推しとの婚約破棄は難しい。私のことはお構いなく
本日二話更新予定です。よろしくお願いします。
「ふふふふふふふ」
「ほっほほほほ」
即売会の時間が終わると、今度はオフ会的な雰囲気が流れ、お茶とお菓子を食べながら談笑する。
争奪戦のあとでやり切った感があり、皆いい意味で素が出ていた。
私の横にはモカの姿。
特に彼女はオーガスティンのファンとあって、かなり事情に詳しかった。共通する話題で自然と意気投合する。
「まぁ! モカ様はオーガスティン様のことをよくご存じでいらっしゃいますのね! 私もイチファンとしてしっかりと情報を入手してきたつもりですが、初めて聞くことだらけです」
「実はですね……」
モカは内緒話をするように顔を近づけ小さな声で話した。この熱気じゃ普通に話しても誰にも聞かれないだろう。
「私、オーガスティン様とは幼馴染ですの。成長するにつれ、お話しすることもままならず距離が出来てしまって。少しでも彼のことを知りたいとファンクラブに入りましたの」
「そうでしたか!」
小説にはモカは登場していない。だけど、小説はエド視点で進行しており、オーガスティンに関わる人物表現は最小限だ。これは、彼女からオーガスティンのことを詳しく聞くチャンスだ。
「はい、だからエド王子には感謝しております。オーガスティン様と会うように取り次いでくださったのです」
「エド様が?」
男女別々の校舎だと接点が少なく、さらにオーガスティン様は既に騎士団に入団している。騎士団は遠征もあり、これからは滅多に会えなくなる。モカのことを知ったエドは不憫に感じたそうで、親切に彼らの間を取り持ったそうだ。
────エド……、なんて優しい。
エドの事を思い浮かべると、胸がずっと痛く。
「ソフィア様、卒業式の日にぬいをお渡ししたいと思いますので、パーティー前後に少しお時間頂きますでしょうか」
パーティーか。
「嬉しい……、ですが、パーティは参加しませんの」
卒業後に開催されるパーティは、卒業生とその保護者が集う。社交界へのお披露目会だ。殆どの卒業生が出席する。
「パーティ不参加? ────そう、ですか。……では、卒業式が終わった後にお時間頂けますか?」
「えぇ! えぇ、それでしたら、是非! 楽しみです!」
エドとオーガスティン、二体のぬいを注文した。卒業式まで期間が短いため、エドぬいだけ先に渡してくれるそうだ。
本当に心助かる。エドぬいを一生大事にすると彼女に誓った。
「いいえ、私にはこのくらいしかお手伝い出来ませんので」
◇◇◇
“私のことはお構いなく”
ドレスも返した。
そう書いた手紙を添えた。
聡いエドのことだから、贈り物を返す意図は伝わっただろう。
それから卒業式まで彼から連絡は一切なかった。
そして、卒業式当日。
学園に早めに到着すると、代表の挨拶で早めに登校していたエドと遭遇した。彼がいるとは思わなかったので、一瞬たじろぐ。
「おはよう、ソフィア。卒業式晴れて良かったね」
「……おはようございます」
エドはいつも通りだった。
ドレスを返却したから少しくらい嫌な顔をされるだろうと思っていた。
だけど、優しい彼は失礼な私を咎めることもしない。
「王族も何人か出席する。代表の挨拶、緊張するよ」
「……エド様でしたら大丈夫ですわ」
「うん」
何でも相談してもらえるようになりたい。そう思って接してきたから、ドレスを拒否した私なんぞにもこうして相談してくれる。
望んでいたポジションじゃないか。
すっと私の前にハンカチを差し出した。
「式が始まる前なのに、もう涙が零れてしまいそうだから」
「あら、いやですわ、年をとると感傷に浸ってしまって。あっ、もうこんな時間ですわ。失礼します」
ほほほ……と焦りながら、慌てて彼から離れ、控室に向かおうとする。
「また後でね」
「……」
その言葉には返事をせず、頭を下げた。
卒業式はつつがなく終了した。エドの挨拶は完璧で心打たれ感動的な式となった。
皆との別れの挨拶は、パーティーの準備に時間がかかると早々な解散。私以外の卒業生にとってはこれからが本番なのだろう。まぁ、女性は一つの婚活でもあるからね。いい男は早めにゲットしなくちゃ。
準備に燃える様子を見ると感傷に浸らなくていい。
私も気持ちを切り替えて、モカとの待ち合わせ場所へ向かった。指定されたのは校舎の裏門だ。
そこにモカの馬車を停めているそうだ。
「モカ様? 私、ソフィアです」
裏門には、モカが言う通り馬車が一台停まっていた。他の生徒の馬車は正門前だ。こんな晴れ舞台に裏門から出る生徒はいない。彼女なりの気遣いだろうかと思いながら、馬車の従者に挨拶をし、客車の中にいるだろうモカに声をかけた。
「えへへ。私のエド様はどうなっておりますか? きっとスペシャル素敵で……」
客車のドアを従者が開けるのを待ちきれず、感情が先走った。開いたドア、そして客車の中にいる人物を身体が冷える。
────まずった。
「嬉しいな、“私のエド”だなんて。いつも照れずにそう言ってくれればいいのに」