一つ目の試練 (10)
牛の姿をした化け物と対峙する。
背後には壁、すなわち逃げ道はない。
「剣士だったら……」
無駄と悟りながらもそう呟かずにはいられない。
魔法使いは数ある職業の中で、職補正により最低の移動速度を誇るのだ。それに対して、自分のメインである剣士は、ベスト3には入る程の移動速度がある。そのため移動速度の差に、どうしても違和感がある。
些細なミスが即致命傷に繋がる現状では、それが大きな問題となってしまっている。
魔法はどれだけステータスが高くとも、詠唱が固定なので意味がない。
現状であれば、威力は低いが、隙が少なくて素早い剣士と、威力は高いが隙だらけで鈍足な魔法使いでは、比べるまでもなく剣士がいいのがわかってもらえると思う。ついでに言うなら、魔法使いは始めたばかりで操作に慣れていない。
「こんな条件で敵の背後に回れって?」
……うん。無理だ!
「せめて物理攻撃で来てくれたら可能性が……」
そんな内心を反映してくれたかのように、ミノタウロスは魔法の詠唱を始めた。
「AI(人工知能)のばかーーーー!!」
僕も咄嗟に魔法を選択、詠唱を開始。しかし、もちろん相手の詠唱の方が早く、すでに何度も見た火球が空中に浮いている。しかも5つ。
「くそっ!間に合うか……!」
火球がこちらめがけて飛ばされる。
ミノタウロスは、これで終わりとばかりに次への行動を見せていない。所詮AIなのでそんな訳がないのだが、見ていて非常に腹が立つ。
僕が詠唱していた魔法もそこまで詠唱時間が長くないものだったおかげで、火球が僕とミノタウロスの中心に来た辺りで発動することが出来た。
僕の立っている位置から数十cm先に通路を塞ぐような形で水の壁が出現した。
対遠距離攻撃魔法だ。
防げるかわからないが、何もないよりマシだろう。
魔法を展開した直後、火球が水の壁に激突する。
「うっ!」
3つ目までは打ち消すことが出来たが、そこで水の壁は消滅、残りの2つは素通りしてきた。
横跳んで回避しようとするが壁に激突し、1つが避けきることができずに当たってしまう。
およそ体力の半分を奪っていった。
一瞬視界から離れたミノタウロスに目を向けると、視界に移ったのは突進の姿勢を取っているミノタウロスの姿だった。
驚愕と共に、逆側へと跳ぶ。
ミノタウロスの足元で小さな砂埃が舞い、視界からその姿が消えた。
反射だった。
これは当たったな。そう思った時には体が動いていた。
魔法使いではなく、キャロルと一緒に狩りをしてきた剣士としての動きだった。
武器を振りかぶり、軸足を中心として体ごと回る。敵の体を剣で受け、受け流しながら敵を切りつける。今回は杖なので切りつけるではないが……。
補助職であり、スキルやステータスをそういう型に特化しているにも関わらず、最前線で戦い転がる(瀕死状態になること)キャロルのおかげで身に付いたPSだ。
魔法使いでも出来るとは思わなかったが、いけたらしい。
「ん?おお?」
おそらくやった本人が一番驚いただろう。
「……とりあえず」
驚きで一瞬停止してしまったが、成功して生きているならやることは一つだけだ。
「逃げるが勝ち!!」
僕は牛野郎が態勢を立て直す前に、背を向けて全力で駆け出した。
どうやらミノタウロスは足が遅いらしく、魔法使いに追いつくことができないので、このまま走れば追いつかれることはないだろう。
「はあ~。しんどかった~」
僕はため息と弱音を同時に吐くと、迷宮を駆け抜けていく。
次で1つ目の試練を終わらせようと思います。
今までと違い急激に文字数が増えるかと思いますがご了承ください。