第五話 悪役ノリノリ
(ーーさて。あとは、どうやってこの場を収めるか)
副王とかには、絶対にならない。
勝つのもまずい。じゃあ、引き分けとか? うやむやにしたら、良いかも?
つまり、
ーーやるな、アイン
ーー兄貴もな……。目が覚めたよ。この国の王には、兄貴こそが相応しい。この勝負、引き分けだ
ーーそうか! 引き分けだな!
……みたいな展開?
(……プッ)
そんな展開を考えたら、笑いが出てきた。
『……む、余裕だな。アイン』
ジークフリードが念話で抗議してくる。
あ、ジークフリードを焦らすのは、まずい。何をするか、わからない奴だ。
今回のことでもわかるが、ジークフリードは熱血勘違い野郎なんだろう。
ーーということで、これをうまく利用しよう。殴り合いの中で友情に芽生える『ザ・熱血青春漫画風』にいこう。名付けて『ブレイキングダ◯ン作戦』だ!
決闘の中で互いに認め合い、出来損ないの弟が正義に目覚めちゃう?
(ププッ……)
想像したら、可笑しくなるな。
(ーーいざとなれば、夕日に向かって二人で走るか!)
ヒャッハー!
「……」
ムッ、としているジークフリード。
俺が笑ってるのを見て、怒ってるな。よしよし。
「ヒャッハッハッハ!」
俺は下品に、かつ悪そうに笑った。
もう吹っ切れた。
毛皮を、これみよがしに揺らす。非常にハマる。吹っ切れると悪役、面白い。
「ごちゃごちゃと策を弄した俺が馬鹿だった。こうなれば、実力で打ち負かしてやる! かかってこい!」
俺はジークフリードを挑発した。
そして、剣を横薙ぎにする。
「よく言った! 正々堂々、勝負だ!」
応じるジークフリード。
俺の剣を受け、反撃として上段から綺麗に剣を打ち下ろしてくる。
俺は飛びすさり、剣を再度横に薙ぐ。
「おらあ!」
「むう!」
ジークフリードは大袈裟に剣を受ける。
暑苦しい。ジークフリードの動作は、いちいち芝居がかっている。というか、型通りの王者の剣の作法である。もともと、王が剣を振るう場面など、あってはならないのだ。
とすれば、剣技の技術など型通りの剣術を学べば事足りるーー。
(……ん? 王者の剣? よしよし、もっと演出するか!)
俺は、あることを思いつく。
「例のモノを!」
と、観覧席にいる男に合図を送った。
「ーーッ!?」
観覧席の男は戸惑いつつも、俺に包みを投げてよこす。
「ーーな、なにを?」
ジークフリードが怪訝そうな表情を浮かべた。
もちろん、観覧席からの助太刀は反則である。が、観覧席から物を渡されることについて細かくは決められていない。
「……フフ、これを見よ!」
俺が悪く笑いながら、包みから取り出したのはーー。
「ーーなッ! それはッ!?」
驚くジークフリード。
観覧席からも、どよめきが生じた。
「フハーッハッハッ! そうだ! これは我が王国に伝わる国宝『王者の剣』だ!」
俺は高笑いをする。
そう、俺は国宝を持ち出したのだ。初代国王が持っていたという宝剣『王者の剣』を。これは儀式の時にしか宝物庫から出されず、王族しか扱えないという代物である。
それをこの場で、披露した。
ちなみに、『儀式=決闘』で、取り扱いは『俺=第二王子』ということで、ギリギリ国法には触れないはずだ。
「どういうつもりだ、アイン!」
ジークフリードが困惑した声を上げた。
どういうつもりもなにもーー、アインホルンは決闘に勝ち、『王者の剣』を振りかざし、その威光で自分を王とする宣言を行うつもりだった。
人徳がないことを自覚していたためだが、小賢しいことだ。
しかし、俺は使い方を変える。
「ほらよ」
俺はジークフリードに『王者の剣』を投げてよこした。
「なんだと!?」
ジークフリードがさらに困惑する。
観覧席も、驚愕の雰囲気だ。
「ーー俺には、これがあるからなッ!」
俺は注目を集めるように叫び、ある魔法を使う。
『収納魔法』というもので、使う者の魔力に比例して大きいものを収納できる。俺が出したものは……、
「フハーッハッハッ! これぞ魔剣『真魔黒竜剣』だーッ!」
一振りの剣だ。
ーーこれは『アインホルン』が流れの冒険者から高く買い取った偽物の魔剣で、後付けで竜の装飾と紫の色彩を施した一品である。
ノリノリで拵えたが、さすがに恥ずかしくなって秘蔵されていたものであった。
「これで、貴様と『王者の剣』を打ち負かしてやる! 俺が新しい王国を作るのだーッ!」
と、叫ぶ俺。
もう、やりたい放題。気持ちいい。
観覧席からは悲鳴が上がっている。
ここまでしていいのか、と思いはしたが、ジークフリードが『王者の剣』を使って、魔剣を持った俺を更生させる、なんて図を演出したのだ。それに、間違ってもこんな俺を副王なんて役職につけないでしょ。
「わかった! 俺がお前を正す!」
ジークフリードは決意に燃えた瞳で、宝剣『王者の剣』を抜いた。
ゴテゴテ装飾された鞘から剣身が姿を現す。この剣は意外と業物で、実用的だ。また、飾り柄を取り外すと握りやすく、両手で持つとしっくりくる。
だが、なんの特殊効果もない単なる剣である。特殊効果のある魔剣よりも価値は下がる。
「小賢しい!」
と俺は下手なセリフを吐き、ジークフリードに斬りかかる。
観覧席からは、決闘の中止を叫ぶ声も上がるが、無視である。確かに、王子二人が闘技場で真剣を使って決闘など、常識では考えられない。防具を身に着け、治癒魔法士が控えているが、万一ということもある。
ギィィン……ガキィィン……
俺とジークフリードは二合、三合と斬り結ぶ。
つい悪戯心から、俺は魔法で作った紫色のオーラを出してみる。いかにも『魔剣』の特殊効果ですよ、といった感じだ。もちろん効果などなく、ブラフだ。
「受けよ、ジーク! 俺の必殺技だ!」
「こい、アイン! 全力で受けてやる!」
なんて、俺はノリノリでジークフリードにかかっていき、本気のジークフリードが返す。
喜劇ってこんな感じ? 悪役、楽しい。ププッ。