お構いなくって言っているのに、推しは私の事を構いたくて仕方ありません
「嬉しいな、“私のエド”だなんて。いつも照れずにそう言ってくれればいいのに」
「エド、様……」
モカが指定した馬車の中にはエドがいた。
何故エドが彼女の馬車に?
「あ、あの、モカ様と待ち合わせしておりまして」
「あぁ、『私にはこのくらいしかお手伝い出来ませんので』ってモカくんが馬車を用意してくれたけれど?」
「っ!」
“私にはこのくらいしかお手伝い出来ませんので”
────その言葉、そっくりそのまま聞いたことがある。
そう、ぬいを渡してくれると言ったあの口だ。
「ソフィア、じゃぁ行こうか」
エドが美しい動作で客車から降りてきて、私を馬車へとエスコートする。
「あ、いいえ! 私、パーティーには出ま」
「そういえばパーティが始まる前に私の母上と君の父上が話し合うと言っていたよ」
「は? ………………メイジア様と?」
父? なぜ父が出席しているのか。
私はエドと結婚する気がないと言った。さらにドレスだって返すって……。
もしかして信じていなかったのだろうか?
なんであれ、父はまずい。
純粋無垢なメイジアに父を近寄らせてはいけない。あれはタヌキ親父だ。口八丁手八丁、言いくるめが超得意の根っからの商売人!
私の額から冷や汗が流れると、エドがハンカチで拭ってくれる。
「行こうか」
「あっいえ。いえ! エド様、私はご一緒できませんっ! ひゃぁ!」
ガシリと手と腰を掴まれて有無を言わさず、馬車に連れ込まれた。
推しの押しには抵抗出来た試しがない。
恐ろしいことに。何も準備していなかったのに、パーティー時間きっかりにドレスアップしてエドと共に会場入りしてしまった。
身に着けているドレスは返却したはずのコバルトブルーのドレスだ。
馬車内で「贈ったドレス、気に入らなかったの?」とウルウル瞳で見つめられ、つい本音が出てしまった。いいえと素敵ですと。
すると、彼は従者に声をかけて店に立ち寄った。予定されていたかのようにドレスを着せられ、制服に付けていたブローチをドレスに付け替えられ、化粧を施される。
それからあれよあれやと、なし崩し的に今だ。はぁとため息を付きながら猫背になってしまった時、「エド王子だわ、素敵」「気品に満ちている」とエドを誉めたたえる声が聞こえてくる。
それを聞いて、背筋をシャンと伸ばした。
いけない。共に来てしまったからには、エドに恥をかかせるわけには。
エドが私の傍から離れたら、この場から逃げよう。それまでは毅然とした振る舞いをしなければ。
「おめでとうございます」
私達を見て祝福の言葉を声をかけてくれる。卒業おめでとうだと思って、笑顔で返した。
「ありがとうございます」
エスコートしてくれるエドもいつに増して、笑顔だ。
おめでとうございます、おめでとうございます。沢山のお祝いの言葉。
なんだろう、この違和感。
次第に違和感が浮き出て来た。そうだ、この違和感は他の生徒よりも多めに祝福されているからだ。
エドが第四王子だから? 王族だから?
違和感を解消するために考えていると、侯爵がエドの前に立ち止まり挨拶をした。
「おめでとうございます。式の日取りはいつでしょうか?」
「まだ、正式には決めていません。彼女と相談して決めます」
「楽しみですな」
────式?
首を傾げて真横にいるエドを見上げると、あまりにも嬉しそうな表情をしているので、目が泳ぐ。泳いだ目線の先にモカとオーガスティンが腕を組んでいる。
彼女はいたずらっ子のように舌をペロリと出して、そして頭を下げた。
「ソフィア、改めて、二人っきりになった時に気持ちを伝えるね。さぁ一緒に父と母の元へいこうか」
「え……?」
エドと一緒に国王陛下とメイジア様に挨拶?
いや、そんなことしたら……
「プロポーズ受けてくれた日から、今日まで待ち遠しかったよ」
「???」
「ずっと一緒にいようね」
感極まったようにエドの唇が私の唇に引っ付いた。
────……オッケー。
脳みそが天国に行って、帰ってくるまで時間はかかったけれどちょっと冷静よ。今から説明するわね。
パーティー会場のど真ん中でキスされた後、私ってば気絶しちゃったの。エドは私をそれは大事に運んでくれた。どこに? えぇ、王宮ね。
目覚めるとリリアナがね、ぶぶぶって人の顔を覗き込んできて笑うのよ。
まぁ、それは置いておいて、なぜ、私はプロポーズを受けたことになっているのか。
そこよ、一番の疑問は。でしょ?
身に覚えがなさすぎるもの。
だけど、これはね、知らなかったのは私だけなのですって。
王族には生まれた時に授かる石っていうのがあるの。
勿論、私も知っているわ。
自分の支持している王族の石を持つことでその人を支持しているよという意味合いがある。
だけど、王族から石を渡す意味は。
愛だ。
私はずっと以前に、エドからブローチを貰った。そして肌身離さず付けて欲しいと言われたから付けた。
このブローチには王族の紋章も入っている。王族から渡された物だとわかる代物だ。
つまり
『エドからプロポーズされていた、それを私は受け取った』
『エド王子の愛する人』
『手をだすな』
そういうことらしい。
リリアナから説明を受けている時に、エドが部屋に入って来た。
私が腰掛けるベッドにゆっくりと近づく。
恥ずかしくって顔を上げられなかった。
「ソフィア、詳しく言わなくてごめんね。結婚しよう」
「…………う」
「うん?」
推し×推しが見たかった。エドの横は私じゃなくて、逞しい彼のはずなのに。
「────……うぅ…………バチが当たります」
「……ふふ。バチが当たるなら一緒に当たろうよ」
エドは私の手をそっと持って、手の甲にキスをした。それから「ずっと好きだったんだよ」と言われてしまった。
エドの唇が近づいてくる。
私は、最高のバチ当たりだ。
◇一年後◇
「はぁはぁ……、いい! 成長して凛々しくなられて可愛さがなくなったエド様だけど、さらに体格の良いオーガスティン様と並べば……はぁはぁあああ」
私は2階のベランダから庭にいるエドとオーガスティンを息荒く眺めていた。だけど、今日は息荒さが2倍。
「はぁはぁはぁはぁはぁ、本当ですね、ソフィア様。これが萌。性悪男と筋肉ゴリラ。ご伝授頂き、開眼致しましたぁ!」
「────……少し解釈違いがありましてよ」
解釈違い。
同じものを見聞きしてもどうしても生じる誤差だ。
性悪男とは誰のことだと睨むと、向こうも負けじと睨んでくる。
バチ! バチバチッと睨み合っている相手はモカだ。
このモカは大人しい見た目をして肉食系女子だった。
私とエドが結婚して暫くすると、オーガスティンとモカが婚約発表をしたのだ。
そして、結婚祝いにエドぬいを持ってきたモカが「人の夫になる方のぬいは欲しいですか?」と尋ねて来たので、欲しいと答えた。
邪推されてはいけないので、本当の目的を彼女に教えたのだ。
エド×オーガスティン。魅惑の関係。
エドは今新たな領地開拓を任されている。そして、身辺警護にはオーガスティン。
美形二人が一緒にいる楽しさ、萌の妄想。なにより生きる喜びになることを伝えると、元々腐女子要素があったのか、モカはあっさりと腐女子入りした。
「解釈違いではありませんよ。ソフィア様って可愛らしい方ね。エド様がオーガスティン様と仲良くなったのだって、敵を知る為ですし。その敵を懐柔させるための餌が私だったのですわ」
「全く違いですわ。エド様のことはよぉく知っておりますが、心がピュアで優しく────……はぁあああああああああ! なんてこと、脱いだわ!」
「っ! なんですと!?」
私とモカは手と手をガシリと取り合い、鍛錬し始めた二人を見つめた。あの二人はこうして時折互いの鍛錬に付き合っている。
「はぁはぁはぁ、今日はなんだか蒸し暑いですからね」
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ、日差しがきらっきらっ、しておりますわね」
暑くて汗を掻いたのか、上半身裸になった彼らが尊くて息が詰まってしまう。すると、私達の興奮に気づいたようたにエドが手を振って「おいで」と言ってくれる。
下に降りると近くで見てもいいと言われ、席を設けられる。
推しから許可を得て、近くで存分に眺められるなんて。
最高すぎる環境だけど────、そんな時、こう思うのだ。
「私が邪魔だわ」
「私が邪魔ですね」
解釈違いはあるけれど、二人一緒に頷いた。
推しを見つめる壁になりたいわ。
おわり
お読みくださりありがとうございました(*'▽')少しでも楽しんで頂けたなら嬉しい限りです