地雷
森の中を無言で歩く。別に話がしたくないとか、索敵中という訳でもない。ただ、先の盗賊団討伐から目に見えてキャロルの機嫌が悪いというだけだ。
最初の内は腰が引けながらも話しかけてはいたのだ。でも話かけるたび、ワイバーン程度なら逃げ出しそうな鋭い視線と、いつもなら高くてかわいらしい感じの声が、地獄の底から響いてきてるというか、ドラゴンの咆哮を彷彿とさせる、どっから出してるのかわからないほど低い声なのだ。すぐに心が折れましたね。
ヘタレ?チキン?好きに呼んでくれ……。怒らせた女性ほど怖いものは存在しないのだ。
今ほど茜の天然をうらやましく思ったことはない。天然だったらそのままなんとなくで乗りきれるのにっ……!!しかし、無い物ねだりしていても現状は好転しない。早急に何とかしなければ僕の胃がやられかねない……。
さっきの盗賊団の方がまだ難易度が低かったような気さえする……。
「あの、キャロル……」
「あ゛?」
怖い。とんでもなく怖い。今絶対に『あ』に濁点入ってましたよ!?今のキャロルの眼力ならそこらの不良は逃げ出すんじゃなかろうか……。
僕なら財布を持ってたら差し出していたかもしれない。『どうか命だけはっ!』とか言いながら土下座していたかもしれない。というかする。
「いい加減機嫌を直してはいただけないでしょうか?」
「…………」
隊長!無言で睨まれているであります!!最終奥義、戦略的撤退は……。駄目だ!それをしたら人生が終わる!考えろ僕!生き残る為にっ!!
「………………………」
おかしい……。無条件降伏しか選択肢がない……。
……いつも通りか。あれ?おかしいな。目から汗が止まらないよ……。
キャロルに見えない位置で財布を確認する。何をするって、謝り倒して物で釣りますが……何か問題でも?
「今日の収穫と合わせれば……。いける!」
事実上の敗北宣言だが、気にしたら負けだろう。いや、もう負けてるし、一度たりとも勝ててないからいいか。自分で言ってて泣きそうだよパ○ラッシュ……。
「……コウ」
「なんだいキャロル?」
先ほどまで話しかけても完全無視だったキャロルが声をかけてくる。ちょっと、いや、かなり嬉しい。だって沈黙が痛かったんだけよ!!
「いえ、違うわね。駄目男ね。この駄目男」
「なんで!? なんで僕は罵倒されてるの!?」
前言撤回。これなら沈黙の方がまだ良かった。突き刺さる視線も先ほどより剣呑なものに変わっている。なんでだ……。
「僕なんかした!?」
「ふぅ……」
そんな、『こいつ本当にわかってないのかよ』的な視線はやめて! 傷つくから! 僕の繊細な心が地味に傷つくから!
「それはね。駄目男」
「固定!? その蔑称はもう固定なの!?」
「黙りなさい。話が続かないでしょう。駄目男」
「嫌だよ!! ここで黙ったらその蔑称で話が続いちゃうじゃない!!」
「いい? ちゃんと話を聞くのよ? 駄目男」
「話を聞いてる場合じゃないよ! その駄目男って言うのやめてよ! しかも毎回必ず最後に付けるし!!」
「駄目男が駄目な理由をあげ始めたら本来限りがないんだけど……」
「僕の言葉は完全に無視!? しかも駄目な理由限りがないってかなり傷つくんですけど!!」
「とりあえずそこに正座しなさい。話はそれからよ。駄目男」
「こんなところで!? そろそろ僕マジ泣きしそうなんだけど!!」
「本当はこんなこと言いたくないんだけど……。あなたの今後の為に教えておいてあげるわ。感謝しなさい。駄目男」
「それ本当に僕の為!? キャロルさん自分の口元に笑みが浮かんでるの気付いてます!? 凄く楽しそうなんですけど気付いてます!?」
「ええ、だいぶ楽しくなってきているわよ。駄目男」
「認めるの!? その事実に対して僕はどうしたらいいのかわからないよ!!」
「いい? 駄目男が駄目なところは、人の機嫌を直すのに物でどうにかしようとしたところよ」
「流された! しかも指摘されたところを否定できない!!」
キャロルがお説教モードに入る。左手を腰に当て、右手は人差し指を立てて顔の前に置く。ちなみに僕はすでに正座している。ここではあまり関係がないが、お説教モードのキャロルはその容姿も相まってかなり可愛い。少し背伸びしているような雰囲気がありとても和む。和んでいる場合ではないんだけれども。
「私が可愛いのなんて当たり前でしょう。それよりちゃんと私の話を聞きなさい」
「いや、確かに考えていたけれども! なんで僕の考えてることがわかったの!? そしてその自信はどこから来るの!?」
「駄目男の顔に全て書いてあったわよ。それに可愛いのは当たり前でしょう。そういうふうにキャラメイキングしたんだから。」
「僕そんなにわかりやすいの!? キャラメイキング……確かにそうなんだけど、確かにそうなんだけど何か納得できないものがっ!」
「うるさいわよ。駄目男。……ところで、だいぶ前から思っていたんだけど、私が少し機嫌悪くなるたび物でなんとかしようとするのはどうして?」
「どうして、と言われてもですね……」
前から思ってたのか……。というか僕、キャロルの記憶に残るほどやってたかな?――――――うん。結構な回数やってるな。どうしてと言われると、そうだな。
「ええと、前に話したことあるよね? 幼馴染の女の子なんだけど……」
「……ええ、中学に入るまで一緒にお風呂に入っていたっていう女の子ね」
……なんだろう。踏んではいけない地雷を踏んだような気がする。キャロル、顔は笑ってるのに、目が全く笑ってない……。
「出来ればその黒歴史は忘れて欲しいのですが……」
「いいから早く続きを話しなさい。それで、そのとっても仲のいい幼馴染の女の子が、何?」
おかしいな。顔は笑ってるのに、言葉の一つ一つに棘があるような気がする。本能が、今は絶対に逆らっちゃ駄目だと警報を打ち鳴らしてる。
「そのですね。その幼馴染が機嫌を損ねると、必ず何か物を買ってくれとせがむので、それが癖になっているんじゃないかなぁ~と」
「……へぇ」
ああ、怖い。今のキャロルは本当に怖い。全身から何か黒いオーラが立ち上っているような気がする。顔だけは笑っているのが余計に恐怖を誘う。
想像してみて欲しい。僕は今、地雷原の真っただ中で、一歩間違えたら吹き飛ぶような場所にいるとする。僕としては、最新の注意を払ったつもりだったんだけど、地雷についてなんの知識もない僕に地雷の有無などわかる訳がなく……。
まぁ、要するに何が言いたいかというと、確実に踏んだよね。地雷。
「駄目男。駄目男に話しておかなければいけないことがあるわ」
「……ハイ」
生きて、帰れたらいいな……。
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