変わっていく推しに気が付かない!
「ソフィアのはかりごとには驚かされます」
自室で書き物をしていると、休暇中のリリアナがカフェテリアに紅茶を用意したと声をかけてくれた。
休暇なのだから自分の事をすればいいと伝えるが、彼女は何故かこの屋敷で給仕する。拾われた御恩だとか未だにそんなことを拘っているのかもしれない。
テラスで紅茶を啜りながら、先程のリリアナの言葉に首を傾げる。
「はかりごとって一体なんのことかしら?」
「虚弱体質の王子を見違えるほどに変貌させて、人気絶頂のタイミングで噂を流す。“王子からの溺愛”という言葉も令嬢達への良い牽制になるでしょうね」
「噂を流したのは私じゃなくてよ」
どうしてそんな酷い勘違いの仕方になるのか。
「あら、そうでしたか。では案外、エド王子が操作しているかもしれませんね」
「どうしてそこでエド様がでてくるのよ」
リリアナがこんなに曲解しているとは思わず、「BL世界」「エド×オーガスティン」「婚約破棄」ってことを抜いて自分はエドと結婚するつもりはないことを伝えた。
リリアナは目をパチクリさせて驚いていたけれど、話し終わると一気に大笑いし始めた。目に涙まで溜めて失礼なメイドだ。
「なら、私を派遣させたのは間違いでしたね。コレは随分悪い手本ですよ」
「え?」
「王子を侮らない方がいい。あれはなかなか面白い男に育ちましたからね」
悪い見本? 侮る? ……育ちました。
最近の違和感と重なるような感じがして歯痒い気持ちになる。
前世を思い出して私がしたことは、リリアナをメイジアの元へと派遣させたこと。以降彼女は召使いとしてあの親子の元で働いている。
私がエドにしてあげられたのはそれだけ。それ以外はずっと見守りを決め込んでいた。
上手く自分の気持ちがまとまらずモヤモヤしていると、まぁ頑張れと謎のエールを送られた。
◇
事なかれ主義が、功を奏したのか。
噂は割とすぐに収まった。だけど、思わぬ終着点に着地した。
以前からファンクラブに入っていた私は、彼女達のすることに口出ししたこともなく、楽しく見守っていた。
一途な恋+別に害はない=他の令嬢よりマシ
という簡単式が出来上がってしまったのだ。
────なので。
キラキラ艶やかなエドが私の真横に座っていようとも、以前のように浴びるような視線は感じない。
彼との接点などほぼないと思っていた学園生活。男女の校舎が違う学園で、エドとの時間が急激に増えたきっかけがあった。
エドと私が生徒会に所属したのだ。
生徒会は絶対に女性の役員を一人を入れなくてはならないルールがある。
ちなみに生徒会長はエド。私は書記を任されている。
生徒会長直々の推薦とあって、異を唱える者もいなかった。
生徒会に入り雑用を任されるのは別にいい。
だけど、妙~に、生徒会委員が気遣いな人ばかりでエドと二人っきりにさせるのだ。剣術の稽古がない日は二人で書類整理したり、勉強することが当たり前になっていく。
気づけば二人セットに組まされて、……おかしい。私、副会長の仕事までやってません!?
エドの横でちょこまかしている様子が、何故か気立て良い嫁に見えると評され、学園祭でベストカップル賞なんぞを受賞してしまった。それが今。
そんな賞今までなかった。生徒会員が知らないサプライズイベントって駄目でしょうとエドを見ると、驚いた様子はない。この催し物は知っていたのか。
逃げなくちゃ、学園祭を途中で放り出してでも今から自宅に帰って……と、エドに手を握られました。腕を引っ張られて壇上に上がる。
パチパチ……司会が今のお気持ちなんぞ聞いてくる。
「ふふ、恥ずかしいですが凄く嬉しいです」
「……」
「ソフィア、これからもよろしくね」
「……っ」
ピッカー!!!
あまりの可愛さ、艶やかで溢れんばかりの色気と凛々しさ、それを間近で浴びた私は呆然としてそれからの記憶は朧気だ。
自分の役目とエドの眩しさに許容量を超えて、気が付けば、ゴミ焼却炉の裏で一人しゃがんで休んでいた。
「アンタ、大丈夫か?」
だけど、人気のいないところを求めていたのは私だけじゃなかった。先客がいたようだ。下を向いていたが、その声だけで相手が誰か分かってしまう。オーガスティンだ。
「…………………………はい。大変失礼ですが、下を向いたままお返事することをお許しください」
落ち着きたい今は、光刺激を遮断したくて、オーガスティン相手でも失礼な態度をとってしまう。
学園祭でドレスアップしており、外の空気が直接肌に当たってぶるりと震える。すると、彼が上着を脱いで被せてくれた。
流石攻め様、こんな複雑な気持ちじゃなかったら、心の中でエドの為にって叫んで妄想全開にしたのに。
「何か悩み事でもあるのか? 以前吹き飛ばした詫びに聞いてやるが?」
「……むふ、はは……はぁ……」
萌と優しさと切なさに溜息が出た
この優しさは全部エドの為にって思えない自分は、傲慢令嬢。────なによ、原作通りになったじゃない。