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#011 脛に傷持つ指南役

 学校の校門を出てからしばらく、僕を含めた3人は横並びになって学校の前の道を歩いていた。

 父がどこへ向かって歩こうとしているのかは分からない。おそらく、歩くことそのものが目的になっているんだと思う。


 この3人の中で僕の役目は何だ? どう立ち回ればいい?

 3人全員が黙っていて一向に会話が始まらない、この張り詰める空気の中で僕はそればかりを考えていた。


「あの……はじめまして。市川大地です。あそこの高校の1年です。宜しくお願いします」


 絶対強者がひしめく親や親戚達の中で身についた知恵だ。こちとら雑魚なんだから頭は下げておくに限る。それに挨拶ってことならこの静寂を打ち破っても文句を言われることはないだろう。

 耐えられるかこんな緊張感に。


 そんな僕の思惑に満ちた挨拶は完全に無駄だったようだ。僕が頭を上げた時には貴子さんは父に詰め寄っていたのだ。


「影山さん、この子イッチーとの子供よね? 確か養子に出したと聞いてましたのに、面談には顔を出すんですの?」


「いや……いろいろあって亜希の実家じゃ対処が難しくてな」


「あら、どういう事態ですの?」


「その……こいつはお前と同じで天然のアレでな。人前でバーンとやらかしちまったんだよ。その尻拭いでここまで来たんだ」


「へえ、バーンと?……ふぅん?」


「もともとコイツ、色々危うかったんで俺と瞳で協力して10年ほど封印してたんだがな。それがそろそろ……ってとこだ。ってなんだよ、お前、解ってて福山ここに来たんじゃなかったのか?」


 それを聞いた貴子さんは、はあ、とため息をついた。


「影山さん、いい加減その『お前』は止めていただけないかしら? 私はあなたの伴侶でも敵でもないんですから。まあ、伴侶にはなりたくてもお断りされたんですけど」


「んむ……しかしな。おうのいいつけなんだ。嫁に貰わない以上は上司・部下としてけじめをつけろってな。その中で挙げられた具体例にあるんだよ。何度目だこの話?」


「……相田さんや山中さんは『お前』扱いですものね。せいぜいそれより下に下げられないようにってことでしょうか。はいはい、そうしますとも」


「是非そうしてもらいたいね。最近のお前は奔放にも程があるからな。

 もうじき壬生の会長になるんだろ? そうしたら上司部下じゃなくなるし、また『貴子さん』と呼ぶさ」


 貴子さんは僕の方を見て諦めたような顔をしてまた、はあ、とため息を付いた。


「ほんとにねえ……壬生うちがもう少しおおらかな家だったら今頃私もこの子くらいの子供がいたかもしれないのに」


 ああ……この人も歳を取らない人なんだ。ということはシャーロットさんや母さんと同じく、実年齢は40を軽く超えてるんだろうな。おおらかな、の下りはどういう意味なんだろう。この人も父さんとの間に子供が欲しかったってことなのかな?


「で、何をバーンとしでかしましたの、この子は?」


「確率操作と、ノンセルフテレポートのセンが濃厚だ」


「セルフは?」


「そっちは確認していない」


「ふん。薄目を開けたら無理やり縫い閉じられてしまって、最近やっと糸がほつれてきたってとこですのね」


「そういうこった。本人にはまだ何も話してないからな。余計なこと吹き込むなよ」


「なるほど……わざわざ乗り物なんかに乗って福山こんなところまで出向いた理由がやっと腑に落ちましたわ」


 二人が何を言っているのかまったく分からない。しかし教えてくれとも言えない雰囲気だ。


「影山さん、この子私に預けなさいな」


「ダメ。大地は渡さん」


「なぜ?」


「お前、自分が今どんな顔してるか解ってないだろう。あっちに跳ぶ時と同じでスリルと期待に満ちた顔してるぞ。おおかた、兄貴の訓練に失敗したのを大地うちのこを使って汚名返上しようってハラだろ? そんなことのために大事な息子を渡せるか」


 確かに貴子さんの目は今、なんというか、肉食動物が餌を見つけて目の焦点がキューッとなっているような、そんな感じだ。僕もそんな人に預けられたくはないなあ……。


「兄は……ただ根性がなかっただけよ」


「根性で片付く問題じゃないだろう。とにかくダメだ。失敗した時のリスクが大きすぎる」


 何か、いろいろ複雑な事情があるようだけど、情報が足りなすぎて何も口を挟めない。僕をどうするかって話の筈なのに。


★★★★★


 5年前、壬生グループ初代会長、壬生由武は死の床で後継者となる次男、由和よしかずに高次元知的生命体「あいつ」から任命された「お役目」について、一通りの真実を話す場を持った。

 その場に居るのを許されたのは由和と貴子の二人のみ。弁護士も、由武の妻でさえも臨席は許されなかった。


 由和は最初、自分か妹のどちらかを壬生グループの後継者として指名するという話だと思っていたが、その予想は大きく裏切られた。


「……というわけだ。まあにわかには信じられんだろうがな。げふっ ごほっ」


「それは本当の話なんですか、父さん?」


「今日、明日にでも死のうかという時にこんなに時間をかけて妄想を語ったりせんよ」


 由武から語られる話は由和にとって、最初から最後まで全てがファンタジーだった。

 特に、その「お役目」とやらを影山物産の影山会長が継承したなどという話は、トチ狂った貴子が追いかけていった男にどうにかして箔を付けてやりたかったのかと疑ったほどだ。


 しかし、聞けば聞くほど壬生グループの活動内容と「お役目」との間には整合性があった。そして壬生商事が急成長した時期の神がかった幸運についての説明は、能力の話が最もしっくり来る。


「ごめん、父さん。今してくれた話は信じたいんだけど、どうしても信じきれない」


 だがしかし、彼の理性はこの話の理解の邪魔をし続けていた。


「そうか……おい貴子、由和にアレ見せてやってくれ」


 由武の、貴子に頼む声はか細い。


 父から自分への、おそらくは最後の頼み。貴子はその場で小さく頷くと、自分自身と由和をデュッセルドルフのセーフハウスへとテレポートした。

 ディファレンス・メーカーで部屋の中の物を浮かせるくらいでは手品だと一笑に付されるかも知れない。由和に腹落ちさせるにはこれくらいのことはしなければならないと貴子は考えたのだ。


「なななんだ? ここはどこだ? さっきまで俺達は病室に…」


「落ち着いて。ここはデュッセルドルフ。壬生の支社にほど近い私の家の一つよ」


 窓から朝焼けが紅く通りを照らすデュッセルドルフの街並みを見て、由和は明らかに動揺していた。貴子はそんな兄を出来るだけ刺激しないよう、聖女のような微笑みを浮かべながら由和をなだめた。


「なんでドイツ? え? 病院は? 父さんは?」


「さっきのお父様のお話にありませんでした? ()()()()()が出来た、と」


「バカ!アレは与太話で……」


「現実ですよ。兄さんも小さい頃はこんなことが出来ていた筈です。何度もメイドを驚かせていたじゃないですか」


「え? そうかな……あれ? そうだった気もするな…… んん?」


 貴子はテレポート先の部屋で自分達の小脳にある器官について話をした。劣性遺伝に設定されていた筈だったが何故か遺伝していたことも含めて。

 最初はただ狼狽するだけの由和だったが、もともとそういった感覚が自分の中にあったためか立ち直りは早かった。実際、十分もすると由和は貴子の説明のほとんどを理解し、飲み込むに至ったのだ。


「兄さんがお望みなら、私が受けた訓練についてお話し、同じ訓練を兄さんに施すこともできますが」


 これは由武の話を飲み込んだ由和への貴子なりのサービスだった。実際、影山から受けたレクチャーと、何度か影山に跳ばしてもらったことが奏効して「あいつ」にガチャで能力をインストールされる前であっても驚くほど能力が向上した経験が貴子にはある。

 あれと似たようなことをやればいい。貴子は楽観していた。


「会長は兄さんがやればいいわ。私なんかが会長やってたら、小娘かと侮った連中が何をしでかすかわかったものじゃないから」


「しかし、今やグループの中でも成長率ナンバーワンの鉱山の社長であるお前を差し置いて……」


 この時点で貴子は壬生グループホールディングスの役員にも名を連ねていた。


 彼女は壬生グループの端っこで冷や飯を食っていた壬生鉱山の株を相当数買い取って経営権を握った後、亜希が大量のレアアースを混ぜ込んだ飯高町の荒れ地を購入・発掘することで壬生鉱山の業績を大いに伸ばすことに成功したのだ。グループホールディングス入りは血筋によるものではなく、その経営手腕を買われてのことだった。

 株の買収にはもちろん由武と相田の協力と暗躍があったことは言うまでもない。


「お父様の話、聞いてませんでしたの? 影山さんや私は()()()()()()が出来るんですよ」


「……そういうことか」


「兄さんが飽きたら会長は代わって差し上げますけど、それまでは頑張ってくださいな」


 由和は、全てに合点がいったと由武に報告すると由武は安心したのか、それから数日後に帰らぬ人となった。その最期は眠るように穏やかなものだったらしい。


 由和はその後、時間を見つけては貴子に能力開花のレクチャーを頼み、貴子もこれに良く応じた。

 そして、テンポよく開花していく由和の能力に対する貴子の異常な興味が訓練内容に影響するまでにそう時間はかからなかった。


「さ、次は月面に連れて行って差し上げますからご自分で帰ってきて下さいな」


 日に日に過激化する貴子の訓練は由和の精神を蝕み、ついには彼の忍耐力の限界を超えた。

 由和は知り合いの脳外科に話を持ちかけ、自分の小脳の手術を画策するまでになっていたのだ。

 貴子は慌てて手術を止めたが、同時に自分がやりすぎていたことを反省させられる結果となった。


 その後、落ち込んで様子のおかしかった貴子を影山が問い詰め、影山が状況を把握すると事態は沈静化した。由和にメンタル強化を施した後、貴子による訓練を双方納得の上で止めさせたのだ。


 余談だが、由和には簡単なテレポート能力が備わったにもかかわらず、由和がその後もそれを事業のために使うことはなかったという。


◇◇◇◇◇


 さっきから二人の会話に「テレポート」という言葉が当たり前の様に出てきている。この二人にとってはそういうSF話が日常なんだろうか? いや、それにしては話が生々しいし、そもそも作品名が出てこない。


「つまり、その……父さんと、貴子さんは超能力者ってこと?」


 僕は思いっきりカマをかけてみた。間違うのは若者の特権だ。何もしなければ僕の夏休みが何か別のことのために消滅してしまう。それに比べたら間違うくらいなんでも無い。


「まあそうだ。そして、言いたくはないけど貴子さんはその能力に関しては天才だ」


「天才?」


「能力種別、発想、発動時間、並列発動、影響範囲と規模、だいたいが規格外なんだ。見てただろう。ガードが一瞬でふっとばされてぐにゃぐにゃになったのを。ああいうのを一瞬で出来るんだよ。怖えだろ?」


「うふふふ、天才だなんて」


 父は「何だ今さら」という顔をして答え、その解説に貴子さんはまんざらでもなさそうだった。

 あまり嬉しくないが僕のカマかけは正解だったようだ。そして貴子さんは何やら同じ超能力者の父が一目置くような天才ということらしい。


「父さんの周りの人がみんな年を取らないのは父さんのおかげ?」


 聞きたいことが山ほどある。僕は質問をあれこれと続け、父は面倒くさそうに答えてくれた。


「ねえもし超能力ってのが遺伝するなら、僕にもできるのかな?」


「どうかな」


 あれ、歯切れが悪いな。変な質問じゃないと思うけど。


「だからね、その子私に預けません? しのぶちゃんと違ってほど良くバカで面白いし」


「だからダメだって言ってるだろう。江戸の敵を長崎で討つような真似はするな。第一、俺よりも亜希が反対するに決まってる。まずはそっちの了解を得て来いよ」


「あんな前のことを何度も蒸し返さないで下さいな。それに若けりゃ若いほど精神的な柔軟さは増すってものでしょうに。うちの兄が訓練でダメになったのは年齢的に遅すぎたからですわ。50過ぎてテレポートの訓練なんてどこかで行き詰まるに決まってますもの」


 何やら、貴子さんは昔、お兄さんを超能力者にしようとして派手に失敗したらしい。それで失った信用を僕を訓練することで取り戻そうとしてるのか?


 ようやく話が見えてきた! だったら乗るさ! 乗るしか無いよ。こんなビッグウェーブ!


「何かわかんないけど、もし年齢が原因だったならそのお兄さん?も若返らせればよかったんじゃないの?」


「それがねえ、それが出来るのはあなたのお父さんと、もう一人だけなのよ」


「俺の知らないところで始められてた訓練だったしな。気がついた時には手遅れだった。それにな、ストレス耐性ってのは肉体年齢よりは実年齢の影響のほうが大きいのさ」


 話せば話すほど情報のピースが増え、空いたパズルの隙間にはまっていく。しのぶはこの事を全部知っていたのか?


「それで、大地君にはメンタル強化を施したんでしょう? この子、なんとなくのぺーっとしててあまり感情の起伏が感じられないんですもの」


「え? そうなの? メンタル強化って何?」


「バカ……本人の前で言っちまいやがったチキショー。封印は大きな感情の起伏があると安定を失うからな。予防措置だ」


 僕は焼き鳥屋のお姉さんに何かを封印されていたのか。文脈からしてそれは僕自身の超能力に違いない。そうか、僕は生まれながらの超能力者なのか!? でもメンタル強化って何だ?


「酷い親だこと。でもメンタル強化はしておくべきですわね。あれ、とっても便利なんですもの。

 で、この子、あなたが指導するってことは、あなた同様気体流体を認識できない半人前になるってことですけど、本当にそれでいいんですの?」


「ぐぬぬ……それを言われると」


 父による僕の超能力開花訓練には何か問題があるのだろうか。問題以前に、忙しい父には僕につきっきりで訓練を施すなんて絶対に無理だろう。仕事が忙しくなったとか言って適当なところで無理やり切り上げられたりするんじゃないのか?


 冗談じゃない……僕にだって師匠を選ぶ権利くらいあっても良い筈だ。そして目の前には「天才」と言われ、僕を指導したがっている人がいる。しかも美人。


「父さん、僕…」


 ♪ルンタンタン ルンタッタッタン♫


 僕が意を決して父に僕の希望を話そうとしたまさにその時、父の携帯電話が鳴った。


「ちょっと待ってくれ」


 電話に出た父は英語で何か話し始めた。その表情は険しい。横で会話を聞いていた貴子さんの顔がだんだん表情が青くなっていっているところを見ると、何か大変なことが起きているようだ。


“Where is it? Klondike? Damn Fuck! Who the hell did it?”


 父の、あまり上品とは言えない英語が福山の夏の空に響いた。

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