番外編2 ごめんね、君が好きなんだ
◇◇エド視点◇◇
リリアナが取り次いでくれたため、フローレンス家に向かうことが出来た。自分の意思で外に出るのは初めてだった。
馬車のドアから出た途端、ソフィアが物凄い勢いで駆け寄ってくる。
熱烈歓迎というよりこれは────……
「エド様!! ご無理をなさっているではありませんか!?」
挨拶もなくいきなりだ。
「君は一体……」
「貴方達何をしているのですかっ! エド様のお顔が真っ青です! すぐに屋敷に運ぶのです!」
「……」
彼女が従者に指示を出し、私は彼等に担がれてあっという間に布団の中だ。
まるで赤子ようじゃないか。
馬車の揺れが気持ち悪かったけれど、これは流石に王族として恥だ。
羞恥心で睨むと、“エド様の素晴らしいところを永延と語る”だの“エド様への情熱を隠すのは難しい”だのそんな言い方をされ彼女のペースにすっかりハマった。
「────……変な奴っ!」
彼女に背を向けながら、唇を噛んだ。
甘い言葉で絆そうとしているのか。
私は母とは違って、簡単に信用してなんかやらない。
この親子が何を企んでいるか、ちゃんと見極めなくちゃいけない。リリアナだって信用出来るか分からない。いつ手のひらを……
「……エド様、出過ぎた真似を致しました。あの……、お元気で」
「……」
馬車に乗り込む時まで、拗ねてしまった自分に彼女は悲しそうな顔をしてそう言った。その顔を見て、馬車の中で後悔した。
何かを企んでいるにしても、先ほどまでの自分の態度はあまりに子供っぽくて酷かった。
「……ソフィア、しょげていたな」
私のことを出迎えた時は、あんなに元気だったのに。
慣れないことと恥ずかしさで、ヘソ曲がった考えをしてしまった。
王宮に戻ると、案の定、私は熱を出した。
付き添う母の表情がとても心配そうだ。
いつも通り、このまま眠って熱が下がるのを待つしかないと思っていた。
だけど、その日の夜にリリアナが医師を連れて来た。自分の症状を教えられて、身体に合う薬を処方される。
いつもは三日三晩うなされるところ、薬を飲んだだけで次の朝にベッドの上で起き上れるほどになった。
着替えを手伝ってくれるリリアナに言った。
「薬とは、こんなに凄いのか。今まで飲んだ薬はなんだったのだろう」
「それも薬だったのでしょう。ですが、症状に合わない薬を飲んだところで効果はありません。これからは定期的に医師に診せて適切な治療を受けましょう」
私の具合が早く良くなったことで、母は益々リリアナが気に入ったようだ。
ご機嫌な母と飄々としているリリアナのやり取りがおかしい。王宮内で声を出して笑ったのに気づいて────……、ソフィアにちゃんと伝えようと思った。
もし思惑があっての行動だとしても、彼女達がしてくれていることは自分達には有難いことだ。感謝を伝えない方がずっと恥だ。
すぐに外出許可はおりなかったので、ソフィアに手紙を書いた。
手紙の返事はすぐにきた。
また出した。そしたらまたすぐに返事はきた。
キレイな文字も書かれている内容も楽しい。文字から彼女の声が聞こえてきそうな気がする。
彼女から手紙が届くのが待ち遠しく、こんなに何かにわくわくして過ごすのは初めてだった。
「また会いたいな」
今度はちゃんと話をしよう。
母には外出を止められていたけれど、リリアナが“追加ボーナス分頑張らせて頂きますわ”と母を説得してくれた。
3ヶ月後、再びソフィアに会いに行った。彼女は全然変わっていなかった。
嬉しそうに私を出迎えてくれて、ニコニコしている。本当に笑顔が多い人だ。
今度はゆっくり会話ができた。ちゃんと話したら彼女はとても穏やかな人だった。
一度会ったら、二度。
二度会ったら、三度、四度……。
聞き上手の彼女といるのがとても楽しくてつい頻繁に通ってしまう。
本を読んだり、勉強したり、誰かと過ごすことがこんなに楽しいなんて知らなかった。
「……ソフィア、こんなに頻繁に会いに来て無理をさせてはいないか? 私は友達もいないからよく分からない。正直に言って欲しい」
「いいえ。エド様とこうしてお話出来てとても嬉しいです。もっともっと聞きたい! 知りたい! なんて……ふふ、今もずっと思っているのですよ」
私の話は面白みもなく、そんな満面の笑みで聞くようなものでもなく不安をつい口に出してしまう。
でも、ソフィア節の恥ずかしい甘い言葉で不安なんて簡単に拭われてしまう。
「……君ってさ、その言い方どうにか出来ないの?」
「あ、またやってしまいました? 難しいですわね」
「…………」
「え、へへ」
照れた顔が可愛い。
この子ともっと仲良くなりたい。
自然と湧きあがる気持ちとソフィアの婚約者が自分であることの嬉しさが胸に広がる。
婚約者……。そうか、ソフィアは私の婚約者なのだからもっともっと仲良くしてもいいんだ。
特別仲良くすることを許された存在なんだ。
婚約者だから、これからもずっと一緒にいられるのか。
そう思うと、胸がドキドキした。
◇◇9年後◇◇
「しぃ」
後で報告をするオーガスティンを止め、報告は後で貰うと小声で彼に伝えた。
オーガスティンは私を見てから前方を見た。納得した様子で頷いて頭を下げてその場を後にした。
オーガスティン・クレバード。
卓越した剣術、選ばれた肉体の持ち主。
学生時代からソフィアが憧れている人間だ。彼女が彼を見る目が腹立たしいため、初めは物凄く嫌いだった。
だが、敵を知るために近づけば……なるほどソフィアは人を見る目がある。オーガスティンはとても良い奴だった。
信頼出来てさらに仕事も出来る。今では一番の友は彼と言っても過言ではない。
────……けれど、ソフィアのこととなれば、また別物だ。
早くオーガスティンをその場から離したのは理由がある。
少し先のテラスのベンチにはソフィアが座っていた。日差しが温かく木陰となっていて気持ちよかったのだろう。コクリコクリと彼女の頭が揺れている。
「……」
ベンチに近づいて、隣に座った。
彼女の肩に上着をかけて、ゆっくりと彼女の身体を傾けて膝枕をした。
起きる様子はない。
こんな無防備な姿を私以外に見せないで欲しい。けれど、私だけが見る分には全然構わない。
ソフィアに関しては独占欲が剥き出しになる。
「ソフィア」
彼女の名を呼ぶのも結婚して暫く経つのに動悸がする。
10歳頃からずっとソフィアを想う気持ちは変わらない。学園で学び交友関係を広め、友と呼べる人間も大勢作った。自分の世界が広がったことで、ソフィアの傍にいる時間が好きで宝物だと改めて気付く。
だけど、単純な好きという気持ちだけではないから、学園卒業してすぐに彼女とは結婚した。
成長するにつれ、彼女が私から遠ざかろうとしている気がしていた。故意に避けられることも多い。でも、彼女は私が贈ったブローチを付けてくれていたから、気のせいだと思い込もうとした。
サファイアブルーのドレス。
彼女の髪の色に合う色を選び贈ったドレスが返却されたときは、本当に私から離れるつもりなのだと思い知った。本当はすぐに問い詰めたかったけれど、怖くてできなかった。
卒業式前に彼女と普通通りに話した。その時、彼女の瞳に気が付いた。
愛おしそうに淋しそうに私を見て揺れる瞳。
ソフィアと出会ってからずっと彼女を見てきた。だから、それが自分と同じ感情だと分かってしまった。
分かったからにはもう逃がす道は残さない。
結婚は前々から計画していた。彼女が疑問を持つまでもなくスピード展開だっただろう。
勿論、王宮内に意を唱える者はいない。そうさせないように私とリリアナが整備した。リリアナが“いい性格になられましたね”と皮肉を言う。
「ごめんね。君がどうしても欲しかったから」
膝上で眠るソフィアを見つめた。
やられる前にやれ。この場合は逃げられる前にやったと言うべきか。
でも、本当は、ソフィアからもらった優しさを、倍以上で返したい。
「う、ん」
太ももの上でソフィアが身動きをした。でも、瞼はしっかり閉じたまま。
すやすやと眠るソフィアを見ていると、愛おしい気持ちでいっぱいになる。彼女の艶やかなモカブラウンの髪の毛を手で梳いた。彼女はどこもかしこも柔らかい色をしている。
暫くその髪の毛で遊んでいると、彼女が瞳がゆっくりと開いて私の視点が合うと驚いたように起き上がった。
「こここっこ、これはっ!? はっ、お膝をお借りして!? なんてこと!? 貴重なお時間をとらせてしまい失礼しました」
「よく眠っていたよ」
「はい、至高の感触が頬にございますわ。────……あ、と、そうです、エド様お腹空かれておりませんか?」
「ん?」
彼女は包みを開けると、その中からマフィンが出て来た。
どうやら私がここを通るのを待っていたようだ。いつから待っていたのだろう。
「食事をゆっくり摂る暇もなくお忙しそうでしたので……。片手で食べられるサンドウィッチもいいと思いましたが、エド様は甘いモノがお好きなのでマフィンにしましたの」
ソフィアはマフィンを私に渡すとささっと立ち上がった。
そんな彼女の腕を引っ張り、私の膝上に座らせた。慌てる彼女を逃がさないよう抱きしめて、はぁと溜息をつく。
「優しさの倍返しは難しいな~。君は優しさで出来ているようなものだし」
「はい?」
倍返し。例えば、彼女がときめくもので。
それが最近分かりつつある。けれど私は意地悪なので気づかないフリをして、自分だけ見てもらえるように彼女にキスをする。
「好きな気持ちを倍返しするよ」