萌よ、ヲタク心!
学園祭から暫く経ち、とても情緒が保っていられない出来事が起きた。
グラウンドの真ん中、人の群れを遠くの空き教室から双眼鏡で眺めていた。その群れの中心には凛々しい二人の姿。
お、お、お……、お、お、いい。いいぞ。
私の心の中にいるモブおじさんがはぁはぁと息を荒らげる。
双眼鏡で見つめているのは、エドとオーガスティンだ。
別々の場所で鍛錬していた彼等だが、新たな部が発足したことによりオーガスティンが場所移動となったのだ。
実力者同士が近くで練習すれば、周りも対戦させて見たくなるというもの。
エドとオーガスティンは剣の流派も何もかも違うが、剣を交え、実践稽古を共にしている。
初めに出会った印象が悪かったせいか、エドはオーガスティンに対して態度が良くなかった。……だけど、そうですわね。男性なのですから、拳と拳、剣と剣、さすれば互いの良さに気づくでしょう。
美形が集まると、ほら、どうでしょう。みんな幸せそうに笑みを浮かべておりますね。私なんぞ、いつ鼻血を出しても良いようにハンカチで鼻を抑えていますわ。
「……っはぁはぁはぁ、あ、あら……? あ、握手?」
なんと、二人が笑顔で称え合っている!?
さ、さらに肩、肩を抱き合っているですと!? おぉおおおおお!? ついに、B&Lが!? 恋する10秒前なのかしら!?
神々しさに目が開けていられない。
胸もなんだか締め付けられ……る。
落ちるのは、鼻血なんかじゃなく透明の液体だ。ポツンと落ちてハンカチに吸収されていく。
ずっと見たかったことなのに、双眼鏡を下ろした。
「────小説通り、なんだね」
前世の私がベッドの上で何度も読んだ二人。
ずずっと鼻水を啜った。
卒業まであと二か月。
◇
「お父様、年度末の会計終わったわ」
学園生活の終了まで一か月を切ると、卒業式まで自由登校になる。一応、授業はあるため登校している生徒もいるが、私は休んでそろばん片手に家業の手伝いをしていた。
売り上げは黒字だ。数字を見た父親もうんと頷いて、手伝った私を褒めてくれる。
「流石、我が娘だ。あぁ、こうしてソフィアに手伝ってもらえるのもあと少しだと思うとパパ淋しいなぁ」
「……そのことなんだけど」
「そうだ! エド王子から贈り物が届いていたんだ」
父親は奥の部屋から青いリボンが付いた大きな箱を取り出して来た。私が仕事を終わらせるのを待っていたらしい。
父がそわそわしながら開けろと訴えてくるので、シャルリとリボンを引っ張り、箱を開けた。
「……」
コバルトブルーのドレス。
Aラインで美しいスパンコールと刺繍が施されている。
「なんと豪華なドレスだろうか。お前のモカブラウンの髪色にピッタリ合う。きっと卒業式後に開催されるパーティーに着ていくドレスだろう」
感嘆のため息と共に父がドレスを絶賛する。
私はドレスを自分に宛がうこともせず、箱の中に戻した。
「……いただけません。これはお返しします。王子からの贈り物はもう一切受け取りませんわ」
「は? 何を言っておるんじゃ?」
「私は王子とは結婚しません。きっとエド様も納得されることでしょう」
今後自分がやるべきことは一つ。
スマートに婚約解消されることだ。
在学中に婚約解消をすれば、互いに人の目が気になる。
ベストな婚約解消時期は卒業後すぐだ。新生活の忙しい話題が飛び交い、自分たちの話も流れやすいだろう。
父は少し考えた後、また疑問が浮かんだかのように首を傾げた。
「何を言って? もう既に……、ははぁ。これはあれだな」
「あれってなんですの? ちゃんと伝わっております?」
「大丈夫だ、お前の母もそういう時期があった」
「はぁ?」
ニタァと気持ち悪い笑い方をした。ぞく。やだ鳥肌がたった。
同級生で父親嫌いな子が多いけれど、その気持ちが少し分かる。思春期あるあるかしら。
言いたい事を伝えたし、これ以上の話はないとその場を離れた。
部屋に戻り、服を着替え、髪の毛をポニーテールにセットする。鏡の前でふぅっと息を吐いた。ぶるりと震えるのは武者震いだ。
午後からなんとしても行きたい場所があった。
時刻は正午前。場所は徒歩圏内の為、時間にまだ余裕がある。だけど、気持ちが急いて早めに家を出ることにした。
向かった先は、学園近くにある市民会館。
そこで本日、ビックイベントが開催される。
オーガスティンとエドのファンクラブ解散会だ。卒業するためファンクラブも解散することとなった。
元々、オーガスティン派、エド派で相容れない会員たちだったが、ここ最近二人が仲良くなったことで会員たちも互いを認め合ったのだ。
会員たちも美形二人が一緒にいることの美味しさに気づいたのだろう。
私もこれにはうんうんと首を縦に振った。
会館の中に入ると、イベント開始前だというのに既に何人もの生徒が集まっている。
────ち、出遅れたか。
私も鞄の中から二つの財布を取り出した。小銭用と札用だ。それを両手に列に並んだ。
【お集まりいただきありがとうございます。エドワルド・グリュリオ様、オーガスティン・クレバード様ファンクラブ解散会にお集まりいただきありがとうございます】
司会のアナウンスと共に、会場が熱気に包まれた。
解散会は即売会も兼ねている。推しを見ていると創作したくなる者が一定数あるのだ。
出店ブースが並んでおり、人気作家の前には長蛇の列。
「な、なんてこと……クオリティ高すぎやしませんこと!」
「おぉ、お……ぬい、ぬい。推しのぬいが……十体頂けま……え? 一人につき一体しか購入できない!? おぉぉおおおお、何故私は分身出来ないのかぁあ!」
「あぁああ、他のブースに並んでいる内に売り切れに!! おぉおおおおおお! 神よぉ!! なぜこのような試練を!?」
今まで作ったグッズ、本が販売しないかと持ち掛けたのは私だが、需要はそれ以上あったことが分かった。
私も欲しい! ぬいが欲しい! 彼らのぬいが! 欲しい欲しい欲しい欲しいぃいいい……
「ひっ!?」
しかし、私の激しい想いは届かず私の前の客で売り切れになった。
その時の絶望たるや……。争奪戦に負けた…………、異世界の萌事情を把握していなかった。どの世界にも激しい想いは共通しているのだ。そこに異世界も日本も関係ない。
不甲斐ない。家の事などせず朝イチ並んでおくべきだった。
自分の行いに悔やみ、絶望に拉がれていると、創作の神がニコリと微笑んだ。眼鏡をかけ、長い髪の毛は三つ編みしている女性だ。
「ソフィア様ですね、初めまして。私、モナ・ユージェリアと申します」
「あ……、ぁ、存じております。オーガスティン様のファンクラブ№23、その手が創り出す創作物は美しく愛らしく、大変尊敬しておりましたぁ……う、う」
せめてエドのぬいは欲しかった。
婚約破棄した後は今までのように頻繁に会うことはないだろう。
エドぬいと共に生活することを生きがいに、今日ここまで揺れ動く精神を安定させてきたのだ。
エド……ぬいすら、私とは縁がないってことなの。
そう思うと涙が零れて来て、モカはそっとハンカチを差し出してくれた。好意に甘えてハンカチをお借りする。彼女はとても優しい瞳をしている人だ。
「先日、エド様にはお世話になりました」
「え……エド様が? 申し訳ございません、私はそのことは存じ上げません」
ここ一か月、エドに会っていなかった。
「後で、お話しませんこと?」
「はぁ」
「ソフィア様なら、ぬいのオーダーも承りますわ」
「っ」
オーダーなら着せたい服とか希望を聞けますよと話してくれる彼女。
おぉおぉおおおおお!!! 神がいた!!