推し×推しの環境はすぅはぁすぅはぁ美味しいですわ!
木刀を片手に持ったオーガスティンだった。
黒髪、日に焼けた肌、ややつり上がった目にきりっとした眉毛。長いまつ毛、真っ白い歯、高い鼻、程よく付いた全身の筋肉、子供らしい輪郭を残しながら成長途中の推し……。
突然現れた推しに瞳をカッと見開いて脳裏にその姿を焼き付ける。
「大丈夫か?」
「……」
そっと手を差し出してくれるが、その手を受け取らず一人で立ち上がった。
(その手は私なんぞではなくエドの為に)
(全ての優しさはエドの為に)
(指が……ひぃ指がぁあ、長い! エドの為に!? ひぃ、この手でぇ……)
攻めは────受けの為にあるタイプである私はオーガスティンに触れることすら恐れ多い。
「? 大丈夫なら急いでいるから行くぞ」
そのお気遣いもエドの為に! と心で叫んでいるけれど、返事をしないのは人間としてあまりに失礼だ。
「はい、お気遣いありがとうございます」
「ソフィア!」
「え?」
聞き慣れた声に後を振り向いた。
なんと、エドだ。え、え、え、突然、推し×推しが始まってしまった! 心の準備ができていないのだけど!?
エドが私の方に駆けてきて、落ちていた手荷物を拾い上げてくれる。
「大丈夫? 鈍い音が聞こえたよ?」
「エド様……えぇ、尻の肉はクッション変わりですから」
半年ぶりに会うエドは目線が少し高い? それに、身体の線が違う。ただ、心配げに見つめるそのキラキラと艶やさと麗しさは相変わらず、絶世の美少年だ。久しぶりのエドは眩しすぎる。
「君、そんなにデカい図体しているのだから、もっと周りに配慮すべきだ!」
私に向ける優しい言葉使いとは違い、きつい言葉で注意をしてオーガスティンをに……キャ────!? にら、にら、視線がぶつかりけいこしてるぅ!!
二人の視線が、はぁはぁ……絡んでいるのを、こんなに間近、っ、で見られるなんて!
尊いすぎる! あ、駄目よ。鼻血を出したら。私は壁。そう……壁になり切らなくちゃ。
「いや、悪いとは思っているが、平気そうなので」
「は? 紳士の片隅にもおけないね。彼女が吹き飛んだのが見えなかったのか? 最低だ。行こうソフィア、念の為、養護教諭に……どうしたの? 顔が真っ赤だけど……」
……いえ、お気遣いなく。自分は壁なので、呼吸を止めていないと。
荒々しい呼吸が二人の邪魔になってしまうと思って。あら、二人の視線は私なんぞに? くそ、私の存在が邪魔だわ、申し訳ない。
一度だけ息をゆっくり吐いた。
「はぁ……ご、ごめんなさい、少しドキドキしてしまいまして。私なんぞはお構いなく……どうぞ、どうぞ、っ、是非に……」
「ドキドキ?」
エドは再びオーガスティンをみつめた。
……っく、二人共見つめ合っちゃっているぅう!? この超美貌のエドに見つめられたオーガスティンは一体どんな気持ちなの!?
胸のビートが高まって!? どっきどっきどっきどっきなのかしら!? それとも、美しさで息を詰まらせて!?
あぁあうぅん! 神様ぁ! ありがとうございます! ありがとうございます!!
「……なるほど、君がオーガスティン? 近くで見るのは初めてだ」
「はい。そういう貴方は、エドワルド王子ですよね」
ぎゃあ、ぁ……なんてこと!? お初なの!? 初体験をこの目に!? 二人が初めてお話する瞬間に立ち会っているってことなの?
ハァハァハァハァ……ハァハァ……ダメヨ、ダメダメ。息が荒くなっちゃったら。すーはーすーはー……息……二人が会話していく空気を吸っている!? 絶品!!
突然の萌の供給に表情を作る事が出来ず、顔を手で覆った。
自ら視界を遮ったため、二人がどんな表情か見れないが、耳は集中している。
次の一言は何かしら一言一句聞き逃さないようにしなくちゃ、と神経を研ぎ澄ませていると、腕を強く掴まれた。
「えっ?」
「……」
エドが私の腕を引っ張っている。え、え? と前と後ろの推しを見つつエドの後を付いていく。
このような別れ方をしたら、双方イメージが良くない………………いや、逆に記憶に残るのかもしれない。
初めのイメージが悪い分、中身を知っていくうちに惹かれ合う、エドの繊細な身体をオーガスティンは抱きし……きゃぁ……その後はその後は……ヒッイッヒヒヒッ!
「ソフィア、ずっと顔が赤いようだけど、何その顔。アイツを見てそうなったの?」
立ち止まったエドがこちらを振り返った。私は自分のキモさにハッとした。手で顔を扇いで、息をふぅっと吐き、理性を動員させ頭を下げる。
「お見苦しいところをお見せしました」
「君は私の婚約者だよ」
その声は少し怒気を含んでいる気がする。
「承知しております。親同士が勝手に決め……あ、……あら? エド様!? やっぱり少し逞しくなられましたわね! 何かなさって?」
久しぶりに会ったときからかなり違和感を覚えていたのだ。
単なる身長が高くなっただけじゃない。身体の骨格もしっかりし肉付きも良くなっている気がする。以前まで儚げという言葉が似合っていたが、今は少し違う。
「うん。ひ弱な自分を払拭するために身体を鍛え始めたんだ、それより……」
「格好良くなられましたわね! 変化がすぐ分かりましたわよ!」
「……」
本篇にはなかった設定だけど、彼が鍛錬に耐えられるほど身体の具合が良くなっていることが嬉しい。思わず彼の両手を握り喜んだ。すると、彼の眉間のシワが薄れていく。
「…………喜んでくれる?」
「勿論ですわ! あ──……でも、王宮で意地悪されないかしら、あっ!」
余計なことを言った。王宮のことを知っているような口ぶりをした。外部が口に出すのは危険なこと。
ここが校舎から離れた馬小屋付近でよかった。
エドも気になったのだろう。「おいで」と木の裏へ移動する。
「……前から思っていたけど、商会はスパイでも忍ばせているのかな?」
「え、えっと、そういうわけでは」
前世で読んだからだとは言えなくて視線を彷徨わせる。エドは言及したかったわけではなかったようだ。
「今はリリアナが上手く立ち回ってくれているよ。でも、いつまでもそうして守ってもらうばかりではいけない。自分で説得するべきだって気づいたんだ」
「……」
凄い。びっくりした。
身体だけじゃなくて心まで別人になったみたいに成長している。
「だから、よそ見しないでよ」
「はぁ」
気の抜けた返事をすると、エドの眉間にシワを寄せながら長い溜息をついた。それから低く声で「打倒ゴリラ」と呟いた。そんな声が出ることに驚いたが、声変わりの時期なのかもしれない。
数日後、エドから私宛にサファイアのブローチが届いた。
「キレイ」
サファイアの色はエドの瞳の色と同じだった。
【私の石だ。毎日出かける時はつけて欲しい】