プロローグ
ずっとずっと好きで、何度も何度も諦めようとして、それでも諦めきれなくて。
そんな相手が好きな相手と結ばれたとき、自分はどんな気持ちになるのかと何度想像したことだろう。
辛いとか、悲しいとか、苦しいとか。
そんな感情が湧くのかなと思ったけれど、実際はそのどれでもなくて。
(..............ああ、良かった)
幸せそうに微笑んでいる自身の好きな人と、その好きな人。
それを見て自然と笑みが浮かぶ口元に、何よりも安堵が先に立った。
けれど一つだけ伝えられないことがあって――――伝えることを諦めていた言葉を、代わりにひっそりと呟いた。
「「.................ずっと、お慕いしておりました」」
一つだけの言葉が二つ重なった時。
驚き見開いた紺碧の瞳と目が合った時。
———―止まったはずの歯車が、もう一度動き出した。
◇◇◇◇◇
————私は、生まれた時から運命が決まっていた。
正確に言えば、運命を『知っていた』という方が正しい解釈かもしれない。
いわゆる前世の記憶というものを持っていた私は、自分が『悪役令嬢』で、その婚約者が『男ヒーロー』、そして婚約者でもないのに結ばれる相手が『ヒロイン』だということを…………所謂『シナリオ』通りに私たちが動くべき『配役』が決まっていることをわかっていた。
それを知っているのに――――絶対に結ばれることがないとわかっている人に、誰が恋をしようとするだろうか。
だから私は絶対に婚約者を好きにならないようにした。否、好きにならない努力をした。
けれど悪役令嬢の役目というべきか、シナリオの強制力というべきか、はたまた—―——『運命』というべきものによって、私はゲームの通り自身の婚約者に恋をした。
たとえ婚約者がいつかヒロインと結ばれるとわかっていても、自分とは婚約を破棄する運命だとわかっていても――――それでも、好きな人と幸せになる結末を、密かに胸に秘めていた。
けれど、最初から無理だったのだ。
婚約者とヒロインはシナリオ通り順調に距離を詰め、私は逆にどんどん邪魔になって。
私はもうゲームの通りに断罪されないように、彼女から距離を置くことしかできなくて。
そして、シナリオの中の私――――『悪役令嬢』の気持ちがわかった今、ほんの少しかわいそうだと思った。
ずっとずっと好きで、この人と結ばれると信じて疑わなくて、けれど突然現れた少女に何もかも奪われて。
私だって、前世の記憶がなければどうなるかわからなかった。
けれど、そこで感情に任せたら待っているのは『死』――――それだけで、ひたすら二人を遠ざけた。
怖かった。
何も悪くない無垢な少女を、虐めてしまいそうで。
嫌だった。
好きな人を理由にして、誰かを傷つけてしまうのが。
そうするといつの間にか王太子とその婚約者が不仲だという噂が流れて、最終的に『ヒロイン』が聖女として目覚め、王太子が今まで彼女に嫌がらせをしていた令嬢たちを断罪する。
そう、これがハッピーエンド。
これがこの世界の最善で、最良で、正しい世界線。
――――悪役令嬢がヒーローと結ばれて幸せになる話なんて、どこにも存在しないのだから。
令嬢たちを断罪し終わり、目の前でいつもと同じ微笑みを浮かべている婚約者が私のもとへとくる。
けれどそれは私のためなどではなく、隣の彼女の為。
「エルシア・グライド侯爵令嬢。今まで、本当にありがとう」
そう言って私を見た後に隣の少女に笑いかけた彼は、すっと大きく息を吸った。
「私、リュグナー・アーノルドはこの瞬間、エルシア・グライド侯爵令嬢との婚約を解消し、聖女カリナ・レイス子爵令嬢との婚約を結ぶ!」
わあああああああああああ!!!
大きな会場中に轟く声で――――いや、多分魔法を使っているのだろう、彼はそれほどの実力者だから――—―王太子が宣言した瞬間、会場中から歓声が上がる。
最後に婚約者............いや、元婚約者とその婚約者が私に対して頭を下げた瞬間、あたたかな拍手がこの場に響いた。
「...........おめでとうございます、王太子殿下、聖女様」
「ああ、ありがとう」
「ありがとうございます、エルシア様」
なんとか振り絞った声に対し、二人は笑顔で礼を言う。
それに対し私自身も最後に最上の礼を二人へ向けた後、私はその場から速足で立ち去った。
(..............婚約解消、だって)
そう、『破棄』じゃなくて『解消』よ。よかったじゃない私、断罪されなかった。
これが本来のハッピーエンドで、悪役令嬢にとっても幸せな事じゃないの。
「..............っう、................」
ねえ、リュグナー様。
私はどこがダメだったのですか。何を直せばいいのですか。
どうすれば――――あなたと結ばれることができたのですか。
ポタ、ポタ、とベランダの手すりにシミを作っていく何かを我慢することができない。
嗚咽とともに溢れる感情は、もうどうしようもなかった。
それからずっと泣き続けて、どれぐらいの時が経っただろうか。
ずっと泣いて、泣いて、少しだけ涙が落ち着いたとき、ふと会場の中を見た。
すると、大切な人と寄り添って幸せな顔をしている好きな人が、目に入って。
ああ、良かった、と。
素直にそう思えた自分に少し驚いて、少し誇りだった。
..................そして同時に、「けじめをつけよう」と思った。
ずっと抱えていたこの気持ちを、ついに終わらせる時が来たのだから。
―――—無意識に、口が動く。
「「.................ずっと、お慕いしておりました」」
その瞬間、なぜか声が二つ重なって。
驚いて弾かれたように隣を見た私と、同じく驚き目を見開いた人と、目が合った。
「ギルバート・ウィストリア.................」
ギルバート・ウィストリア。
それは、王太子とは真逆に位置する漆黒の髪に、紺碧の瞳を持つ公爵家の嫡男で。
ヒロインに恋し、王太子とヒロインを奪い合った——————所謂『当て馬』と言われる配役の人間の名前だった。




