第三話 念話でゴメンね
さて、そんな経緯でここは闘技場で、今は決闘の最中なのである。
覚醒した俺は、やることを瞬時に決めた。俺の頭は明瞭で、二つの人格が融合した際の混乱など一切なかったのが幸いだった。
もしかすると、前世の俺と『アインホルン』が、ある気質でガッチリとスクラムを組んだから、かもしれない。
――それは、引き籠もり気質である。
(ひとり時間、最高ッ!)
前世の俺も『アインホルン』も、室内が好きなのだ。
『アインホルン』は、狭い世界に閉じ籠ってゆったり過ごしたかったのに、構ってもらえないと、ないがしろにされるような気がして許せなかった。……つまり『構ってちゃん』だ。
だからジークフリードに嫌がらせをしていた。そうすれば気が紛れ、外の世界に関わっている気になれたからだ。
情報を集めたり、周囲の空気を読んだりできず、自分を取り巻く環境が理解できていなかった。
もしかすると、今回の決闘でジークフリードが勝てば、俺は幽閉でもされるのではないだろうか。扱いづらい第二王子など、幽閉に限る。
……ちなみにそうすれば、万事丸く収まっていたと思う。
国にとっても、実はジークフリードにとっても一番良い方法だ。
(だって、ずっと『引き籠もり』できるでしょ!)
覚醒前の俺なら、合法的に不自由なく、快適に過ごす一番の方法だった。
もちろん、屈辱に打ちひしがれて失意にまみれるだろうが、やがて気づいたと思う。
ーーこれって快適だ、と。
そしてーー、悟っていただろう。『引き籠もりは世界を救う』と。
は? 何故かって? ーー理由はこうだ。この世界は、もしかしたら俺が見ている夢の中の世界かもしれない。もし、そうであるならば、俺が事故などで命を落とせば、この世界は消えてしまうのだ! つまり、俺が引き籠もって安全に暮らせば、この世界の平和が保たれる! 『我、思う故に、この世界あり』という訳だーッ!
ーー閑話休題。
しかし、だ。引き籠もりも捨て難いが、今の俺は違う!
せっかく異世界に来たのだから、この世界を見て回りたいのだ!
ーー学園に行ったり、冒険者になったり、エルフと会ったり、テンプレしたり……。これは、想像すると、萌え……燃えてきたッッ!
日本は日本、異世界は異世界! この場を上手く、切り抜けねばッ!!
ーーとなると、まずは……、
『兄上、兄上!』
俺は呼び掛けた。
いわゆる、念話というやつである。魔法を使い、ジークフリードとだけ会話をしている。
『……アインか』
少し間が空き、ジークフリードが応じる。
『お前に、兄上と呼ばれるのは初めてだが……』
少々面食らっているようだ。
『じゃあ、お兄様……?』
『いや、兄貴とかでいいや』
さすがに可愛くない弟に『お兄様』と呼ばれるのは嫌なようだ。
しかしこのやりとりの間も、お兄様……兄貴は構えを崩さず、暑苦しい表情のまま。
俺も酷薄そうな笑みの形はキープしている。
また、開始の合図はかかっているので互いに運足を始めた。
……意外とこいつ、役者?
『しかし、念話を使えるとは恐れ入ったな。少し難易度が高い魔法なはずだが……。用件はなんだ?』
ジークフリードが、穏やかに訊いてくる。
しかし、そう言うジークフリードも侮れない。この、念話という魔法は、片方の人間だけしか使えない場合は、俺の負担が数字で言うと『10』ある。
今、俺の負担は『5』しかないので、ジークフリードも念話の魔法が使えるということになる。ジークフリードがこんな魔法を使えるとは知らなかったーー。
まあ、今は目の前のことに集中するか。
『率直に言うと、降伏だ。心を入れ替えて、もう悪いことはしない』
俺はわずかに目を伏せた。
『……ふっ、なにを?』
ジークフリードは鼻で笑う。
一笑に付された。まあ、そうだろうな……。
『もちろん! 言葉だけじゃない』
俺は少し後方に距離を取り、無意識に触っていた毛皮から手を離して、ネックレスにリストバンドを投げ捨てた。更には指輪を外し、懐から魔道具をいくつも出す。
『あ、なるほど。こっそり魔道具を装備してたんだな』
してやられたー、みたいな声を出すジークフリード。
マイペースだな、こいつ。
俺が捨てたのは、決闘で禁止されている戦闘を有利にする魔道具である。
あらかじめ、俺が仕込んでおいたのだ。
魔道具を出し切ると、俺は毛皮が乱れていないことを手で確認する。あれ、実は自分でも気が付かないうちに毛皮が気に入ってる?
『不正は全て排除した。あとは、この場で俺が負けて、兄貴は王位につく宣言をすれば良い。どうだろう?』
長剣を弄びながら、俺は訊いた。
まあ、優しいジークフリードのことだ。神妙な態度の俺に感動し、いいよ、と返してくるはず。
『だめだ』
ほーら……って、だめ!?