第七話 追尾
決闘を最良の形で切り抜けた俺は、ある人物を追って王都郊外の森に軍馬で急行した。
「もう逃げられないぞ、投降しろ!」
俺は森の中の茂みに向かい、呼び掛ける。
そこには、その人物が隠れているからだ。ようやく追いついた。
「……」
無言で現れたのは、黒いローブを纏った細身の男。
ずっと感知魔術で追跡していた。もう、逃げられない。
俺の後ろに控えていた、付き添いの二人が、前に出ようとするが、俺はそれを手で制す。
この二人は、ジークフリードが俺に着けた護衛だ。騎士と魔術師で、共にA級の実力者だ。
まあ、事の顛末を見届ける役割と、俺のお目付役だな。
「……」
二人は無言で下がる。
俺に任せてくれるようだ。まあ、様子見というところか。
「アインホルン様! お待ちしてました! その二人は、アインホルン様と同じくロイス帝国に亡命するのですな!」
ローブの男ーーオーザガが笑いながら言う。
この男は、他国からの亡命貴族という触れ込みで、『アインホルン』が雇った家庭教師である。実はその正体は他国の間者であり、イケヤ王国の撹乱が任務であった。
『あなたには剣の才能がある!』『あなたが王に相応しい!』など、『アインホルン』を半ば洗脳していた。未熟な『アインホルン』は、それに気が付かなかった。
もちろん今は違う。
「悪いな、オーザガ。お前を捕らえれば、俺は無罪放免という約束でな」
俺は悪役らしく、酷薄に笑ってみせた。
オーザガの目的はわかっている。イケヤ王国に混乱を齎すことのようだ。今も俺と護衛の騎士たちの猜疑心を煽るような発言をした。
そう来ることは、既に打ち合わせ済みだ。
俺はオーザガ撃破に注力する。オーザガの実力は、A級くらいか。ランクで言えば俺と互角だが、戦えば俺が勝つ。
それに今は、A級の二人が俺の護衛についている。
負けは、ない。それに、もともとこいつは俺一人で始末するつもりだった。
なおオーザガがロイス帝国の人間というのは、十中八九、虚言である。イケヤ王国とロイス帝国の関係悪化を狙っているように思える。
ーーブクマ国か? はたまた別な国か?
イケヤ王国の隣国で、乱世を望む大国はいくつもあるんだな……。改めて国の運営の闇を知ってしまう……。
どこかわからないが……、俺がブクマ国に留学へ行くのは、案外良案だったかもしれない。
「クククッ。俺一人に、三人がかりか?」
オーザガが笑う。
いや? 俺一人で十分だ。
オーザガがどこの国の間者なのか、死んでも口を割らないだろう。死んだ後に解析の魔法を使っても、オーザガのプロテクトは万全で情報は入らないはずだし、持ち物にも手がかりになるようなものはないはずだ。
オーザガを拘束して尋問しても口を割らないことはジークフリードも了承済みだ。
ーーならば、オーザガは始末するのみ。
「……」
オーザガの雰囲気が変わる。
「……クククッ。俺が勝算のないまま、お前らと戦うと思ったか!」
オーザガが声高々に魔法を使った。
ーーと、空間移動の魔法で、次々と怪しげな風体の者たちが現れる。いずれもA級やB級の強者たちだ。
しかしーー、
「……な……ん……だと?」
オーザガが絶句した。
俺が拘束の魔法を罠として行使していたため、空間移動で出てきた者たちは総勢20名、全て拘束されていた。草を成長させてグルグル巻きという、簡単なものだが。
出てくる場所さえわかれば、あとは罠を仕掛けるだけという、簡単な魔法である。上手くいくもんだ。
「!?」
オーザガの驚愕が伝わってくる。
が、オーザガはすぐに切り替えたようで、風魔法で攻撃をかけてくる。
広範囲なもの、樹の枝を斬り落とす目眩まし的なもの、二連撃ーー。魔法を効果的に撃つのが手慣れている。
(……参考になるな)
俺はそんな事を考えつつ、前進。
オーザガの魔術は、全て霧散している。
「どういうことだ? 力を隠していたのか?」
オーザガが静かに訊いてくる。
「いや……、そういうのではないんだが。……そうだな、引き籠もってただけだ」
言って、俺は毛皮を触る。
オーザガは亡命貴族という触れ込みだったが、魔法が得意な手練れだった。それを、魔力の流れに敏感だった『アインホルン』は薄々気がついていた。
魔法を無効化したのは『アインホルン』がコソ練で鍛えた妄想……『魔法攻撃が来たら、こうやって防ぐんだ! ビシッ!』という、イメージトレーニングを重ねていた成果だ。
ーーもう少し詳しく言うと、魔力を霧状に纏って、それが風魔法を相殺したのだ。
ちなみに、オーザガの仲間を捕縛したのは『植物育成魔法、グルグル巻き!』である。
ーー魔力不足で今までは妄想を現実にできなかったが、今なら色々できそう。あ、なんだかそう考えると、ワクワクするな……。
「……ち」
オーザガは最後のあがきか、逃走を図る。
ーーもちろん、それは無理な話だ。俺は抜剣、オーザガの腿を斬り裂いた。
「どうだ? これで逃げれないだろう」
俺は余裕の悪い笑みを浮かべる。
実は内心はオーザガの魔法対処で精一杯、魔法を防御に回していたため攻撃は剣(魔剣ではなく、戦闘用の剣を装備していた)に限られていたた。
しかも、ビビリなため、急所ではない腿しか狙えなかった……。
「……」
傷を負ったオーザガは無言である。
ーーいや、既に自死していた。
(ーー本当に自らの命を絶つのか。これが、間者というものか。これが、国同士の争いか)
想像していたことではあったが、目の当たりにすると、衝撃だった。
これまで、『アインホルン』は引き籠もりーー周囲に目が行っていなかった。ジークフリードを意識してばかりだった。これからは国の暗部にも目を向ける必要があるのかもしれないーー。
「お見事、アインホルン殿下」
トリップしかけた俺に、騎士が声をかけてきた。
「ああ……」
俺は毛皮をいじくる。
ちょっとした照れ隠しである。
「あとは後発部隊が片付けますので、お戻りを」
「わかった。よろしく頼む」
俺は複雑な思いを抑え、なんでもないように応じた。
オーザガにちらりと視線を落とす。
なんとも言えない。
(気持ちを切り替えよう。まずは留学だな。どこの国だっけーー?)
今まで引き籠もってーー力を蓄えてたから、これからはちょっと、やってやりますかーー。