最前列でこの世界を楽しみますわ!
突然のことです。前世の記憶が戻りました。
目の前にいるキラキラと光り輝く金髪の王子様が、私の婚約者であると父上から紹介された時、私の中で点と点が線で繋がるように、前世の記憶がしっかり戻ったのです。
────この世界は、BL小説の世界であると。
「はじめまして。エドワルド・グリュリオです」
金髪碧眼の美少年が私に礼儀正しくお辞儀をしました。
えぇ、エドワルド。出会う前から存じ上げております。
グラディ王国、第四王子のエドワルドは身体がお小さくいらっしゃって、病気がち。でも、とても美しい容姿をした少年。私と同じ年だと知っておりますので、10歳ですね。成長したエドはさらに進化を遂げ、女性なんぞ顔負けの絶世の美青年となるのです。
「はじめまして、エドワルド様。ソフィア・フローレンスです」
足首まであるスカートの端をちょっと指でつまんで頭を下げました。
横にいる父アーナルドは、うんうんと首を上下に頷きます。禿げ頭の父ですが、アーナルド商会を立ち上げ、国で一番力の持つ有力商会なのです。
王族との繋がり欲しさにエドワルドとの婚約話に飛びついたのですが──まぁ! ニタニタと笑って、だらしないお顔ですこと。
でも、父のことは言えないわ。私だって口元が自然とほころんでいますもの。
「エドワルド様、私のことはソフィアと呼んでくださいませ。ほほほほほほほほ」
「? では、ソフィア。何がそんなにおかしいのですか?」
「ほほほほほ。失礼いたしました。エドワルド様にお会いできて本当に嬉しいからですわ」
前世の記憶が戻った私は、自分がソフィア・フローレンスであることをとても喜んでいる。
つい脳内でお嬢様言葉を連発するくらい嬉しい。飛び上がりたいくらいだ。
だって、特等席でBLが眺められるのだもの!!
この世界は、前世の私が読みまくった大好きなBL小説の世界。
身体の弱い美少年王子エドワルド×屈強の騎士オーガスティン。
エドとオーガスティンは元々学園で顔見知りだったけれど、大人になって再び巡り合う。エドの護衛任務についたオーガスティンは、民を想う優しいエドを知り急激に恋に落ちていく。
そんな二人の恋を邪魔をするのが────エドの婚約者である傲慢で我が儘なお嬢様、そう私、ソフィア!
でも、そこは大丈夫。
私は腐女子! 夢女子じゃぁないわ! 見守る系よ! 壁なりシーツなり彼らの軋むベッドになりたい存在。
そのために私がやるべきは、エドの友人になること。あわよくば相談役として影日向に応援できるポジションになること! 決して敵対する気持ちはないことをしっかりお伝えした上で彼等の恋の行く末を見守り……はぁはぁ、見守り隊!
折角の機会だからと二人っきりになりたいとエドのそばにいる従者に伝えると、テラス席を設けられた。
当たり障りのない会話。盛り上がらない会話。良い。この弾まぬ会話さえこの美貌を見ながらだと極上だ。でも、これから恋の相談されるようになるにはもう少し仲良くなりたい。そのために警戒心を解く必要がある。
「気が乗らないようですね。エド様、私のことを人間だと思う必要はありませんわ」
「は?」
ずっと合わなかった視線が初めて合った。
本当にお肌がとぅるんとぅるんだわ。
「おほほ。自分の事を卑下している訳ではありませんのよ。ただ、私は貴方の壁となり~、カーテンとなり~、そういう無害な存在になりたいのですわ」
「……」
害はない……害、そういえば小説の設定に一つ気になることがある。
エドの母メイジアのことだ。彼女はエドの母親とあってそれは美しい人だけど、身分が低かった。
王からの寵愛を独り占めしているメイジアは、周りからのやっかみも多く、ずっと嫌がらせを受けている。
もし、第四王子であるエドワードが、ひ弱で病気がちでなく、もっと活発な子供だったなら母親よりも酷い扱いだっただろう。
この二人を取り巻く環境はよくない。ただ、運よく自分は彼等を助けられる立場にあるかもしれない。
「商会では人材派遣もしておりますの。他の王族のお世話経験があるメイドですわ。メイジア様のお傍に是非いかがでしょうか。優秀で機転が利き少しばかり意地悪が出来る方ですのよ」
「何を知っている? ……いや、いい。失礼」
メイジアの名を出すと、エドは無表情になり席を立った。警戒されてしまったようだ。だけど、ソフィア……いえ、私は萌の為なら努力を惜しまない。
同じく席を立つと、エドのポケットに商会の名刺を突っ込んだ。
「きっと役に立ちますわ。何かあれば商会のことを思い出してくださいませ」
私は貴方の壁となる存在だと言い、彼の背中をそっと押した。
ポップなラブコメです。少しでも楽しんで頂けますように。