキサイティングな夏休みになる気がする。

 いったいいつ以来だろう、こんなに気持ちがワクワクと湧き上がるのは?


 いや……いかんいかん。このままだと僕は完全に中二病を脱していない残念な男子高校生だ。


「ところで、どうして貴子さんはいきなり校長室にやってきたんですか? それにあの行動は? てっきり危ない人が来たのかと思いましたよ。でも、校長先生に一喝されると急にこんなふうに落ち着いて、歩きながら僕や父と話をしているし。僕にはこの一連の流れがまるっきり理解できないんですが……」


 校長室での貴子さんのとった行動は社会人として絶対に正しくない。無理やり職員室をつっきり、ガードをのしながら校長室に入ってきたのだ。普通なら通報されてるところだ。


「え? あ、えーと……うーん。確かにあれはまずかったわね」


 貴子さんは恥ずかしそうに僕から目を逸らした。なんだか可愛い。今日始めて、この人の二十歳そこそこの外見に見合った表情を見た気がする。


「大地君はジオフェンスって知ってるかな?」


「知りません」


「そっか、説明しづらいなあ。うーんとね、影山さんは現在のところ先進テクノロジー開発の第一人者で、中国や米国なんかから目をつけられてる存在だってのは知ってるよね?」


 貴子さんがさっぱりした口調で僕に話しかけるのは僕が子供だからなのだろう。父に話しかけるときのように「~ですわ」とか、気取った語尾をつけないんだな。


「ああ、父の会社やその投資先の会社の技術が進みすぎていて、各国が旗を振って開発を進めた技術が完成した頃にはとっくに陳腐化してしまっているのが問題になっているというのは何かで読みました。知的財産の腐食化攻撃だとかなんとか」


「そう。技術的な優位性を国力の根拠にしたい国にとって影山さんは希望の星だったり目の上のたんこぶだったりするのよ」


「それが校長室での大暴れとどんな関係が?」


「いつ何時なんどき、そういった国が非合法な手段を使って実力行使に出るか分からない状況でしょ。そういうのもあって私達はいつでも影山さんの場所が把握できるようにしているの。そして、いつもと違う場所に移動した場合や、移動手段が想定と異なる時は私が出動する事になってるのよ」


「? そうなんですね?」


「そして福山ここは想定外の場所で、移動手段も想定外だったのよ」


 ああ、父はテレポートができるのに()()()()()()に乗って普段来ない福山ここに来たということが、誰かに誘拐されてここに連れて来られたと判断されたんだな。


「で、私が後を追って跳んできたら扉の周り、廊下、あちこちに武装した男達がいるじゃない? 影山さんが学校に偽装した何かに監禁されてるのかなって思ったのよ。最近は廃校の再利用とか言って貸し出された学校の建築物をアジトに使うフロント企業も多いからね。で、校長室に入ったらそこはほんとに普通の学校だったわけよ」


「フロント企業って……うちは中国地方でも指折りの名門校ですよ?」


「知らないわよ。日本の高校なんて」


「じゃ、校長室に入って来た時に何か言ってたあれは……」


「やらかしたってその場で解ったんだけど、取り繕おうとした時にミス・ルナティック(頭のおかしい女)って言われて、日頃そんなふうに私を呼んでるのかこいつらーって思ったらちょっと腹が立っちゃってね……」


「で、ガードの人を超能力で扉に叩きつけてぐにゃぐにゃにしたと……」


「ぐにゃぐにゃまでは行ってないわ。2,3箇所の骨折で済んでるはずよ」


 そう言うと貴子さんはケタケタと笑った。

 ……遠くで救急車の音がしているけど、あれは学校から出てきたやつだろうか?


「そっちの話は終わったか?」


 父の電話は終わったらしい。


 先ほどまでの若干だが余裕があった表情とは打って変わって険しい顔だが、貴子さんの説明から推測するに、父はこれから蘇りつつある悪の組織と戦わなくてはならないのだ。表情が変わるのも当然だろう。


「終わりましたわ。納得できたかどうかは微妙ですけれど」


「そうか。でな、大地……」


 父はばつが悪そうに後頭部をカリカリとかきむしっていた。


「お前のその、目覚めかけた超能力ってやつを俺がなんとか面倒を見てやろうと思ったんだけどな……その、ちょっと用事ができてしまったんだ。それもかなり性質たちの悪い用事でな、いつ終わるかわからん。それでな……」


 父がちらりと貴子さんの方を見た。


「僕がいいなら、こちらの貴子さんに面倒を見てもらうのもアリってこと?」


「んむ。まあ、そういうこった」


 おそらく父は「遺憾ながら」という言葉を付け足したかったに違いない。それを言わなかったのは貴子さんのプライドを考えてか、それとも自分がやろうとしたことを押し付けてしまったと言う引け目を感じてなのか。


「お世話になろうと思います。貴子さん、これからよろしくお願いします」


 僕は貴子さんに深々と頭を下げた。父が今しがた抱えた問題に区切りをつけて暇になるのを待っていたらこの話はお流れになるかもしれない。そんなことにしてたまるか。


「私の訓練はきついわよ。途中で逃げ出したりしたらもっときつくなるからね」


「あーあー貴子さん、ほどほどにな」


「ほどほどに、了解ですわ」


 不穏な会話が聞こえるが、正直、この2人にとっての「ほどほど」がどれぐらいのものなのかが僕には皆目見当がつかない以上、多少の不安と大きな希望を持ってこの身を預けるしかない。

 貴子さんがこれだけ自信たっぷりである以上過去の失敗を克服するだけの目算はあるのだろう。


 だったら、そこに賭けるしかない。


「それで今の電話の相手、アントニオからなんでしょう? 羊飼いがどうこうって聞こえましたけど大丈夫なんですの?」


「まだなんともわからん。全貌が判明次第、身内を招集して情報を共有するから少し待ってくれ。壬生のネットワークも使うかもしれないが、いいか?」


「それはいいけど、能力開花後のこの子をどうなさるおつもり?」


「大地は今のところ天然の能力者という扱いで、お役目関連については別扱いしようと思っている。だから貴子さん、こいつには超能力者としての訓練だけをやってくれ」


「分かったわ。そっち案件にはまだ巻き込まない方針ですのね」


「ああ頼む。後で各方面に通達は出すから」


 「お役目関連」――また知らない言葉が出てきたが、これが悪の組織云々と関係ある言葉だとしたら僕はまだ戦力になれないだろう。今は貴子さんの訓練を真面目に受けるくらいしか僕に出来ることはなさそうだ。


「じゃあな、大地」


 父はそう言って一人だけスタスタと歩いて行き、人気のないT字路を曲がったかと思うとそこで姿を消していた。


「これがテレポートってやつか……」


 それにしても、久しぶりに会った父は何とも表情豊かで人間味に溢れていた。この顔をどうして家では見ることができなかったのか不思議なぐらいだ。きっと何かそれなりの事情というものがあったに違いない。


 それから僕は「多少の衣類と宿題、身の回りのものをまとめておくように」と貴子さんに言われて帰宅した。 家に帰った頃には「夏休みに僕が居なくなる」ということはすでに養父母にも話が通っていたようで、他に聞かれたことといえば保護者面談はどうだったとかそんなことだけだ。


「保護者面談の最中に和服を着た二十歳そこそこの女性が校長室に殴り込んできて警備の人を叩き潰した後、校長に叱られて僕や父さんと一緒に学校から追い出されたよ。それより、明日から僕は壬生グループの偉い人のところで超能力者になる訓練をするんだ」


 うん。なんのこっちゃわからん。今日あったことをそのまま養父母には伝えきるのは僕には無理だ。よし、そこは父か母に丸投げしよう。きっと母あたりがきっちりまとめて報告してくれる筈だ。


 それにしても、あのまま東京で暮らしていたらこんな面白いことにはなってなかったかもしれない。内海とヤッチンには感謝だな。

 

◇◇◇◇◇


「あ、なんだ結局大地も伊勢志摩に行くんだ? 僕は行かない~とか言ってなかったっけ?」


 しのぶが僕に意外だなという顔をして言った。


「え、貴子さんの訓練って伊勢志摩なの?」


「そうだと思うよ? 私がゴールデンウィークに行ったところだけど、あそこは壬生家の別荘だって聞いてたしたぶん大地もそこで訓練するんじゃないかな」


 つまりしのぶも超能力者としての訓練を受けたということか。知らなかったのは僕と……もしかしたら大河の二人だけか。大河が伊勢志摩に行ったとか言う話は今のところ聞いてないからな。


「なんだそうだったのか。てっきりなんとかオリンピックの代表合宿か何かと思ってた」


「どうりで会話が噛み合わないわけね」


 貴子さんに言われるがまま荷物をまとめた僕がやってきたのは倉敷のシャーロットさんの家だった。ここに来れば迎えが来るという話だ。どうしてここなのか、誰が迎えに来るのかは知らされていない。

 しのぶに聞いてもそこは教えてくれなかった。そのうち解るんだから先入観なしに色々見聞きした方がいいと言われたが、それくらい教えてくれてもいいんじゃないかと思う。


 たぶんテレポートとやらで来るんだろうけど僕はテレポート出来ないぞ?


「大地君、貴子さん来たわよ。荷物持って2階へどうぞ」


 僕が昼食にシャーロットさんのカレーを食べていると、2階にいたしのぶから呼び出しがあった。


「何で2階?」


  僕は荷物を持って階段を上っていった。しのぶに手招きされて入ったのは、いつも疑問に思っていた立ち入り禁止の部屋の前だ。


「さあさ、入った入った」


 何も無い部屋だった。何か特別なことがあるとすれば、その部屋の真ん中にあの貴子さんがボーイスカウトのような服を着て立っていたということだろうか。


「ここはつまり……」


「テレポートしてくる人が他の人とぶつかったりしないように何も置かず、誰も出入しないようにした部屋だよ。こうしないとえらいことになっちゃうからね」


 なるほど、よく考えられている。ある程度移動先の安全や人目がないことが担保されていないと確かにとんでもないことになるものな。こういう知見や設備が揃っているということは、父や他の超能力者達の経験や歴史は結構長いのだろう。


 あ、長くてもいいのか。あの人たち歳とらないもんな。


「訓練に先駆けて、映画でも漫画でもいいから新兵の訓練を扱ったものを見るか読むかしておけと言ったのはちゃんとやっておいた?」


「サー・イエス・サー!」


「私に対しては『イエス・マム!』が正解よ」


 貴子さんが開口一番僕に要求したのは僕の覚悟。もちろん、覚悟と事前準備は出来ている。映画を見てちょっとビビったのは内緒だ。


「でもちゃんと予習はしたのね。あ、安心していいわよ。あれよりはマシだから。訓練中でも泣いたり笑ったりくらいは出来ると思うわ」


 そう言った貴子さんの頭には僕が映画で見たのとそっくりな丸いつばの帽子が被られていた。キャンペーン・カバーというらしいが映画で見たのと違って貴子さんの帽子は新品のようだ。貴子さんはその帽子のつばを触りながら、僕の方をぎゅっと殺すような目で睨んでいる。

 これが教官の気迫というものか。これに比べたら受験前の塾の先生が唱える気合とか気迫なんてお遊戯みたいなものだ。


 ビビっている僕をよそに、しのぶはただうんうんと頷くだけだった。つまり貴子さんの言うことに否定しなくてはならないほどの誇張はないということか。


「しのぶも貴子さんの訓練を受けたの?」


「私の教官は亜希さんだったよ。持ってる能力によって訓練の内容は違うからね」


 もう聞いても驚かないが、どうやら母も能力者らしい。つまり、元々僕には超能力が発現する素養はあったわけだ。なにせ父も母も超能力者なのだから。

 それで、物心つく前に僕が何かその能力でやらかして、あまりに危険だから封印されたんだな。おお、何か潜在能力が大きすぎて……みたいな感じでいいな。主人公みたいだ。


「訓練って……辛かった?」


「これまで生きてきた常識がひっくり返るくらいにはね」


 天才肌のしのぶがここまで言うなんてよほどの訓練なのだろう。心してかからねば。


「荷物は持ったね。じゃあ行くわよ」




 僕が「アイアイ!マム」と返事をした相手は岩場で羽根を休めていたカモメだった。

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