裏と表
現在所持金が約2万ピザ、そこから石鹸をネットスーパーで買って、残り一万五千ピザ。食費を引いても一万ピザは残る。
「まぁ、大丈夫だろ。」
楽天的な考えだが、独身男性の考えてなんてそんなもんであるので。いや、石鹸は売れることがほぼ確定している。1個で三千ピザ、それを50個。15万ピザである。石鹸は、ネットスーパーで五千円程で買える。一ヶ月分の生活費は十分賄えるし、明後日からは冒険者ギルドで事務員としての仕事も始まるので、お金の心配は当分なさそうだと考えていた。
朝一番からお金の心配をしながら、二階の部屋の窓から町並みを見下ろし、歯を磨く。目の前を、日本では見たことのない鳥が2羽飛び去って行くのが見えた。長い尻尾の先端が青白く燃えているようだった。
「おぉ、ファンタジー動物だ」
思いもよらないファンタジー動物との出会いにほっこりして、1階の食堂に向う。既に仕事をしているマッシュとクレアに挨拶をして食事をし、食後のお茶をもらいながらマッシュと話す。今日は市場以外特に目的もなかったので、ゆっくりと降りてきた。そのお陰で他にお客はいなかった。
「市場の場所?」
「うん、昨日は冒険者ギルドで働いたからまだ分からないとこだらけなんだよ。」
マッシュに市場の場所を聞いたら、今日の夕食の買い出しがあるので一緒に出掛ける事になった。お風呂に入ったり部屋で時間を潰しているとマッシュから声が掛かったので一緒に出掛けた。
市場は宿から少し離れた場所にあった。市場には色々な物が売っていた。肉や野菜、果物はもちろん、布地や剣、槍等の武器に宝石やアクセサリー、木工品はおもちゃ的な物が多いのか子供が集まっていた。
所々に屋台があり、飲み物や食べ物も売っている。客を呼び込む人や値切り交渉をする人、獣人もいればドワーフと思われる人もいて歩くだけでもたのしめそうだ。
「ここが市場だよ。帰りは大丈夫?」
「ありがとう、大丈夫!色々見て回るよ!」
マッシュは宿の仕事があるので、市場に着いたら別れた。盗み聞きをするように各お店を周り、物の値段を確認し、小腹が減っては屋台に向かい歩き食いをした。
「んー、やっぱり味はイマイチだな。」
特に香辛料なども使われておらず、素材と塩のみの味。食べれなくはないが好んで食べるものでもないといった感じである。せっかくの肉串が勿体なく感じて、ネットスーパーで焼肉のタレを買うことを決めた。一本の路地に入り建物の陰に隠れて、焼肉のタレを購入し、肉串に齧り付く。
「美味い!これだけで飯3杯はいけるな!」
少しタレをかけ過ぎて濃ゆく感じるが、満足のいく味となったので我慢する。肉串には大人の拳くらいの大きさの肉が6個程刺さっていた。これで値段は300ピザなので驚きの安さではある。この一本で十分腹は膨れる。むしろ、肉串の前にも少し摘んでいたので食べ切れるか不安になった。その時、ギュルルと音がなったので建物の奥を覗くと、隠れるように二人の子供がいた。
一人は人族、7歳くらいだろうか、髪はボサボサで肌は汚れていて服もボロボロで所々に穴が空いていた。その子を盾にするように後ろに同じ歳頃の猫の耳のような獣人の子供がいた。
表は華やかな市場だが、ちょっと路地に入っただけで、このようなストリートチルドレンがいることにビックリした。
「食いかけで良かったら食べるか?」
なんとなくで話しかけた。いや、同情はあったのかもしれない。ただ、何もしないで見て見ぬふりは出来なかった。
子供達は恐る恐るといった感じでゆっくりと近づく、その際目線はずっと肉串だった。余程お腹が空いているのだろう。警戒はしてるが誘惑に勝てない、そんな感じがした。俺は肉串を差し出したままゆっくりと待つ。
肉串をうけとるとボソッと「ありがとう」と聞こえた。男の子は肉串から手掴みで肉を2個抜くと残りの2個を獣人の子供に渡し、貪るようにその場でかがみ肉を食べた。顔はそんなにコケているようには見えなかったが、その腕の細さを見て胸に熱いものが込み上げてきた。
水を取り出し子供に渡す。食事に夢中で、差し伸べた手に気付いた時はビクっと体を震わせた二人だが、水だとわかったら無言で受け取りガブ飲みした。獣人の子は水を飲みながら泣き出した。それでも手は止めず肉を小さな口で一生懸命食べながらも「ありがとう、ありがとう」と何度も呟いていた。
「他に仲間はいないのか?」
いるなら飯くらい食わせてあげようと思ったのでなんとなく聞いてみた。すると二人の手が止まった。今度は、人族の男の子まで涙し
「…もういない」
と言って肉を食べ始めた。正直、やってしまった感は否めない。気まずい空気になったが肉を完食すると子供達は無言で奥のほうに立ち去っていった。引き止めることも声を掛けることも出来なかった。
「異世界の闇の部分を見たな…」
朝は不思議な鳥に浮かれて、昼には現実を見せつけられた。むしろ昼の出来事のほうがショックが大きく、気分は最悪であった。
「現代の地球にだってホームレスとかいるんだから、この世界にいても不思議ばないよな…綺麗な物や不思議な物ばかりではないか…」
憂鬱な気持ちになったが、今の自分には出来ることは限られていると言い聞かし、気持ちを切り替える事にした。引き続き市場巡りである。
食べ物などはある程度見たので、次は剣など装備品を見ることにした。いつか、外でのクエストに向けて、今のうちからリサーチである。
剣だけでも色んな形のものや、何かの骨と思われる物や従来の鉄、銅で出来た剣など様々である。普通のサラリーマンであった俺にはその良し悪しなど分かるワケがなかったので、鑑定スキルを使うことにした。
頭の中で鑑定を詠唱し見て回るが
鉄の剣:ランクD
鉄で作られた剣
など、特に掘り出し物は見当たらかなった。
休憩の為に屋台で果実の入ったジュースを買い、その屋台のそばにおいてあるイスに腰をおろしていた。見て周った感じでは日本とこの世界との物価に差はないと感じた。嗜好品や香辛料など一部を除いてではある。普通に生活する分には問題はないだろうと結論付け。もう少し見て帰る事にした。
帰る途中でノーズ商会に寄ることにした。石鹸の事についてマキノと話に来たのである。昨日、マキノは宿に戻って来ておらず、クレア曰く、行商から戻ってきた初日は必ず紹介長と飲んだくれて、商会に泊まり、翌日もそのまま仕事をして夕方に帰ってくるらしい。
ノーズ商会は昨日訪れた教会の先にあった。待ちゆく人に道を聞きながら探したのだ。建物は大きく近くに行くとすぐにわかった。
店内はDIYショップのような内装で天井が高い印象があった。
「すいませんが、マキノさんはいますか?」
近くにいた店員さんと思われる男性に声を掛けた。
「はい、いますよ。商談でしょうか?」
「はい、そうですね、キッドが来たと伝えればわかると思います。」
「わかりました。少々お待ち下さい。」
店内を見ていると声を掛けられた。
「お待たせしましたキッド様。ご案内致します。」
声を掛けて来たのは先程の男性ではなく、キリッとした女性であった。案内されるがままに後をついていく。
着いたら部屋には大きなテーブルとそれを囲むイスのみの質素な部屋であった。
「おぅキッド!どうしたんだ?」
「マキノさん、こんにちは、実は市場で石鹸の素材が見つかったので商談に来ました。」
「何!本当か!素材は買えたのか?何だったらコチラで立て替えてもいいぞ!」
「大丈夫ですよ。もう買い込みましたから。素材さえあればすぐに作れますがどうしましょうか?」
「わかった!お金の用意をしとく!でき次第頼むぞ!」
「わかりました。これから取り掛かるので失礼しますね。」
「おぅ!よろしくな!あっ!キッド!母ちゃんに今夜も泊まりだと伝えてくれないか?」
「わかりましたけど、程々にしないと怒られませんか?」
「ガハハ!大丈夫さ!母ちゃんはその辺は寛大だガハハ!」
ホントかなと疑いつつ、了承し宿に向かった。マキノからの伝言を伝えると一瞬、修羅モードになったクレアを見てゾッとしたキッドであった。